誰もが口を揃えて言う。徒桜さまは、とても“みすてりあす”な方だと。 しかし、徒桜さまの忠実なお付きの忍である拙者、桔梗は、そうとは少しも思いませぬ。 誰にも内緒でございまするが、拙者、ほんとうは皆様に声を大にして申し上げたくございます。 徒桜さまは、とても素直で、純粋な方です、と。 あなたが望むなら私お忍びいたします キーンコーンカーンコーン、と魔立邪悪学園のちょっと鈍い鐘の音が響く。 今は、皆が待ちに待ったお昼休み。 あっという間にそれぞれがお昼を過ごすために、あちらこちらへと散っていく。 刀祢・白銀姉弟を中心とした、その友人たちを囲んだいつもの仲良しメンバーも、机をくっつきあわせて大きな陣を取り、お弁当を広げていった。 「レヴィン、どうした?今日は珍しく食が細いな」 はた、と白銀がもたもたとおにぎりを食べているレヴィンを見て言った。いつもならば、購買のパンとおにぎりを4〜5個は軽く食べ、それでも足りなくて、白銀たちが食べている六合お手製の重箱弁当の分け前までねだってくるというのに。今日はまだ1個目すら完食できていないようだ。 「……胃が痛ェんだよ」 「まあ、いけませんわ!健康管理は悪魔の常識ですわよ!」 「誰のせいだと思ってんだよ!昨日のお嬢様の破壊力抜群な料理のせいだろーが、あァ?!」 フローレンスの料理の凄まじさを知る者たちが、あぁ、あれ食べちゃったんだ……とレヴィンを憐れみの目で見る。 「たまには食欲不振も良いだろう。いつもこちらの食べる分が無くなりそうな勢いだからな」 「そりゃねェぜ白銀ェ〜〜!」 「あの、レヴィンさん、胃薬いかがですか?僕いつも薬箱を常備していますから…」 「マジで?!サンキュー!」 レヴィンは六合から薬を貰うと、少しはこいつの優しさを見習えよォ?と言いながら白銀を指さす。 「…それだけツッコむ気力があるならすぐに治りそうだな。六合、使いから帰って来たばかりで疲れているというのに、世話をかけたな」 「いいえ、気にしないでください。白銀さまのご友人のお役に立てるのは嬉しいです」 相変わらずできたお付きだ、と白銀は優しく微笑んだ。 「あら?リリィもあんまり食欲がないみたいね」 不意にアイリスがそう指摘し、皆が注目してみると、確かにリリィは箸が全然進んでいなかった。 今日の給食のうどんやおかずが、すでに暖かそうな湯気を失っている。 「リリィ、大丈夫か?体調でも悪いのか?」 「!」 シドが心配して話しかけると、大きくリリィの体が強張った。 あまりに分かりやすすぎる拒絶。ショックを隠せず、何度もまばたきを繰り返してしまう。 自分がリリィを怖がらせている、とシドは確信した。思い当たるとすれば、この間、手を握った一件しか考えられないワケだが。 シドは今こそ自分なんか滅されてしまえと思ったことはなかった。好きな子に嫌われるくらいなら死んだ方がマシだ。 「あ…、し、シドくん…」 「えっと…、ご、ごめんな、なんか」 お互いの間に微妙な空気が流れ、どうしていいか分からず、とりあえず謝ってみた。 すると、リリィは急に顔を逸らして、 「こ、これあと全部シドくんが食べてっ!わたしもう行くからっ!」 「え?!ちょ、おい、リリィー?!」 ずずいっとトレイごと給食をシドに渡し、ダッシュで教室から出て行ってしまった。 シドはぽかんと口を開いたまま固まった。一部始終を見ていた皆が、じぃぃ〜〜〜〜…とこちらを凝視している。 「あ〜あ。シド君がリリィを泣かしたぁ〜」 「っちょ、サラ?!今泣いてなかったって!セーフだって!」 「さては何かセクハラでもしたのねぇ?」 「してない!!今見てただろ、俺何もしてなかっただろ?!」 「こらこらレディ、不謹慎だよ」 サラの棘のある言葉に必死で言い返していると、イセラが場を諌めてくれた。しかしすぐに今度はシドをじっと見据えてくる。 「でも、事実、あれはかなり辛そうだったな。シド君が意識してなかったとしても、女性は殿方の思わぬところで傷ついているものだよ?