魔立邪悪学園の入学式から一ヶ月が経った、とある日の昼休み。
戦士レヴィンは、椅子にふんぞり返り、組んだ脚を机に乗せる、という相変わらず行儀の悪い座り方をし、そのままぎこぎこと船を漕いでいた。
「あ〜…やっぱ白銀がいねェとつまんねェな〜……」
昼食は既に取り終えてしまって、普段ならこの残り時間は、ダチ(とレヴィンが勝手に自称している)の白銀と過ごしているのだが。残念ながら白銀は、頭痛を訴えたクロエに付き添って保健室に行ってしまったため、今ここにはいない。
(本当にアイツ、クロエのこと大事にしてんだなァ…)
四時間目辺りから、白銀に授業中(迷惑顧みず)に話しかけた時も、反応が曖昧だったのを覚えている。あれはクロエの体調不良をその時から気付いていたからなのだろう。白銀の双子の姉、刀祢が『白銀はクロエのことに関すると超が付くほどの心配性』と口癖のように言うだけのことはある。
つまり、クロエの体調が良くなるまで、白銀は戻っては来なさそうだ。
(さって。とすると今日はもうずっとつまんねェな。面倒臭ェな…どうすっかな〜…)
悪魔らしく血の気の多いレヴィンとしては、強い好敵手――今で言う白銀――がいないとなれば、その気分の萎えっぷりは凄まじい。
ここは優等生らしく、午後の授業はサボりでもするかァ?と考えたところで、レヴィンはふと良からぬ気配を感じた。暇を持て余す面倒臭さより、更にタチの悪い面倒臭さに見舞われることが容易に予期出来て、思わず口元がヒクッと強張った。







