折原臨也が死んだらしい。メールが届いた。静雄から。なんてことない他の用件の、一行後ろに付け足されて。
『そういや先月臨也が亡くなったって。昨日知った』
そのとき、体感時間では朝、実際には昼だった。僕は眠りから覚めて、背中にセルティの体温を感じながら、枕元の携帯を手に取ったところだった。時間を確認しようと思った。12時前だった。寝過ぎたなあと思いながら、メールを確認したら、静雄から一通。めずらしい、と思ってボタンを押すと。
その一文を、何度も読んだ。何度も何度も何度も。それからやっと、声が出た。
「は?」
僕の大声に、後ろでセルティがもぞりと動いた。ああごめん、起こしちゃったかな。でも、でもね、セルティ。なんか、臨也、死んでたんだって。
心の中でセルティに状況を説明する。勿論伝わらない。伝える気も、起きなかった。文章として受け入れられても理解は全く追い付かない。
いつだよ。いつ死んだ。臨也が死んだ日、俺は何をしていた。
今更知ってもどうにもならないことが気になった。まだ半分眠っているセルティが、背中から僕を抱き締める。ねえセルティ、臨也が死んだって。いなくなっちゃってたんだって。
何も知らない僕の妖精は、いつもと同じ温もりだった。
「起きるね」
私はベッドから抜け出した。下がった毛布を、セルティの肩までかけ直す。
服を着替える。シャツを羽織ってボタンをかける。いつも通りの休日だ。昼ごろ起きて、着替えて、出かける。何も変わっちゃいない。
しかし臨也がいないらしい。
線香の重い香りと、自然の生々しいにおいに満ちるこの場所は、平日の昼間だけあって静かなものだった。あいつが埋まっているらしい場所はすぐに見つかった。たくさんの花が生けてあった。いくつかの花束も、置いてある。
私は墓誌を確認した。戒名の下に本名。折原臨也。
本当だった。手で触れてみる。冷たい。
僕は膝を抱えて蹲った。溜息が出た。
そうだよなあ。
危なっかしいことばっかり首突っ込んで、人の恨みもそれなりに買って、静雄挑発して追いかけっこはするし、大怪我だって何回もしてるし、そんなのが日常になってたら、そりゃあ死ぬよね。早くに死ぬよね。
まるでフラッシュバックのように、僕の脳は臨也との色々を再生し続けた。思い出したくないいくつかのことも思い出してしまって困った。セルティへのだか臨也へのだか、誰に向けたらいいのかわからない罪悪感は、僕の胸以外にやり場はない。苦しかった。
臨也と一緒に過ごした日々のこと、思い出になってしまったものの数々が、心の中に浮かんでは消える。振り返ってみると思っていた以上に、僕の生活に臨也は食い込んでいた。昔からの友人の存在は、僕の中で随分大きかったみたいだ。今更気付いて、驚いた。
臨也。楽しかった。今まで楽しかったよ。
目を閉じる。腕に爪が食い込んだ。痛い。けれどこの痛みすら臨也はもう。
「新羅」
後ろで声がした。この場所には場違いなくらいの脳天気な声だった。
「何やってんの」
俺は顔を上げて振り返る。埋まっているはずの人間が居た。
「…………は?」
絶句した。
死んだはずの人間は墓石を指差す。
「そこに入ったの、別の人。俺じゃない」
僕は動けなかった。何も言えなかった。ただ呆然と、臨也を見る。そいつの暑苦しいコートの裾が風ではためいた。仕草や声はどこまでも爽やかなのに、どこまでも夏空が似合わない男なのは相変わらずだった。
臨也は歩き、墓石の前の石段に腰掛けた。僕の顔を覗く。
「心配した?」
僕は臨也を殴った。
その気になれば避けられるだろうに、臨也は避けなかった。殴られた頬に手を添えて、驚いたふうに目を丸くして、僕を見る。
「何で泣いてるの」
「絶交だ」
「それは困るよ」
「絶交だ!」
僕は臨也の腕を思い切り引っ張った。勢いで尻餅をつく。臨也は僕の上に崩れる。背中に手を回して力加減なんかせずに抱き締めた。なつかしいにおいがした。
聞きたいことは山ほどあった。だけどとりあえずは。
臨也だ。
生きてる。
指先から伝わる布地の感触が、変だった。背筋をなぞると段差がある。
「臨也、」
「痛いよ新羅」
「これ何」
僕は服の中に手を突っ込んだ。包帯だった。
「大胆」
馬鹿にしたように臨也は笑うけれど、こいつ大怪我してやがる。
「まだ会っちゃだめだよ」
「誰に」
「池袋には来るな」
「行けないよ。家族にだって嘘を付いてる。最低の嘘をね。見つかったら大変だ」
とか言いつつ、こいつは近いうち絶対に、静雄と接触を図るに違いない。他人の表情が変化する瞬間を見ることが、こいつの至上の喜びなのだから。
「……これからどうするの」
あまり期待せずに尋ねた。
「さあ。整形でもしようかな」
何てこと無い顔で臨也がそう言ったものだから、俺は驚く。こいつにしては珍しく、今後に宛ても計画もないらしい。何でそんな危なっかしいふわふわした状態でここに来た。
「何だよそれ。どうするのさ」
「別に。俺はお前に会いに来ただけだから」
何だよそれ。
風が頬に当たって、涙の跡を乾かしていく。すうすうした。臨也は固まる僕を見て、心底不思議そうに首を傾げた。
こいつはいつからこんなふうに、見返りを求めなくなったんだろう。僕のせいなのか。僕があんまり冷たくし過ぎたからなのか。
畜生こんなの絶対気に病むもんか。心の中で宣言する。そうしないとやっていられないくらいに、こいつの愛は重かった。
臨也と僕は似ている。と言うより、似てきている。最悪だ。誰のせいだ。私か。
臨也の肩に額を付けて大きく呼吸すると、奴は声を上げて笑った。
臨也の背中の包帯が濡れてきている。僕の指はきっと今赤い。
「僕は臨也が好きだ」
「何番目に?」
「わからない」
「二番目? 三番目?」
「さあね」
「言えないの? 光栄だなあ」
傷口と思しきところに爪を立てると小さく悲鳴を上げて臨也は黙った。
この後僕は臨也を、無理矢理引っ張ってでも僕の家に連れて行くだろう。こんな馬鹿は一生うちに閉じ込めてやる。僕の好みに整形してやる。