…例えば、意味もなく謝られたときとかね」 手痛い言葉に、うぅ、と情けない声が出る。 イセラの言うとおりだった。先日のことを謝りたい気持ちはあったが、別に、今は少し気まずかっただけで、お互い何か悪かったわけではないのだ。 話のさきに困った挙句、“とりあえず”ごめんだなんて。リリィのことだから、自分に気を遣わせたと思ったのかもしれない。 (レヴィンたちにも堅苦しいって言われるし…。俺、すぐ謝る癖を直さないとダメだな…) シドは強く反省しながら、ガタンと席を立った。 「悪い、ちょっと抜ける」 「はいは〜い。リリィちゃんを追うのね?いいわよ、早くいってらっしゃいな」 刀祢の寛大な言葉に押され、シドはばたばたと凶室を出ていった。 その背中を見送ると、皆はふうっと一斉に息をついた。 「ああ〜、いいわねぇ。青春ねぇ!」 サラがうっとりと呟いた。それは間違いなく今のシドとリリィのやりとりを指しているのだろう。 「? せいしゅん?」 「分かんないの?クロエはお子ちゃまねぇ。あれは恋よ、恋!」 こい?とクロエはますます首を傾げる。すっかり恋バナモードに火が点いてしまったサラは加えて捲くし立てる。 「そう!きっと二人は、お互いを意識しちゃって上手く話せないのよ。そして起こるすれ違い…。ああん、ドラマチックだわぁ!」 「ちょっと静かにしなさい。食事中よ」 ぴしゃり、と容赦なくアイリスが窘めた。サラは渋々黙るが、まだ話足りないのか思いっきり不満そうにぶうたれている。 「刀祢お姉ちゃん……意識しちゃって上手に話せなくなるのが、恋?」 「うーん、クロエ、それはちょっと違うわね…。恋にも色々とあるのよ。幼馴染や友達だと思ってたら、何かのきっかけで急に恋になっちゃったり。実は最初から好きだったってパターンもあるわね。男女の間柄って難しいのよ」 刀祢がそう教えてやると、クロエは、ふと白銀の方を見つめた。 「クロエ?」 「………」 白銀が視線に気付いて声をかけるが、クロエは無言でこちらを見つめたまま。 あんまりじーっと見られると気恥ずかしい。堪らず、頬を僅かに赤くして目を泳がせた。 「クロと白銀は、なんでも話せるのにね」 「そ…う、だな」 それは、暗に自分は恋愛対象ではないと言っているのか。 自分は家族でしかないと、散々自分に言い聞かせているし、分かっていたことではあったのだが、実際に言われるとかなりクる。 白銀の心境も知らずに、クロエはこちらを見上げながら問いかける。 「……白銀は、恋って知ってる? 白銀も、恋してるの?」 「!」 クロエから信じられない言葉が出たことに、白銀は驚いた。彼女がこんな話題に興味を示すとは全く予想していなかったから。 それでも、彼女の真剣な視線に嘘をつくことはできない。真剣な目でクロエを見つめ返す。 「……ああ。恋、しているよ」 分からなくていい。伝えるときなど、ないから。ただ、この気持ちがある事実だけでも、彼女に伝えておきたかった。 「………そっかぁ」 クロエは、瞬きもせずにそれだけ答えた。それ以上は何も聞いてこようとしなかったので、恐らく分かってくれたのだろう。 白銀は複雑な心境を抱えながらも、とりあえず息をつく。その横腹を、つん、と刀祢が小突き、小声で話しかけてきた。 「ちょっと、白銀。今の頑張ったんじゃない?」 「姉上……」 「これで少しはクロエがあなたを意識してくれるといいわねぇ。シッシッシ♪」 「そ、その笑い方を止めてくれ……怪しすぎる」 「弟の頑張りに喜んであげてるのよ!」 そういう割には、とっても愉快そうなのだが……。 苦笑しつつも、白銀は刀祢に少し感謝していた。 昨日、刀祢に――いつまでも家族って言ってるから男として意識して貰えないのよ。言い聞かせちゃだめよ。クロエにも、あなた自身にも――そう言われなければ。今のクロエの問いにも、正直に答えられなかったかもしれない。 叶わないと知りながらも、心のどこかで、彼女との幸せな未来を思い描いている。 