※この小説は、裏部屋にある『蒼い...泪』を読んだ上で見ることがオススメします。 (裏ページへの入り口は、別館ディスガイア部屋のどこかに隠してありますが、もし分からない方はメールにてお問い合わせ下さい。) 「………くそ…」 苛立たしげな、侍の青年の呟きが、誰も居ない部屋の中に木霊していく。 徐々に宵も更けつつあるホルルト村は、ひどくひっそりとしている。物音といえば、時折、種族もとくと知らぬ鳥に似た魔物達が、ぎゃあぎゃあと怪しげな鳴き声をあげるのみだ。 そんな村の中に点在する、大きな赤い屋根をした、アデルの家のそのまた一室に、侍の青年こと若狭は、寝台に沈み込むようにして座っていた。 額に手をあて、肱をつき、鎮まったまま、若狭はぴくりとも動かずにいた。だが、そんな身体とは正反対に、若狭の脳裏は激しい困惑で包み込まれていた。 ―――思い起こせば、幾らでも蘇る…つい先日の、弟子の少女を抱いた記憶――― 実の父から受けた傷痕に夜な夜な しかし、それと同時に、胸に巣食いはじめた、不可解なこの想い…… 重なった人肌の温もりが、艶めかしい嬌声が、己を求めるガラテアの瞳が……脳裏から離れなくて……、今にも胸が張り裂けそうに、踊る……この熱い感覚…… どれも、罪を償うために、二度と同じ過ちを繰り返さないようにと励んできた己ですら、一度もぶちあたったことのない体験で……正直どうすれば、彼女にとって、己にとって最善の方法であるのか、全く考えがつかない。 「拙者は…どうすればよいのだ……」 口惜しがるように呟き、若狭はギリッと唇を噛み締めた。 そんなことを繰り返し悩み続けていると、不意に、ドアが軽快なテンポでノックされ、若狭が応じようとしたその前に、ズバーン!!とドアをぶち破って、悪代官コンビ・リビティナとスピカがあがり込んできた。 「若ー!ご機嫌ようッス♪」 突然部屋に強行突破して侵入してきたうえ、いかにも怪しい笑顔を浮かべている二匹。若狭は当然ながら警戒して、ズザッとその場から一歩引き下がった。 「貴様等…よもやまた何か拙者を陥れようと……」 「いやいや、違うッス違うッス!今回は普通に若とスキンシップしに来ただけッスよ♪」 明らかに、今更信用できるか、と言いたげな若狭の睨みに、二匹は笑顔を崩さずに話を続ける。 「若ったらイケズッスね〜。折角、悩み疲れてる若のために、いい物を持って来たあげたのにッス♪」 「……何?」 もったいぶったスピカの言葉に、若狭が眉を顰める。 若狭のその反応を待ち望んでいましたと言わんばかりに、バッ!!と勇んで二匹は若狭の目の前にでっかいビンを掲げた。たぷん、と中で揺らめく透明な液体は、もしや。否、もしかしなくとも。 「「心身が疲れてる時には、お酒が一番ッス〜〜〜♪」」 「………ふざけるな」 若狭は絶句し、低くそれだけ言い放った。 汝、悔い とぷとぷとぷ。 目の前で、規則的な音を立てて、無理矢理持たされた御猪口に、独特の香りを醸し出す透明な液体が注がれていく。 じろり、と若狭は自分の左右に佇む二匹を変わりばんこに睨みつけ、苛立たしげに呟いた。 「……拙者は要らぬと申した筈だが?」 「ささ、細かい事は気にせずにv」 「ぐぐ〜っと一杯やるッスよv」 『お酒で疲れを癒そう』だなんていう二匹の言い分に、されるがまま流されてしまっている若狭だが、飽くまで己は堅実な侍。心身が疲弊しているのは認めるが、それで酒に頼るなど言語道断。本当に口にする気はさらさら起きるわけもなく。 若狭は、カタン、と二匹が何処からともなく持って来た 「断る。大体、拙者はまだ未成年だ」 「またまた〜。若は転生してから1年足らず、プリニー時代の年代も含めれば、もう1923歳じゃないッスかv」 きっぱりすっぱり実年齢を出され、若狭は訝しげに眉を顰めた。 「……しかし」 「最近、過去のこととか、テアちゃんのこととかで若もお疲れッスから。たまにはお酒でも飲んで息抜きしなきゃ駄目ッスよ」 「………」 過去と。 ガラテアのことと。 鼓膜を突いた、今一番悩ましい事柄の名に。若狭の頭から、スーッと何かが抜けていった。 そして気付いた頃には、ぐいっ!と酒を勢い良く自分の喉に流し込んでいた。 「おっ!いい飲みっぷりッスね〜」 「ささ、もう一杯v」 「………」 最初の一杯が早くも脳に回っているのか、麻痺し始めた思考では、もう何か考える事すら諦めた。