01.ジラフ・ジョーク

「キリン、好きなんですね」
檻の前でぼっと、長い長い首にくっついた細長い頭を眺めていたら、目線の下から不意に声が聞こえた。
はっとして目線を下げると、私がみていたキリンの足下で、餌の枝の束を抱え、青い作業着と帽子を身に付けた若い飼育員がこちらを見ながら笑みを浮かべていた。
見覚えがある顔。否、見覚えがあって当たり前だろう。上京してから二年、定期的に、そして落ち込む度にこの動物園に来て同じくこのキリンを見にきていたんだから、彼の顔を覚えていても可笑しくはない。
短く整えた髪、少しだけたれた目、並びの良い白い歯。飾りっけが無く、イモ臭さは少しあるものの好印象な素朴な顔だ。食品で例えるならば、添加物0のつけもの。
もしかしたら、あちらも私の顔を覚えているのかもしれない。
「そうです、キリンは癒し系ですよね」
「全く持って同意です」
檻越しに答えると、飼育員の笑みは嬉しそうな、種類の違う笑みに変わる。思わずこちらの口元も緩んでしまった。
「長い首!」
私が人さし指を立てて言うと、彼は指を二本すっと立てる。
「長ーい睫っ」
「長ーい舌」
「アートな模様!」
「あと、ぼけっとした顔つき」
「それから…」
足下で褒め倒されていると言うのに、キリンは知らん顔で葉をもっしゃもっしゃと食んでいる。


「あのキリンはスモモ、今僕の横に居るのがゼットン。で、自分は野上といいます」
しばらくキリントークで盛り上がった後、飼育員は自分の名を名乗った。野上は最近動物園に入った新米飼育員らしい。
私は旭川といいます。最近大学入ったばっかなんです、新米仲間ですね!と言ったら、腕に抱えてた枝を短くぽきんと折って柵の間から渡してきた。
「大学デビューおめでとうございます! 食べますか?」
「丁重にお断り致します」
柵越しにのびてきたもう枝を押し返したものの、半ば強引に二本握らされてしまう。諦めてそっとバッグの中に入れると、中から青々とした葉が少しだけ覗いた。
野上の方に向き直ると、彼はにゅうと降りてきたキリン…ゼットンの頭を、抱き抱えるようにして撫でながら笑った。
「炒めて食べると美味しゅうございます」
「真のキリン好きはキリンの食べ物も食べる、とでも言いたいのですか」
「冗談です。ジラフ・ジョークです」
飄々とした彼の言葉に、思わずくすくすと笑ってしまった。人間は趣味が同じ人とは自然に通じ合うような仕組みになっているのだ。
ゼットンは撫でられながら満更でもない顔を浮かべている。
野上がゆっくりと身を引くと、ゼットンの頭は再び空高く上昇する。それを見送っていると、彼が見通すような目でこちらを見た。
「そんなにクヨクヨしちゃ駄目ですよ。一浪程度で嫌われるなんてこたぁない。入れたことをもっと喜ばなくちゃ!」
思わず息を飲む。心臓が腹部に落っこちたかの様な感覚に襲われた。
「…何故私が一浪だとわかったのですか?」
「…動物の勘って奴です。ではまた」
野上はにこにこと笑いながら、柵の向こう、キリンの向こうへ去っていった。
心なしか、先ほどの『会釈の笑顔』『嬉しそうな笑顔』『楽しそうな笑顔』とは、種類の違う笑顔に思えた。

しかし、飼育員になれば動物の勘がつくなんてこたぁないだろう!!


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