願わくば、すべての決着がついたその先で―――。 「そういえばぁ……前々から聞きたかったんだけど、桔梗ちゃん、徒桜くんと付き合ってるのぉ?」 唐突に、刀祢が桔梗に問いかけた。 あまりにも突然に、身も蓋もない話を吹っ掛けられた桔梗は、顔をみるみる真っ赤に染め上げていく。 「ち、ち、ち、違いまする!前々から言っているではありませぬか!」 「でもぉ、徒桜くんって、超ミステリアスなのに、桔梗ちゃんだけには積極的に話しかけてるから〜」 「そ、それは拙者が徒桜様のお付きだからであって…!」 桔梗は必死で否定するが、誰もが刀祢の言い分に賛同である。 忍者・徒桜。彼は非常にクールで陰のある人物である。 無口で誰とも話さない。話しかけられても無言。授業であてられても無言。そんな彼が唯一言葉を発するのは、お付きである女忍者・桔梗を呼ぶ時だけ。 桔梗の名前を呼ぶ時だけにしか発せられない彼の声。それを目撃すれば、誰でもこの二人が特別な関係に思えてしょうがない。 「あ、その話サラちゃんも気になるぅ♪」 案の定、ここにも特にこういう話が好きそうな人が。 「お付きだなんて言ってぇ、本当は付き合ってるんでしょお?」 「違いまする!!厳格な忍である徒桜様が、色恋になど私情をきたすわけがございませぬっ!!」 「そうなのぉ?でもぉ、少なくとも桔梗ちゃんは、徒桜くんのこと好きだよねぇ?」 「うっ…」 分かりやすく、顔を真っ赤にして口ごもる桔梗。その反応を見ればバレバレである。 「恋する乙女ってやっぱり素敵ね♪ん〜っ、桔梗ちゃんったら愛いやつめぇ♪」 「わわわ!さ、サラ殿…!」 すっかり恋バナモードが上がってきたサラは、桔梗に抱きついて擦り寄りまくる。桔梗は抵抗できず成すがままにされている。 巨乳美少女二人が仲良く抱き合っている姿は、なんというか注目を集めるもので……周囲の男子生徒たちが顔を真っ赤にして二人を見ている。 「……レディ、そろそろやめた方がいい」 堪らず、常識人イセラが、スムーズな手つきでサラを桔梗から引っぺがす。サラはイセラの方へ体をくねらせて振り向く。 「ああん、イセラさぁん♪嫉妬してくれたんですかぁ?サラは嬉しいですぅ♪」 「レディ、そういうことじゃなくてね」 「大丈夫ですっ、サラが好きなのはイセラさんだけですからぁっ♪」 「あああ……」 熱く抱きつくサラ。頭を抱えるイセラ。今度は二人が注目の的になる番になってしまった。 とりあえず解放されて、ホッと息を撫で下ろしている桔梗に、不意にさきほど噂されていた張本人・徒桜が近寄って来た。 「桔梗」 「はっ!徒桜様っ?!」 「今日の報告が聞きたい」 「か、畏まりましたっ。すぐに参ります!」 桔梗は大急ぎで弁当を片付けると、椅子を自席の位置に戻す。そして皆に「お昼に誘って頂き感謝致しまする」と丁寧に礼をしてから、凶室の入口で待つ徒桜のもとへと走り出した。 その一部始終は、どう見ても“待っている彼氏のもとへ急ぐ彼女”という言葉が似合いすぎている。 「…やっぱりデキてるようにしか見えないわよねぇ」 アイリスが、ボソッ、と給食のデザートであるイチゴゼリーを食みながら呟く。その呟きを聞きつけ、クロエが無邪気な顔で話しかける。 「ねえねえアイリス。あの二人も“こい”?」 「多分ね。片思いなのか両想いなのかはまだ微妙だけど」 「か、かたおも…?りょうも…?」 「…あー…っとね、片思いってのは、どちらか一方だけが相手に恋してること。両想いはお互いがお互いに恋してるってことよ」 「そっかぁ。ありがとアイリス!」 「どういたしまして。……ハァ、これじゃあ白銀クンが片思いなのが分かるわね」 「? アイリス、今なんて?」 「なんでもないわ」 頑張りなさいよ、白銀クン。クロエときっと両想いになるのよ。 アイリスは、白銀とクロエに交互に視線を送りながら、心の中でそう応援した。 一方、その頃。駆け出してしまったリリィを追って、シドは疾走していた。 