AFTER SCHOOL







「ごきげんよう。ようやく見つけましたわ、レヴィン!」
「…やっぱり、いつだかのお嬢様かよ……」
気配の主は、僧侶フローレンスだった。彼女曰く、とある僧侶貴族の正統なる一人娘、つまりレヴィンからしてみれば、世間知らずのお嬢様である。その上かなり口煩く、自己主張的……ただでさえ女嫌いなレヴィンが、最も苦手とするタイプの女性だ。
入学式の日に目を付けられた時から、出来るだけ関わらないようにと避け続けてきたのだが……いつも(一方的に)つるんでいる白銀がいないため、つい神経を緩めてしまった今日に限って掴まってしまうとは。
「ま!お嬢様、ではありませんわ!わたくしにはフローレンスという立派な名前が……」
「わーってるって、お嬢様。俺に何か用があんなら、さっさと言えっつーの!」
さっさとフローレンスから解放されたいレヴィンは、早々に用件を聞き出すことにした。フローレンスはまだ若干不服のようだったが、やや間を置いて話し出す。
「……貴方に話しかけたのは他でもありませんわ。ひと月前の約束を覚えてまして?」
「覚えてるも何も約束なんかしてねェし」
「わたくし、あれからずーっと貴方をどうやって更正させようか試行錯誤しましたのよ。そして先日、ついに貴方を更正させる名案を思いつきましたの!」
レヴィンの反論を無視し、フローレンスは、両手を重ね合わせてうっとりとした表情をする。
あー…多分コイツ、すんげー面倒臭いこと考えたんだろーなー…、とレヴィンは薄々予想できた。
「わたくしの名案から発明されたのが、ずばり!これですわ!」
「なんじゃこりゃ?」
ずずいっと目前に見せ付けられた謎のカードを、レヴィンは凝視する。
プリニー型のカードの中心に、10×10マスほどの表が書いてある。表自体は真っ白で、どうやらここにはスタンプを押すらしい……まるでラジオ体操のカードみたいである。
「その名も、『レヴィンを素敵な殿方にレッツジャスティス☆更正カード』ですわっっ!!」
「……下らねェ…」
レヴィンは呆れ返り、率直にそう呟いた。
「まぁぁ…どこが下らないとおっしゃるの?!麗しいニジレンジャーの名必殺技から名を頂いた素晴らしいカードですのよ!!」
「ネーミングセンスのことだけ言ってんじゃねェ…」
全部下らないけどな、という言葉は更に面倒臭くなりそうなので敢えて言わなかった。
「まあいいですわ。……よろしいこと?このカードは、貴方が悪い素行をするごとにスタンプを押していきますの。そして10個貯まるごとに罰を与えるのですわ」
「はァ?罰?」
「ええ。わたくしの『必殺!お仕置き弓』を炸裂して差し上げますわ♪」
「お嬢様が実力行使すんじゃねェ――――!!!」
ビシィッ!!とレヴィンが突っ込むが、どうやらこのお嬢様は愛の鞭の方法を変えるつもりはないらしい。そんな一方的に素行チェックされて、しかも一定項ごとに、勝手に痛い罰なんか食らわされてはたまったもんじゃない。
「ならば、レヴィン。これを首にかけて毎日持っていなさいな」
「ぜってェ嫌だね!!」
当然ながら、レヴィンはキッパリと即答する。
だが強気なフローレンスはひるむことなく、レヴィンににじり寄った。
「ま、なんて下品な言葉遣い。早速スタンプ一個ですわね」
「こ、れぐらいでもう一個なのかよッ」
「ならば素直に受け取りなさいな。これはわたくしが夜なべして丹精込めて作ったものなのですから、断らせるわけにはいきません。貴方も紳士ならば、ここはむしろ有難く受け取るべきではありませんこと?」
「ハッ、悪いけどな、俺はお嬢様が期待してるような紳士じゃねェんだよ!!」
フローレンスの言葉に、ついにレヴィンが激昂し、睨みを効かせて言い放ったその瞬間、
「ッ?!!」
ずずいっ、と目の前にフローレンスが近付いてきて―――しかも偶然にも、目線が丁度フローレンスの開いた胸元へといく高さであったため、レヴィンは思わず顔を真っ赤にした。
「ななっ…なんっ……」
「少し大人しくなさいな」
フローレンスのソプラノの声が耳に響き、レヴィンはもう何がなんだか分からなくなってしまう。目の前にある、柔らかそうな豊かな胸が、くっきりと浮かび上がらせている谷間がとてもつもなく艶っぽい。
(おおお俺は女なんか嫌いなはずなんだっ!!なのになんでこんな顔が熱くなるんだあああ?!!)
人は、それを生理現象という。
「……はい、よろしいですわ」
「へ?」
その言葉を皮切りに、フローレンスがスッと離れ、そこでようやくレヴィンは我に返る。何がよろしいのかと思ったが、気付けば、彼女が持っていたはずのあのカードが、何故か自分の首から下がっていた。
「いいい何時の間に―――っっ?!!」
「今に決まってるじゃありませんの。目の前でかけましたのに…何故分からなかったのです?」
ぐっ、とレヴィンは声を詰まらせた。お嬢様の胸元に夢中になってたなんて、口が裂けても言えません。
「うううるせェッ!!一応僧侶でお嬢様なら、もうちょい露出の低い服着やがれッ!!」
「? 何故貴方にそんなことを言われなければなりませんの?」
フローレンスは全く気付いていないようで、レヴィンの叫びにも能天気に首を傾げた。
レヴィンは、火照った顔を拭い、ぜいぜいと荒く息を吐く。こんな心臓に悪いお嬢様に、今後も関わらなければならないのかと思うと、諦めにも似た疲労感がレヴィンの体に纏わり付いていた。