若狭はされるがまま、次々と二匹が注いでくる酒を従順に飲み干していった。 「……あちゃー…これはちょっと」 「やり過ぎたかもしれないッスねぇ」 あれから、約一時間後。ぐったりとテーブルに頬を突っ伏す、あわれもない若狭の姿を凝視して、二匹はやや焦ったように言い合った。 「……もう終わりか…?」 「もう終わりかって、若、飲み過ぎッスよ〜!何本空けたと思ってるんッスか!」 周囲にごろごろと転がっている酒瓶を指差しながら、スピカが叫ぶ。 「チ……つまらんな……」 体が火照って熱いのか、珍しくも胸元の着物をだらしなく緩ませながら、若狭は、ヒック、と小さなしゃっくりを繰り返す。 赤く染まった頬、 「「酔ってる若って……なんかエロいッス」」 普段ならこんなことを言ってしまえば、速攻で若狭が槍を構え出すのだが、今の彼はこの言葉すら耳に届いていないようで。 二匹は途方に暮れて、とりあえず若狭を見守っていると、やがて若狭はぶつぶつと何かを囁き始めた。 「………分からぬ…あの少女を抱いてから、ずっと…この胸の中にある……何かが……」 「若…?」 「……?」 一方、此方はアデル家の廊下。 蒼い盗賊の少女ガラテアは、リビングから自分の部屋に戻ろうとしている途中、師の部屋から聞こえる声に気付き、ふと足を止めた。 (師匠以外に、誰かいる…?) 独特で、尚且つ聞き覚えのある声が複数聞こえるところからして、すぐに、リビティナとスピカが訪問してきていることは分かった。またあの二匹が師を何か困らせているのではと思い、扉の鍵が開いている(というか、二匹が壊した)ことも相成って、そうっとガラテアは中を覗き込んだ。 すると、見えてきたのは、何故か酒瓶が転がった部屋と、 (何を…話しているの…?) 息を呑んで、ガラテアは耳をすます。すると、言い合うような若狭と二匹の声が聞こえてきた。 「若……テアちゃんを抱いたこと、まだ罪悪感を持ってるんッスか?」 「テアちゃんは若のことが好きなんだし、若もテアちゃんの恋心に少しでも応える可能性を持って抱いてあげたなら、そんなに悩まなくても……」 (……私、のこと…?!) どくん、とガラテアの胸が高鳴る。 若狭と二匹の話している会話が、自分のことで、尚且つこの間のことについてだと悟ってしまえば、もう知らぬ振りはできない。正直、自分が一番告白の答えを問い詰めたい衝動に駆られたが、ガラテアは堪えて静かに息を潜めた。 「……違う!!拙者は…恋など、愛など知らぬ!!」 ―――刹那、鼓膜に響いてきた、若狭の怒号。 二匹に向かって放たれた筈のそれは、何故か、まるで自分に向けて言い聞かせているようにも思えた。 一つ、荒い息をついてから、若狭は低く呻くような声色で話しだした。 「拙者は、罪を犯した者……。仲間から授かった命を自ら絶ったあの時から……拙者はただ、彼等に償うために…傍観者として生きるための知識だけを培ってきた……。故にそのような感情など……拙者はとうに忘れたはずだ」 「でも、それは若がずっと一人でいたからッスよ。テアちゃんと一緒に過ごしてる今、若の忘れた感情がまた芽生えてきてもおかしくないッス」 リビティナの言葉で、若狭は一端黙りこくったが、やがてふっと重い瞼を伏せた。 「……もしそうであろうとも、拙者がガラテアの想いに応えてやることは出来ぬ」 (ッ!!) 「どうしてッスか?!それも…若の言う"償い"の一つだからッスか?!」 ガラテアの動揺も知らぬまま、スピカは慌てて若狭に問い質す。 若狭は、震える手で、グッ、と着物の胸元の 「…そうだ。罪人として、そんな甘ったるい感情を持つべきではない。赤い月が赦そうとも、拙者自身は、まだこの罪を赦した訳ではないからな……」 「……そんなの虚しいッス。テアちゃんはどうなるんッスか」 「ガラテアは、何があっても拙者が護る……。あの娘の想いに応えられなくとも、ガラテアにもっと相応しい配偶者を見つけるまでは……傍に居てやるつもりだ」 リビティナとスピカは、儚むように息をついた。 「それを、テアちゃんが望んでるって…若は本気で思ってるんッスか?」 「………」 「それに、若は責任を感じすぎッス。若がそんな風に自分の感情を縛っても、仲間達が喜ぶ筈はないッス」 「分かっている…そんなことは……、ただ…拙者は……、……」 若狭の声は段々と小さくなっていき、やがて黙りこくったまま、それきり何も答えなくなった。 