購買や食堂とは正反対にある、昼休みどきには誰も行かない側の階段に差し掛かったところで、ようやくリリィの姿を捉える。 「リリィ!待ってくれ!」 ずっと走り続けていたため、息も絶え絶えに叫ぶと、びく、と肩を震わせてリリィは立ち止まった。その傍らへすぐに駆け寄っていく。 「はあっ、はあっ…、リリィ、やっと、見つけっ…」 「……シドくん…」 なんとか息を整えて見上げてみれば、リリィはとても切なそうな顔をしていた。先ほど自分がさせてしまった表情そのままに。 「ご」 ごめん、とつい言ってしまいそうになるのを寸前で堪えた。 違う。今言いたいのはそういうことじゃなくて。 「…えっと…、リリィ、正直に言ってほしい。俺のこと嫌いになったのか?」 「えっ…」 考え尽くした結果、単刀直入にそう切り出すと、リリィの表情がはっとした。 あぁ、やっぱり、俺があんなことしたのが原因か…。 シドがみるみるうちに落胆していくのを見たリリィが、慌てて首を横に振る。 「違う、違うよ?!わたし、シドくんのこと嫌いになんてなってないよ!」 「いいよ隠さなくて……、この間俺が手握るなんてことしてから、避けてるだろ。怖がらせたんだよな。そりゃ、俺みたいな目つき悪い男に触られたら誰だって嫌がる……」 「――シドくん、自分を卑下しちゃダメ!!」 リリィが急に大声でシドを叱りつけた。 思わず、きょとん、としていると、リリィは一変して泣きそうな顔になった。 「……ごめんね、シドくん…わたしが悪いの。シドくんに手を握られたあとね……わたし、すごく不思議な気持ちになったの。シドくんの手が、あんまり昔と違ってたから…びっくりして」 それはしょうがないんじゃ……とシドは思う。 子供の時から、皆を寄せ付けないこのあくどい目つきだけは変わらずに、図体だけはやたら無駄に成長したものだから。なんだか自分で自分が虚しくなってきた。 落ち込むシドの目の前で、リリィはふいに手を翳す。 「そうしたらね、握られたところがね、ずっと暖かいの」 その言葉の意味が分からず、目を瞬かせていると、リリィは愛おしげに翳された手の甲を見つめた。 「シドくんが私の手に残ってるみたいで、どきどきするの。でも、そう思ったら今度は急にシドくんを見てもどきどきするようになって…上手に話せなくなって……」 ドキン。 シドの胸が大きく高鳴り、脈打つ。体中の体温が、急激に上昇していくのが分かる。 「リリィ…それって…」 「だからシドくんは全然悪くないの!」 リリィの強い言葉に圧倒され、気づけば彼女を見つめることしか出来なくなっていた。 よく見れば、彼女の大きな瞳が潤んでいて。それでも逸らすことなく自分を見つめている。吸い込まれそうなほどの、純粋な空色の瞳。 「……ね、シドくん、もう自分を卑下しちゃ嫌だよ。シドくんは優しいから、いつも自分が悪いことにしちゃうけど……シドくんが悪者になっちゃうの、わたしは辛いよ。昔からずっとそんなシドくんを見てきたんだもん。わたし、もうシドくんにそんな思いさせたくないよ……」 「…………リリィ」 シドは涙が溢れそうになった。 昔からずっと、自分はこのガラの悪そうな見た目のせいで、周囲に誤解されまくってきた。 それを解くよりも、自分のせいだ、だからしょうがないんだと諦めた方が楽だった。無駄に抵抗してこれ以上傷つきたくなかったから。 そんな風に育ってきたから、、この学校でやっと友達と呼べる人達ができて……嬉しかった。 しかし、一方でますます臆病に拍車がかかっていった。彼らを失うのが何よりも怖くて。嫌われないようにって、ずっとビクビクしている自分。 それではいけないと、彼女が今こうして教えてくれた。子供のころからずっと、自分を理解してくれていたのだ。 「ありがとう、リリィ……」 意を決して、彼女の傍へと歩み寄る。 そして彼女の手を取ると、優しく、ぎゅっと握り締めた。 「シドくん…?」 「俺、もっと自分に自信を持つようにする。