一方、此方は魔立邪悪学園の保健室。カーテンで仕切られた、一番奥の間に二人はいた。
ベッドに横になるクロエの傍らで、白銀は祈るように手を組み、神妙な趣で少女を見守っている。
クロエは酷い頭痛で意識が覚束無いのか、うつろな眼をして、ただ荒い呼吸を繰り返している。白銀はそんなクロエをただ傍で見守っているしか出来ない。
思えば、クロエがこうなってしまったのは、四時間目の前の休み時間に、友達に左眼の傷を指摘された時からだった。
クロエの左眼の傷も、赤い瞳のオッドアイも、いつかは誰かに指摘される恐れは勿論あった―――しかし、それでもそうならないことを祈っていた。なぜなら、それこそが彼女を苦しめる、憎らしい影の痕跡なのだから。
(折角…折角学校生活が順調に進んでいると思っていたのに…何故また貴様がクロエを苦しめる……ッ!)
白銀は、ぎゅ、と組んだ手を握り締める。彼女の苦しみに比べれば、噛み締める唇の血の味や、食い込む爪の痛みなど、どうってことないように思えた。
(急がなければ…。急いで、クロエを護り得るに足る力を手に入れなければ…!)
クロエを案じる心と、加害者への憎しみと、何もすることが出来ない自分への焦り―――それが複雑に絡み合って、白銀の精神を支配する。今にも壊れてしまいそうに儚いこの少女を、これ以上苦しめたくなど、ない。
耳の遠いところで、五時間目の終わりを告げる鐘の音が聞こえた。
「…しろ…がね」
「! どうした、クロエ?」
途切れ途切れの、弱弱しいクロエの声に気付き、慌てて白銀は彼女の枕元に耳を寄せる。
「あのね、…クロはもう、大丈夫だから。だから…白銀は、凶室に、戻って…?」
「何を言うんだ。俺はお前の傍にいる」
「そんなに、心配しなくても…クロは、大丈夫、だよ…。だから、お願い、白銀…」
"お願い"と強い抑揚で、何時になく頑固に言われてしまっては、白銀は渋々ながらも承諾するしかない。白銀はこれ以上何か言うのを止め、すっくと立ち上がった。
「…分かった。ただし、放課後になったら、絶対に迎えに行くからな。それまでちゃんと安静にして寝てるんだぞ」
「うん…。ごめんね、白銀…」
「気にするな。じゃあ、また後でな」
少女の頭にぽふんと手を置き、柔らかな銀髪をひと撫でしてから、白銀は仕切りのカーテンをくぐった。
クロエは、足音とドアの開閉音に耳を澄まし、やがて白銀が完全に保健室から出て行ったことを確認すると―――ぷつんと糸が切れたように、途端に激しい頭痛に身を捩らせた。
「う…うぅっ…、い…たぁ…っ」
堪えていた痛みはその強さを増し、身を捩らせる程度から、激しく寝返りを打たねば耐えられぬほどの痛みへと変貌する。自然と目から涙が溢れ出し、激痛で意識が朦朧となっていく。
「やだっ、やだぁ…っ!頭、痛い、痛いよぅぅ…!」
「ちょっとどうしたのぉ、クロエちゃん?!」
クロエの尋常でない呻き声を聞きつけ、保健室付きの先生が慌てて駆けつけた。
先生が、クロエの背中をさすって宥めようとすると、クロエは、先生のナイスバディな体に、縋りつくようにぎゅうっと抱きついてきた。
「クロエちゃん?」
「ぅぁ…っ、ぁっ…、やだ、止めて…!来ないで、来ないでぇっ…!」
「なに、なにが来るのぅ?クロエちゃん、大丈夫ぅっ?」
先生の声も耳に入らないのか、クロエはひたすら泣き喚くように、夢うつつで、ブツブツと何かを訴え続ける。
「刀祢お姉ちゃん…、りっくん…、白銀…、白銀ぇ…ッ! ……誰か、助けて…、たす…、……」
しかし、その悲痛に助けを求める声も、か細く消え失せてゆき――……クロエはやがて気を失った。






