やりすぎたと後悔するのはいつもほんとうにやりすぎてしまってからで、これまで散々こいつを傷つけてきたのにその度にした諸々の反省はちっとも活かされず、俺は隆也をいじめ抜き、隆也はもう俺に懐かなくなっていた。モトキさんと呼ばれなくなってから久しい。この前名前を呼ばせたら泣き出しそうな顔をしたのでそれが楽しくて楽しくてからかったら隆也から一切の表情が消えた。あ、と思ってももう遅い。
「たかや」
昔だったら呼んだら文句が帰ってくる程度にこいつは素直だったのにもうそれもない。なんか寂しいと思ってからすぐにその気持ちを打ち消す。寂しい? 俺が? 有り得ない。
助けて助けて誰か助けてとこいつが叫び続けていたのを俺はとうとう最後まで気付けなくて、そしてその最後の日、隆也は珍しく昔みたいに泣きわめいて、それから呆気なくじゃあさよならと言った。俺は本当に心からあんたが死ねばいいと思ったよ、と泣きやんだ後冷静な目でそう言った。
「たかや?」
俺はあのときもこうやってこいつの名前を呼んで。でも今もあの時も返事はもう返ってこない。ああ、どうしよう、やりすぎた。
「たかや」
俺お前が好きだったよ。生意気だけど好きだったよ。いつも最後まで残って練習してたの知ってる。俺のボール取れなくてもぶつけられても一度だって弱音吐かなかった。そういうところ好きだった。こんなのは違う。憎まれたいわけじゃなかった。嫌われたいわけじゃなかった。告げると鼻で笑われて、それでもうお終い。
時間巻き戻したい。
「いいの?」
「うるせえよ」
「俺お節介大好きなんだよね」
「失せろ」
阿部は水谷が嫌いだった。水谷は阿部のことを嫌いではなかったが、好きでもなかった。水谷にとって大抵の人間はどうでもいい。好きでも嫌いでもない。だってあの時そういうの全部持っていかれた。あのとき。中二の秋。忘れもしない十月十四日。
「死ぬかもよ」
その声色と言動がおかしかったので、阿部は初めて水谷の顔を見た。変に震えて掠れている声に泣いてるんじゃないかと思ったが、予想に反して笑っていた。不気味だった。
「阿部、あの人死んだら絶対今のこと後悔するよ」
「しねえよ」
「するよ」
いらいらした。阿部は水谷の横顔を引っぱたいてやりたかったがでも往来でそんなことはできないので拳をぎゅっと握りしめて必死でこらえた。反対に水谷はへらへら水谷は笑う。笑い続ける。水谷は知っていた、どうしようもなくなったら笑うしかないのだ。笑ってれば楽しくなる。何もかもがうまくいく。悲しいことも封印できる。阿部は水谷を睨んで歩調を早めた。水谷はもうついて行こうとしないから、二人の差はだんだん広がる。このまま会話終了かと思ったが、唐突に水谷が小さく叫ぶ。
「するよ、阿部! だってお前あの人のこと好きでしょう」
「るっせえな黙れよ!」
阿部は思わず足を止めて叫ぶ。やや後方の水谷はやっぱりにこにこしていた。
「黙らないよ」
「……つーかお前どーしてそんな突飛なこと言い出すんだよ」
「警告」
「は?」
「文貴くんの初めての彼女は喧嘩した帰り道車に轢かれてなくなっちゃいました」
「…………は?」
「文貴くんの彼女は車に轢かれて」
「いや言わんでいい。悪かった。俺が悪かったから」
水谷は笑ったままだ。そら寒いものを感じながら、阿部は言葉を探して黙り込む。そのすきに水谷が首を傾げて、
「仲直りする?」
なんていうもんだから、引きつった顔で頷くしかなかった。水谷は一瞬自嘲のようなものを浮かべてすぐに消した。そしてにやにや笑う。阿部をからかうみたいに。
「あんな思いするのは俺だけで充分なんですよーう」
阿部は弱っている生き物に弱かったので、そして水谷がどうしようもなく可哀想だったので、複雑そうな顔をして、でも結局、
「……お前馬鹿だな」
「は!?」
非難の声が上がる。本気でびっくりしている水谷が面白くて阿部は笑った。ひさびさに笑った。
「もときさん」
声を掛けると一瞬榛名は硬直し、それから恐る恐る振り返って阿部の姿を確認すると、押していた自転車を倒した。がしゃん。続いて肩に掛かっていたスポーツバッグがぼとんと地面に落ちる。
「……何やってんすかあんた」
榛名は何もかも構わない様子で阿部を指さして言った。
「たかや」
こいつほんとにバカだなと思いながら阿部は、
「言い訳聞きに来ました」
妥協への第一歩を踏み出すことにした。