リリィに一緒にいて恥ずかしい幼馴染だって思われたくないからな」 「……うん。わたしたち、これからもずっと一緒だよ。シドくん」 俺たちは今どこにいるのだろう。 幼馴染なのかな。もう、恋なのかな。 若い俺たちには、まだ分からないけど――。せめて、まずはこの手を握り締める勇気だけでも貫けたなら…… 「………っと!!とととところでリリィ!!そろそろ凶室に戻ろうか、皆が心配してるから!!」 「っう、うん、そそそそうだね…!!」 急に恥ずかしくなった二人は、お互い顔を湯気が出るほど真っ赤に染め上げ、慌ててパッと手を離す。 ああ、やっぱり、そんなにすぐに勇気は持続できません。 (ちくしょうぉ俺のチキン野郎ぉ〜〜〜〜っ!!!) シドは頭を抱え、今すぐにでも自分をプリニー爆弾の中にでも投入してやりたい気持ちに駆られた。そんなシドの心情に気付かぬまま、リリィが恥ずかしさを誤魔化そうと話題を逸らす。 「あ、あ、あのねシドくん。最近シルフィアさんを見かけないんだけど、何か知ってる?」 「し、シルフィア?!……し、知らないな…」 にっくき恋敵の話を出され、ついつい声がひっくり返ってしまった。勿論知るわけなどない…というか知りたくもない。 「そっか…。実は最近、シルフィアさんがずっと登校してきてないの。電話してもすぐ切れちゃうし。最近わたしがクロエちゃんやアイリスちゃんとばかり仲良くしてたから、嫌われちゃったのかなぁ……」 しゅん…となってリリィは落ち込みだす。 内容が恋敵のこととはいえ、落ち込んでるリリィも可愛い。シドは不謹慎にもそう思った。 だが、すぐにはたと気づく。 (シルフィアはリリィのことが好きなんだろ?タチが悪いことに恋愛の意味で。なのにリリィと自分から疎遠になるはずがない……) 気を引くため、だとしても不登校は少々やりすぎだ。他に何か、もっと別の思惑があるのかもしれない。 そういえば、シルフィアの傍に纏わりついてる魔物たちも、最近すっかり襲撃してこない。前はことあるごとに罠を仕掛けられたり、机の中にカッチカチのパンを突っ込んできたり、厭味な悪戯をしてきていたのに。……一体何を企んでいるのだろう。 考えただけで、ぞく、と背筋に悪寒が走る。妙に嫌な予感がしてきた。 そんなシドの心情もつゆ知らず、リリィは寂しそうな顔をしてぽつりと呟く。 「シルフィアさんは、わたしの大事なお友達だから……仲直りしたいなあ」 「大丈夫だ、シルフィアはリリィのこと嫌ったりしない。」 「シドくん…。ほんとにそう思う?」 「ああ、絶対な」 別にシルフィアの肩を持つつもりではないが、やっぱりリリィには笑っていて欲しい。その一心で頷いた。 ぱあぁ、と途端にリリィが可愛らしい笑顔を見せる。 「ありがとうシドくん……元気出てきた。わたし、諦めずに、後でもう一回連絡してみる」 「ああ。俺もシルフィアのことがちょっと気になるしな……」 「ほんと? えへへ、シドくんもシルフィアさんのことが心配なんだね。もしも二人が仲良くなったら三人で一緒にいられるかなあ。楽しみ!」 「と、とんでもない……」 俺とシルフィアが仲良くなるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないと思う。 相変わらず二人の抗争に気づかぬ鈍感なリリィに苦笑しながら、二人は隣り合いながら凶室への帰路を歩いて行った。 徒桜に呼ばれ、報告のため凶室を出た二人は、人気のない屋上へと向かった。 ときたま強く風が吹き、桔梗の目の前で、徒桜の首に巻かれた衣が上下左右にたなびいた。衣の模様には桜の花弁があしらわれていて、それが揺れるたびに花吹雪のようだと錯覚させる。 「ずいぶんと皆と話していたようだな」 徒桜にこちらを振り向き、単刀直入に切り出してくる。 見とれていたことに気付かれたら。そう思うと恥ずかしくて、桔梗は慌てて顔を下に向ける。 「は…はいっ。最近はよくお昼に誘われていまして……ついお言葉に甘えさせて頂いております」 「そうか」 徒桜が表情ひとつ変えずに淡々と喋るので、喜怒哀楽が読めない。 