涼 風 風 鈴
ひんやり冷たく
暑さを和らげていく
「・・・・・ちょっと待て」
混乱状態に陥った自分に、冷静な声で声をかける。
額にのせてあったタオルはもう温くなっていて、起き上がったらそれがぱさりと音をたてて落ちた。
壁にかけてある時計を見れば、時刻は朝の5時前。もうすぐ日があける。
ぐっすりと眠ってしまったようだ。そのおかげで、幾分か楽になった。
だけど、この状況は理解できない。
「・・・お、緒方?」
小さく声をかければ、隣で気持ちよさそうに寝る人物は小さく唸る。
その様子が少し可愛らしく思えて、笑みを一つ漏らした。だけど、すぐに我に返って緒方の頬を抓る。
「・・・っいったたたたた!」
意識を一気に覚醒させる。緒方は私に抓られるままに頬から引っ張られていく。
セットされた髪は少し乱れていて、寝癖と相まって少し変になっていた。
あ。顔に寝跡がついてる。可笑しくなって、また一つ笑みをもらせば、緒方は頬を摩りながら声を上げた。
「おはよう。具合はどうですか?」
「まあ大丈夫だ。今日から復帰できる」
「駄目!」
頭に響く緒方の声。やっぱり今日から復帰は無理みたいだ。
苦笑いを一つ浮かべると、緒方の手が私の額にあたった。
「・・・んー昨日よりは下がったけどー」
「体温計、机の上にないか?」
「あ、これね」
はい、と渡してくる。小さくお礼を言って、体温計を脇の下に入れた。
熱が何度か分かるまでの間に、聞きたいことが沢山ある。
「緒方。家に帰ったか?」
「帰ってない。あ、ちゃんと連絡したから大丈夫っ」
「・・・だが、何で私の部屋で寝ている」
「看病してたら寝ちゃったーっ」
軽く笑う緒方に向かって、盛大な溜め息を吐いた。頭がまた痛くなってきたような気がする。
風邪をひいてる私の近くにいたら、風邪をうつされることは分かりきっているのに。
今からでも遅くない・・・はずだ。帰らせないと、桜木さんが怒る様子が手に取るようにわかる。
「緒方、今からでも遅くないから・・・」
「!!!」
名前を呼んだのは、緒方でも母親でもない。
五月蝿いほど音をたててドアをあけ、父親が入ってきた。
緒方は入ってきた父親を見るなり、すぐさま正座をする。この光景に私はまた溜め息を吐いた。
スーツ姿の父さんは私と緒方の間に割り込むように入り、仁王立ちをする。
「!」
「・・・何」
「父さんがちょっと外出してる間に・・・そんな・・・そんな男と二人っきりで・・・!」
「・・・・・・」
何だか突っ込む気も失せてくる。この父親はいったいどういった状況を見てそう思ったのだろうか。
緒方も目をパチクリとさせ、父さんを凝視していた。
「!答えなさい!いったいこの男に何をされた!」
カッコをつけて人差し指を緒方に向ける。向けられた緒方は驚きで肩を小さく震わせた。
丁度その時、体温計が体温を計り終えたため、ピピピと小さく音が鳴った。
「・・・、どう?」
「37.6度」
緒方が遠慮がちに聞いてきた。答えれば、緒方は眉をしかめた。
「まだ、寝てなきゃ駄目だね」
「・・・そのようだな」
父さんを見れば、何が何だか分からない、という顔をしていた。
未だに人差し指は緒方に向けられたままだ。それでも、先程までの怒りはどこかへいってしまったようだ。
行き場のない人差し指が、ゆっくりと下ろされた。そして、私と緒方を交互に見る。
「え・・・?」
「見れば分かるだろう。私は風邪。そして彼はそれを看病してくれた心優しい人だ」
「そ・・・そういうわけです」
今まで見た中で、一番の間抜け面を父さんは見せた。
「もー早く言ってよね!父さん勘違いしちゃったじゃん!」
リビングのソファに踏ん反り返って大きな声を上げて笑う。
向かいのソファには緒方が座り、一緒になって笑いあっていた。
母さんが起きて朝ご飯を作ってくれて、緒方と父さんは何故かその後すっかり意気投合していた。
緒方は順応性が高いのか。母さんともすぐに仲良くなっていたし、さっきまで敵意丸出しだった父さんとも今じゃすっかり仲良くなっている。
別にそれはそれでいい。だけどこうも反応が違うと何だかこっちが分からなくなってくる。
「、お粥できたわよ」
「ありがとう」
白い湯気を立てたお粥が目の前に置かれる。
れんげを持ち、覚まして食べれば胃に熱いお粥が入っていく。
その途端、急に食欲がわいてきた。お粥を食べるペースを少しだけ早くする。
「、おいしい?」
いつの間にか、緒方が目の前の椅子に座って聞いてきた。
私は無言で頷くと、緒方は「よかった」と言って胸を撫で下ろした。
別に緒方が作ったわけでもないのに、その笑みを見てしまったらこっちまで何だか嬉しくなる。
すると母さんがキッチンから朝ごはんを持ってきた。
「英喜君もどうぞ」
「ありがとうございますっ!」
笑顔でそう言うと、緒方はお腹がすいていたのか、大きな口を開けて食事をとる。
緒方の隣に父さんも座って食事をはじめた。母さんも、私の隣に座って食事をとりだす。
何だか、変な気分になってしまった。
父さんと母さんとは一緒に食事をする。これは当然だ。
だけど、そこに何の違和感もなく緒方がいて、これが毎日続きそうな気がしてしまう。
到底そんなことは言えそうにないから、黙ってお粥を黙々と食べた。
「ご馳走様でしたっ!」
朝の時間は結構早く進む。私はすでにお粥を食べ終わっており、緒方の話に耳を傾けていた。
緒方は食べ終わると、礼儀正しくお皿を片付け、キッチンにいる母の元へ持っていった。
新聞を読んでいる父さんが関心するのを横に、私はテレビのスイッチを入れた。
朝のニュースを淡々と読み上げるアナウンサーをぼーっと見ていれば、緒方が隣に座ってきた。
「、今日はゆっくり休んでね」
「・・・うん」
「それで、早く回復して、一緒に勉強する!」
「・・・わかった」
頷くことしか出来ないけれど、緒方が隣で笑うから、何だかもうどうでもよくなった。
今日はゆっくり寝て、早く治す。それで、早く勉強再開しなければ。それだけだ。
「んじゃ、俺そろそろ帰らないとね」
時計を見れば、もうすぐ6時30分・・・といったところだった。
そうだ、緒方は夏合宿がちゃんとある。桜木さんが腕組をして、怖い表情を浮かべて待ってるのが分かる。
「それじゃ、お母さん、お父さん。お邪魔しました」
「何だーもう帰るのかー?」
父さんが残念そうに引き止める声。緒方は苦笑いを浮かべて「また来ますから」と言う。
母さんもキッチンから出てきて「また、いつでも来てね」と言う。緒方はそれに笑って答えた。
すっかり馴染んでる光景に、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。
私は立ち上がると、緒方の隣に立った。
「玄関まで、送る」
「ありがとー・・・って!は風邪ひいてるから駄目でしょ!」
「玄関までだ。問題ない」
抗議の声をあげる緒方を無視し、そのまま玄関へ歩き出す。緒方も隣について歩いた。
「それじゃあ・・・お邪魔しました」
「・・・勉強、ちゃんと頑張れ」
「も、ちゃんと身体治してね」
お邪魔しました!と大きな声で最後に言い、緒方は玄関の扉を開けて帰って行った。
閉まったドアを見て溜め息を一つ。さあ、もう一眠り。