「本ッ当に、迷惑かけて…悪かった!!」
そして、放課後―――六時間目の体育で、眼鏡が外れてしまったがために、見境なく四方八方へ矢を射りまくる、という大暴走を起こしたアーチャーのシドが、白銀とレヴィンに深々と頭を下げていた。
人と進んで接するのが性に合わないはずなのに、シドは先程から、こうしてクラスメイト全員に謝り歩いているらしい。それが、あの暴走が彼の不本意であったことをありありと示していた。
白銀は、フッと穏やかな微笑みを浮かべると、未だ頭を下げたままのシドの肩をポンッと叩いた。
「そんなに気にする必要はない。よく考えてみろ、レヴィンが俺に話しかけてきた時は、俺の剣を一方的に見込んできてのことだった。つまりは今回のことも…」
「え?」
そこで、白銀と、彼の言葉に目を瞬かせているシドとの間にレヴィンが割って入った。
「おいおい、みなまで言っちまうなよ、白銀。つまりだなー…、お前のあの暴走…いや、火事場のクソ力っつーのか? あの土壇場の強さに感心したってことだ」
「そ…それって…」
「俺は強い奴が好きだ。だから強い奴とは友好を持ちてェ、そういうことだ」
照れ臭そうにレヴィンが言ったその言葉に、シドは限りない感動を覚えたのか、彼の眼鏡のレンズの奥が潤み出した。
「あ…有難う、レヴィン…!それに、白銀も…!」
「っだ、だから!シド、お前そーやってすぐ涙目になるなっつーの!」
やはり、真面目に礼を言われるのが慣れない、もとい恥ずかしいのだろうか、レヴィンは顔を赤らめ、その気分を振り払うようにぶんぶんと腕を動かす。
「す、すまん…同姓の友達が出来たのが初めてなもんで…つい…」
「おいおい、マジかよッ?!」
すると今度は、シドの新事実発覚に思いっきり驚くレヴィン。せわしない二人のやり取りを、白銀は終始穏やかな微笑みで見つめていた。
(こいつらを見ていると気分が楽になるな…。しかし、気を抜いてはいけない…クロエのことがある…)
ちらり、と白銀は時計の針を見つめ、それから二人の方に振り返った。
「すまん。俺はこれから所用がある」
「おっ、そうか。んじゃあまた明日な、白銀ー!クロエにも夜露死苦ゥー!」
「あ、じ、じゃあな…!」
相変わらず快活なレヴィンの声と、まだぎこちないシドの声に見送られ、白銀は凶室を出ると、足早に保健室へと向かった。
面はあくまで冷静を保っているが、その心中では、クロエを心配する気持ちが、走り歩くたびに溢れ出てきていた。いてもたってもいられなくなるため、授業中にはあまり心配を考えまい、と我慢していた分が一気に湧き上がってくるようだ。
「クロエ!」
保健室の戸を開けて入ると同時に、白銀は無意識に大きな声を出していた。
それから、真っ先にクロエが寝かせられているベッドにまで闊歩し、眠っているクロエの姿を確認して初めて、白銀は漸く息をつくことができた。
そんな白銀の背後から、保健の先生が神妙な面持ちで近付いてきた。
「……白銀くぅ〜ん」
「先生。俺がいない間、クロエの様子はどうでしたか?」
保健の先生は、白銀と、今は眠っているクロエとの顔を交互に見渡してから、幾分小声で話し出す。
「それがね…。白銀くんがいなくなった途端、急に苦しみ出して。『頭が痛い』『来ないで、助けて』って、凄く(うな)されてたわ」
「……そうですか」
やはり無理に我慢していたか、と思い、白銀は眉を顰めた。
心配をかけまいと、あんな小さな体で懸命に平気なふりをされる方が、余計に心配になるというのに。
「……ねえ、白銀くん。クロエちゃんのあの(うな)されよう…尋常じゃないわ。一体、あの子に何があったのぅ…?」
「…………」
保健の先生の問いに、白銀は固く口を閉ざした。
それから、ふいと視線を逸らし、未だ眠っているクロエの元に近づいて行く。寝台に横たわる華奢なクロエの体を、そっと白銀は抱き上げると、保健室の出入り口の方へ踵を返した。
「白銀くん!」
慌てて、保健の先生が白銀の背中を追って叫ぶ。白銀は一瞬だけ立ち止まると、
「……申し訳ありません。今はまだ…言えません」
低く透る白銀の言葉に、先生はその場に立ち尽くせざるを得なくなった。白銀はゆっくりと目を伏せ、保健室を後にした。






それから白銀が向かった先は、クロエの寮室であった。
白銀とクロエは、東方にいた頃から家族同然の付き合いをしてきていたため、お互い合鍵を渡しあっている。元々は、心配性な白銀から合鍵をクロエに押し付け、『じゃあクロも合鍵あげるね』と物々交換のような面持ちで渡しあったものなのだが、それは主にこういう時に役に立った。
白銀は部屋に入り、電気をつけ、クロエを横にしてやろうと思い寝台に下ろした。
そこでふと、クロエの体が、酷く(うな)されたためか汗で湿っていることに気付いた。このままでは風邪を引いてしまうやもしれない、といういつもの心配性が湧き上がってきて、白銀はぐぐぐ…と頭を捻った。
(着替えさせた方がいいのだろうか…。しかし、寝ている女性を勝手に着替えさせていいものなのだろうか…?ここは姉上を呼ぶか?いやしかし、今姉上は何処ぞでまたショタコン発動モードだろうし…ううむ……)
カップラーメンも出来ちゃう三分ほど、じっくりと白銀は考え込んだのち、結局着替えさせてやることにした。
寝台の脇に置いてあった、洗濯したての可愛らしい寝間着を広げ、白銀はまず覚束無い手つきでクロエの服を脱がしてやる。あくまで、視線は天井の方に向けながら。勝手に高鳴る鼓動の音を、必死で押さえ込みながら。
自分の着替えならば、するすると簡単に出来てしまうものなのだが。これが他人の、しかも異性のものとなると、途端に不器用になってしまう。ましてやクロエは、下手に扱えばすぐに壊れてしまいそうなくらい華奢なのだ。
汗を拭ってやろうとして、誤って薄い膨らみに手が触れてしまった白銀は、カァッと顔を赤く染めた。
クロエは眠っていて通じないはずなのに、す、すまん、と白銀は無意識のうちに呟きかけてしまう。慌てて首を横に振り、必死で冷静を保つのに集中する。こっちのが意識している度合が高いだけに、なんとも気恥ずかしい。
やがて白銀は、始終悶々とした面持ちで、なんとか着替えさせ終えることが出来た。
「はー……」
白銀は、なんだかどっと精神を使った気分になり、寝台に重く腰掛けた。
それから、頭痛がようやく治まってきたのだろうか、幾分緊張の解けたクロエの寝顔を見据える。しばらくそうしていると、ゆっくりと安堵感が湧き上がってきた。
「さてと…いつものやつを作るか」
胸を撫で下ろしたのも束の間、白銀はキッチンに立ち、慣れた手つきで何かを作り始めた。