けれど聞かれたからには、それがお怒りの種であるのか確かめなければならず。おずおずと問いかけてみる。 「い、いけなかったでしょうか…」 「そうではない」 すぐに返事が返ってきた。ホッ、と表情を緩ませる。 「クラスの者達と友好を深めたからといって、桔梗は任務に支障などきたさぬだろう?」 「は、はい、もちろんでござまする!」 「そうであれば、 徒桜がその先に言おうとした言葉を、桔梗は素早く感じ取った。 「大丈夫です、徒桜さま。我々の里のことについて。そして徒桜さまのことについて。拙者は断じて喋ったりなどしておりませぬ」 「……そうか」 その瞬間、少しだけ徒桜の無表情に安堵が浮かんだ気がした。 「疑ったりなどしてすまなかった」 「いえ、無理ありませぬ。心配なのでございましょう?」 桔梗の言葉に、徒桜は悩ましげに目を伏せる。 「うむ……普段はああして無言を貫き努めているからいいものの、もし少しでも口を開きだせばどうなることか。よもや勢い余って、其が隠密の花の里の後継ぎでありその修行もといこの学園に我が里に害なす輩がいないか調べにきたなどと知られれば、我ら花の里の意向としてはあくまでひっそりとかつ平和的に生きたいのであって飽くまでも学園にはびこりし優等生精神とあいまみえることは望まな」 「と、徒桜様!!いけませぬ、“また”喋り過ぎておりまする!!」 「はっ…!」 桔梗に注意され、徒桜は慌てて自らの口を塞ぐ。 突然の抑揚なき饒舌。間髪入れぬほどの言葉の乱舞。 今の徒桜の姿を見れば、皆が散々彼に対して抱いている『無口』というイメージは崩れ落ちるに違いない。 「す、すまぬ…桔梗。其はまたやってしまった……」 「大丈夫でございまする。今ここには我々しかおりませぬゆえ」 桔梗が悲嘆に暮れる徒桜を宥めるが、彼は悩ましげに頭を抱えたままだ。 実は、徒桜は、隠密忍者集団『花の里』の一人息子であり、その唯一の後継ぎである。 彼が魔立邪悪学園にやってきたのは、その後継ぎとしての力量を学ぶため。そして、花の里に害なす一派がいないかを探るため。 だが。更にそれらに付け加え、最も重要な目的があった。それは――― 「それにしてもだ…。拙者は由緒正しき後継ぎの任を背負った忍者だというのに。何故ここまで“秘密を守れない”のだ?!」 ………つまり徒桜は、思ったことや隠し事を黙っていられない性質なのだ。 その瞬間に思ったこと、然り。秘密の契約や約束の内容、然り。花の里の秘密、然り。 隠密に生きる忍者にあってはならないこと、それを気付かないうちにやらかしてしまうのだ。しかも、守らなければならないと思っているもの(=花の里の秘密)ほど、余計に無意識に口に出てしまう始末だからタチが悪い。 徒桜はこの悪い癖を自覚しているのだが、どうにもこうにも治る気配が見えず。 後継ぎがこんなことでは困る、と一族が考え果てた結果。この外界の者ばかりのこの学園で、秘密を守りぬく特訓をさせることとなった。 そのお目付け役として同行しているのが桔梗なわけだが……どうやらまだまだ修行の成果は上がらないようだ。 (ああ、里にどう報告すればよいのでございましょう……) すっかり落ち込んでしまい、肩を落としている徒桜の背中をさすってやりながら、桔梗は密かに思い悩む。 季節はもう初夏だ。とっくに三ヶ月が経過しているというのに、今の現状を素直に報告してよいものか。 ぐるぐると思考を巡らせていると、ふと徒桜がこちらをじーっと見つめているのに気付いた。 「徒桜様?もう大丈夫でございまするか?」 「ああ。……桔梗、いつも其はお前に世話ばかりかけてすまない」 「そのようなことはありませぬ。徒桜様のために尽力することは桔梗の喜びでございまする」 桔梗が目一杯の笑顔を見せると、徒桜はフッと微笑んで、 「桔梗……其はお前に感謝している」 とても優しい瞳で、桔梗を見つめながら、そう言った。 