しかし、若狭と二匹の間がしんとなってしまってから、数十秒後。 まさにその静寂を打ち破らんが如く、ずばたーんっっっ!!!と物凄い轟音をたてて、若狭は思いっきりその場にぶっ倒れた。 「ひぃっ?!わ、若、どうしたッスか?!」 「若が泥酔したッス〜〜!!み、水っ水〜〜〜っ!!」 慌てて二匹が部屋中を駆け回りだし、若狭がぶっ倒れる一部始終を見ていたガラテアもまた、あわあわと困惑する。あの二匹には任せておけない、自分が師匠を介抱せねばと思い、ガラテアが部屋に飛び込もうとした瞬間――― 「………若? …もう聞こえてないッスよね」 何故かいやに冷静なリビティナの声が聞こえて、ガラテアはその場に立ち止まった。 倒れた若狭の黒髪を撫でながら、リビティナは続けて言う。 「若……オレ達が若に絡んだり、テアちゃんとくっつけようと謀ったりするのは、同じ同僚だった若に、幸せになって欲しいからなんッスよ?」 スピカも、リビティナに続いて言葉を紡ぎだした。 「若がプリニー時代から、オレ達みたくいい加減じゃなく、真剣に罪を償おうとしてたのも知ってたッスから……。だから、オレ達がどんなに若に嫌われるような真似をしてでも、幸せになって欲しかったんッスけど……」 「今の若は、自分は罪人だとか、資格がないとか…そればっかりッス」 「寧ろ……今の若を見てると、自分の"償い"を理由にして…テアちゃんへの想いを認めたくないだけのような気がして、哀しくなるッスよ……」 「「ねえ、若……若は本当に……それでいいんッスか……?」」 (リビティナ…スピカ……違うのだ……拙者は………) 真っ暗な闇に包まれていた頭に、不意にズキッと鈍い痛みが奔り、堪らず若狭は意識を取り戻した。 「……ぐ…ぅ…?」 小さく呻き声を上げ、重い瞼を開くと、そこは自分の部屋だった。 閉じていた目には天井の灯りが眩しくて、目を細めながら痛む頭を押さえていると、ひょこっと目の前に弟子の少女が顔を出してきた。 「師匠!目が覚めましたか」 「?! ガラテア…、何故ここに…、っ痛ぅ…」 「あ…師匠、起き上がったら駄目です。今は二日酔いが酷いときですから」 吃驚して起き上がろうとした若狭を、ガラテアは制し、再び寝床に押し戻す。若狭自身、自分の体調がかなり良くないことを感じていたので、大人しく再び横になった。 それから、そっと、ガラテアが額に冷たいタオルを乗せた。ひちゃり、と水を含んだそれは熱をみるみる吸い取っていく。僅かに和らぎはしたが、尚もしつこく続く頭痛に、若狭はくっと目を細めた。 「かたじけない」 「くす…。師匠もお酒を飲んで酔いつぶれたりすることがあるんですね」 「……不覚だ…情けないにも程がある」 「くすくす…」 少女の小さな笑い声がなんとも恥ずかしく、若狭は頬を僅かに紅潮させて目を逸らした。 ガラテアは師の珍しい光景に暫く笑っていたが、やがて笑うのを止めると……急に真面目な顔をして若狭を見据えた。それに気付いた若狭が見詰め返すのを見計らい、ガラテアはぼそりと呟きだす。 「……あの…師匠。お酒を飲んでからのこと、覚えてます…?」 「ああ…しっかりと意識はあった、話していた内容も覚えている。ただし、倒れるほど酔っていた自覚だけはなかったがな」 若狭は、自分への皮肉のようにそう言った。 ガラテアは何かを考え込むかのように、少し口をつぐみ、やがてそろそろと話しだす。 「……実は私、師匠と二匹との会話を聞いていました」 「?!」 ガラテアの言葉に若狭は驚き、ガバッと頭を起こす。額に乗せていたタオルが、ぼとりと布団の上に落ちた。ガラテアは、慌てて申し訳なさそうに頭を下げた。 「す、すみません…盗み聞きするつもりではなかったのですが…」 あくまで立ち聞きされたのは、ドアをぶっ壊した二匹のせいだし、ガラテアがいること自体に気付けなかった自分の責任だ。なのでガラテアを咎める気は特に起きなかったので、若狭は単刀直入に切り出した。 「……ならばもう知っているのだろう。汝の感情に対する、拙者の答えも…」 「はい。師匠がせめてもと、私の事を気遣って下さっているのも…嬉しいですが……私は、それをお受けできません」 「ガラテア…?」 はっきりとした少女の謝絶の言葉に、若狭は目を丸くする。 ガラテアはしっかりと若狭を見詰めながら、透き通った声で話し出した。 