「……ううん…」
ひどく重い気だるさを覚えながら、クロエは身じろぎをし、その赤と黒のオッドアイの眼を開いた。
きょろきょろと周囲を見渡してみると、そこは保健室ではなく、見慣れた自分の部屋で。
そこで不意に、香ばしいカホリが鼻をくすぐられ、未だ焦点の合わぬ目で匂いがした方を見やる。するとそこには、安堵感に満ち溢れた微笑みで此方を見つめている白銀がいた。
「…しろが、ね…?」
「クロエ、目が覚めたか!良かった…!」
白銀はクロエが目覚めた嬉しさのあまり、ぽふぽふとクロエの頭を撫でてきた。大きな手の温もりに、クロエは頭痛の名残が引き起こす気だるさが、少しだけ和らぐ気がした。
「クロ、また白銀に迷惑かけちゃったね。ごめんね…。」
「気にするな。俺達はいわば家族同然なんだから、遠慮することはない。それよりも、具合はどうだ?まだ頭は痛むか?」
「んーん。まだちょっとくらくらするけど、クロは大丈夫だよ。」
「そうか、良かった……そうだクロエ、これを」
そう言って、白銀はおにぎりを二つクロエに差し出した。
「クロエ、昼飯を食べれなかっただろう。起き抜けで食欲はないだろうが、何か食べた方がいいからな」
「白銀、ありがとう」
クロエは笑顔でおにぎりを受け取り、はむっとおもむろにかぶりつく。すると、ちょこん、と中から甘い味付けの紅鮭が頭を出した。
「クロ、白銀の鮭おにぎり、大好きだよ。どんなに体がしんどくて気持ち悪くても、これだけは、クロ、食べれるんだぁ」
「そうか…」
白銀は、優しい微笑を浮かべて、クロエがおにぎりを食べるのを見守っている。
このおにぎりは、クロエがこうして体調を崩すたびに、白銀が作ってやっているものである。クロエがこれだけは食べれると言ったとおり、どんなにひどい体調不良を訴え、粥も雑炊も受け付けなかった時でも、クロエは必ず白銀の作る鮭おにぎりだけは食べた。
故に、白銀の作るおにぎりの鮭は、甘く甘く味付けしてある。それもこれも、このおにぎりがクロエのためだけのものであるからだ。



「……お前の為に、早く強くならなければな」
「? 白銀、今なんて言ったの?」
「いや…気にするな。それだけ美味そうに食べてくれるなら、作った甲斐があったと思っただけだ」
「えへへ、だってほんとうに美味しいんだもん。いつもありがとね、白銀っ」



この穢れのない笑顔を、なんとしても護らなければ―――
白銀は、密かに、腰に携えた刀を持つ手の力を強くした。この身の捧げる全てはクロエのために有る。白銀の信念は、この魔立邪悪学園の下で、確かに、その固さと輝きを増し始めていた。










あとがき。
以上、戦士♂×僧侶♀・侍×盗賊小説でした。
アフタースクール、いわゆる放課後です。気付いた方もいると思いますが、この小説は『猛進アウトサイダー』の時間軸とリンクしております。併せて読むとよりお楽しみ頂けるかもしれません。
この話は、別にただの白銀の心配性物語ではありません(ぁ)。クロエの過去が、この話を境に、少しずつ明らかになっていく予定です。
それでは、ここまで読んで頂き有難うございました。



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