嘘偽りのない熱い視線を真っすぐに向けられ、たまらず桔梗の心臓は激しく高鳴る。 「も…勿体なきお言葉でございまする!!」 たちまち顔が赤くなっていくのが恥ずかしくて、ぷるぷると顔を左右に振りながら答える。するとその反応が快くなかったのか、徒桜は不満そうに眉を顰めた。 「何故そう謙遜する。其は本当にそう思っている」 「き、桔梗はまだお付きとしても忍としても未熟でございまするゆえ……」 実際、桔梗は、花の里ではかなり位の低い忍者だった。 隠密の忍としての才能が著しいとか、武具や忍術に長けているとかでもなく。取り柄と言えば、愚直なほど真面目というくらいだ。 こうして徒桜のお付きになれたことは、奇跡がとしか思いようがない。自分はきちんと任務を果たせているのだろうか。もっと徒桜のお付きに相応しい人がいたのではないか。桔梗はいつも、そんな疑問や不安に悩まされていた。 「……桔梗。まだ己に自信が持てないのか」 「そ、それは…」 ピンポイントでツッコまれ、桔梗は少しひるむ。 「言わずとも顔に書いてある。無用な心配をするな、桔梗。其は桔梗がお付きで本当に良かったと思っている」 「徒桜様…」 「其のお付きが務まるのはお前だけだ。ずっと傍を離れるな」 それが任務のためであると分かりながらも、鼓動の早鐘が止められない。 徒桜は、思ったことをすぐに言ってしまう性質ゆえ、こういう感謝の表現もストレートだ。そして彼の言葉には嘘がない。 本当に自分を慕ってくれている……。そう思うだけで涙が出そうだった。 厳しい里で育ってきた落ちこぼれの桔梗……。そんな自分を、いつも彼は、彼だけはこうして元気付けてくれる……。 桔梗が、そんな彼に惹かれないはずがなかった。徒桜に対する自分の気持ちは、すでに忠誠心だけでは済ませられない。 「桔梗。返事は」 「……御意。この桔梗、ずっと徒桜様のお傍にお仕え致しまする」 彼のくれた暖かい言葉に応えるように、桔梗もまた、嘘のない言葉で言った。 徒桜は満足そうに頷くと、また前の方を向き、まだ止む気配のない風が凪いでゆくのに身を任せた。 「……そう言えばまだ報告を聞いていなかった。其のことは周囲に感づかれていないか?」 「大丈夫でございまする。皆はいつも口々に、徒桜様のことを、くーる、みすてりあす、などと言っておりまする」 「……? クールは魔法名だが…みすてりあすというのは何だ?」 「どちらとも冷静で格好良い、という意味で使われまする、徒桜様」 「……なるほど、それは…ずいぶんと恥ずかしい言葉だな」 素で口籠る徒桜に、くすくす、と思わず笑みが零れる。 「徒桜様、照れておられるのですか?」 「……そんな風に思われていると知ってしまったら当然だろう。ますます、普段は必死に沈黙している事実を知られるわけにはいかなくなった……」 「頑張って下さいませ」 不謹慎かもしれないが、徒桜のこんな一面を知っているのが自分だけだということに、桔梗はとても優越感を感じている。 これは、皆にも、徒桜にも言えない、桔梗だけの秘密。 「…何をにやついているんだ?桔梗、その顔、気持ち悪いぞ?」 「………また喋り過ぎておりまする、徒桜様…」 あなたが望むなら、どこまでも。 私は、あなただけの忍になりましょう。 この、固き忠誠心と恋心を胸に。 あとがき。 忍者♂×忍者♀小説でした。といいつつ今回もアチャ♂♀と侍×盗賊が出張ってます。 ようやく出てきました徒桜と桔梗ちゃん。本当はBATLE:3を書く予定でしたが、話の流れ的にここで登場です。無口と見せかけて真正直な主人と、生真面目で恋愛不器用なお付きの子。主従関係って萌えますよね〜。 2で大人気だった忍者♂×忍者♀、ぜひとも3のこの二人も皆さまに好きになって頂けますよう尽力致します。 それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。次回作にてお会い致しましょう。 ブラウザバックでお戻り下さい。 |