「私は、やっぱり師匠が一番で……それは、これからも変わりません。師匠の傍にいられることが私の幸せです。だから私は、これから何があっても、師匠以外の人に……こんな感情は抱けないと思います」 ガラテアは不意に若狭の手を取り、自らの胸元に当てる。規則正しく高打つ鼓動が、指が触れた肌の奥に感じられた。 この確かな温もりは、否定しようのない少女の想いの強さ。もはや若狭には、この少女に己がしてやれると思っていたことを否定された、そのことすら、もう何も言葉を返すことが出来なくなってしまっていた。 「それに、師匠は…少し勘違いをなさっています」 「…なに?」 若狭が眉に皺を寄せると、ガラテアはくすりと柔らかく微笑んだ。 「私は師匠に護られてばかりいるつもりはありませんから。今はまだ、過去の傷に…パパの夢に魘されるけど……師匠が傍にいてくれるから、傷は完全には消えないけど、少しずつ癒えていきます……。そうして一緒に、私は師匠についていけるくらいの力をつけていくつもりです。それは全部、師匠が私を抱いてくれたから……。本当に、大好きな師匠が抱いてくれたこと、嬉しかった。だから、今度は私が…師匠が自分を赦せるようになるまでの時間を作ってあげたいのです……。」 そう強く言った少女の決意は、揺ぎ無く眩しい。 己を見詰める蒼い眼は、もはやこの間の哀しみに塗れていた面影すら消えてしまったよう。 あの一夜で。己が与えた痛みと快楽の中で。この少女は一体何を見つけたというのか。 己が理解せしえぬ感情に 「……ガラテア…お前は…強いな」 無意識にそう素直な呟きを漏らしてしまうと、ガラテアは一瞬ぱちくりとしたが……すぐに、随分と不敵に、嬉しそうに、微笑んだ。 「ふふ…師匠、私、これでも前よりは"人間"になったんですよ……?」 (……"人に在らざる者"になっていたのは、拙者の方か) 自らを『機械人形』と呼び、感情を知らなかった少女。 自らを『傍観者』とし、贖罪の為に己を殺してきた自分。 お互い、似ていると思った…同じ、罪を背負った者同士…不思議と惹き付けられるかのように…傍に寄り添った…… しかしいつの間にか、触れ合いの最中で、少女は『人形』から『人間』となり…… 己はまだ、その先に行くのを、ガラテアが進んだ道を踏み出すのを、躊躇い、その場で歩みあぐねている…… 「…すまぬ。拙者は、お前にとっては不甲斐無い師だ」 情けない自分へ皮肉めくように言ってやれば、ガラテアはすぐに首を横に振る。 「そんなことはありません…私の師匠は、ずっと師匠だけですから」 「……戯言を…」 ガラテアに改めて言われたその言葉が、なんだか、今更にとても気恥ずかしく、若狭はかたく瞼を閉じた。 そのまま目を閉じたままでいると、眠ったのだと思ったのか、ガラテアは枕元に寄り添うようにして座り込み、くすくすと少し笑いを零しながら、自らもまた目を閉じた。 『仲間への贖罪』だなんて嘘だ。 彼等が己が己を殺して生きていくのは望んでないと、もう知ってしまったから。 ただ、その罪にしがみついていなければ……何かが壊れていくような気がして、怖かっただけ…… いつか拙者も…汝のようになれるのだろうか? 否…、そんな問いなど…この少女の強き決意を聞いたうえでは、ただの杞憂か…… (今はまだ分からぬが……恐らく拙者も……"人"になれる日が訪れるだろう……。拙者を惹き付けて止まぬ、蒼い眼をしたこの少女が……こうして、傍にいる限り………) それは絆なのか…若しくは、忘れた筈の愛という感情なのか…… いつか、この身を赦せる日が…己が人になれた日が来るのならば…… きっとそのとき、想いの答えは出るのだろう…… あとがき。 以上、若狭とガラテアのお話でした。一応、これで二人の過去の傷やらと戦うエピソードは終了です。ここまで長かったなぁ〜…途中完全趣味で裏の道にまで行ってしまったし(核爆) 予想以上にこの二人の過去、心情が難しすぎて、私自身、何度も執筆に行き詰まりまくりましたが…なんとか最後まで出来て良かった良かった。 あ、二人のエピソードはこれで終わりましたが、この二人の小説は、他のカプみたいに、今後もネタ次第で書いていくつもりです。漸くやりたい放題できるってわけですよシシシ(殴 それでは、ここまで読んで頂いて有難うございました。楽しんで頂けましたら幸いです。 ブラウザバックでお戻り下さい。 |