その日、シドはすこぶる機嫌が良かった。 何故かというと、昨日、片思いしている幼馴染の少女・リリィとようやく仲直りできたからである。 今朝見た魔界TVでは『いて座のあなたは12位!今日の運勢は最悪です!!』などと言っていたが、そんなことは『占いは良いことしか信じな〜い』なんて言う人さながらに気にならないくらい、とにかくシドは上機嫌だった。 (俺、リリィと二回も手繋いじゃったよ……。あぁやばい顔がにやける!) 思い出すだけで顔の筋肉が緩みそうになるのを必死で堪え、周囲に変人だと見られないよう気をつけながら、シドは宿舎を出て、魔立邪悪学園へと登校していった。 やがて学校の校門にさしかかったところで、突然、目の前に小さな影が乱入してきた。 「おい、ちょっと待ちな」 「うわあ?!」 シドは吃驚して後ずさった。この無駄にニヒルな声には聞き覚えがある。 その声の主は、予想通り、ネコサーベルのジジであった。 ジジは普段は『ニャ〜☆』と可愛らしい声で鳴き、女の子たちに愛想を振りまいてモテモテなのだが、どうやら今日は本性丸出しのようだ。そりゃー俺相手にかわいこぶる必要ないですもんね、と思いながらもなんだか複雑だ。なにせ猫かぶりのギャップがありすぎる、猫だけに。 「ちょいとツラ貸せ」 「な、なんだよ、俺に何の用だ!カツアゲならお断りだぞ!」 シドはジジのことを、リリィを奪い合うライバル、にっくきマーシェルの手先の魔物と解釈している。実際、轢かれたり刺突されたりと何度も痛い目に遭わされているものだから入念に警戒するのは当然だ。 「落ち着けよ。今日は姉御の命令で来たんじゃねえ」 「え?」 確かにジジの言うとおり、殺気が全く感じられなかったため、シドはまだ半分疑いながらもひとまず構えを解く。 「じゃあなんで俺のところに?それにしたって俺はお前の敵なわけだろ?」 「それなんだけどな」 そこまで言いかけて、ジジはしゅたしゅたっと立ち回り、校門の上に乗ってシドと視線を並べた。 「別に、俺は姉御の命令さえなければ、お前さんのことを敵とは思っちゃいねえ。俺は姉御のためならなんでもやるが、基本的には平和主義なんでな」 「悪魔の台詞と思えないな……」 「お前さんと大して変わらないだろ。で、本題だ。これは姉御の意思とは一切関わっちゃいない。俺の単独行動と捉えて聞いてくれよ」 「あ、ああ」 いやに徹底したジジの言葉に、体が無意識に緊張する。 「お前さんに折り入って頼みがあるんだ」 「俺に?」 「時間がないから急いで話すぞ。実はな………」 話を聞き終えると、シドは途端に顔色を変えて、凶室へと走り出した。 彼女―――シルフィアを、止めなければ。 BATTLE:3 終戦サジタリウス 前編 「なんだ、これ……!!」 全速力で凶室にやってきたシドは、目の前の惨状に愕然とした。 その場所は確かに自分たちの“凶室だった”。だが今は、床に幾つもの2〜3メートルほどの大きな穴が空き、地の底にまで広がっている。マグマが其処彼処から溢れ、火柱が立ち登り、そこらじゅう一帯の空気が猛烈に暑い。 その場に踏み込むのはとても勇気がいったが、シドはいかねばならないと肝を据える。凶室のなれの果てであるこのダンジョンの先に招かれているのは、他でもない自分なのだから。 「っひ…、危な…っ」 ガララ、と足元が脆く崩れていく。欠けた破片は奈落へと落ち、ぐらぐら煮えたきるマグマの中でジュウゥッと蒸発して消えた。 細心の注意を払って行かなければ、自分もあれと同じ運命を辿ることになる。急に恐怖が襲ってきて押しつぶされそうになったが、シドは必死にジジの頼みを思い出して冷静を取り戻し、歩を進めていく。 「おい、シド!そんなところで何してるんだ?!」 「そこは危ない、こっちへ!」 不意に、はるか上の廊下の方から、レヴィンと白銀が声をかけてきた。そこはなんとか崩落の危険から免れているのか、他にも何人かの生屠たちが集まっていて、訳も分からず待機を余議なくされている。 普通に考えれば、この空間へ入るのはとんだ命知らずも同然だ。だからこそ二人は自分を心配してくれている。その呼びかけがとても有難かったが、シドは首を横に振った。 「すまん。凶室がこうなったのは俺のせいなんだ。だから俺がカタをつけに行かなきゃいけない」 「何言ってるんだかわっかんねェよ。なんでこれがお前のせいだよ?」 「詳しくは、ちょっと……」 火炎が舞う危険な空間で、申し訳なさそうに微笑むシドを見て、レヴィンはイラッとした。 それから何をするかと思えば、なんとレヴィンはその場からジャンプし、シドのところまで一気に飛び込んできた。 「れ、レヴィン?!何やってんだ?!」 「それはこっちのセリフだっつーの!お前がこんな危ねェ所にいんのに、黙って見てるわけにいかねーだろーが!!」 「す、すまん…」 付き合わせてしまったことに、シドがつい悪い癖で謝ってしまう。 すると、レヴィンはビシィッと勢いよくシドの顔前を指さした。 「だから!謝ってんじゃねェ!!なんか事情があるなら話さなくたって構わねェ、俺はお前が心配だから、黙ってついていくだけだ!!それがダチってもんだろ?!」 「れ、レヴィン……!」 じわ、と思わず涙が浮かんでくる。けれど泣くことなんかレヴィンは嫌いだから、と思って必至で堪える。 そしてシドは、スッとレヴィンの前に手を差し出した。 自分はもう、友達がいない奴じゃない。こういう時に言う言葉は、もう教えてもらっている。 「ありがとう、レヴィン。俺と一緒に来てくれるか?」 「あったり前だぜ!!」 ガッ、と二人は固く握手を交わす。 そこへ遅れて白銀がやってきた。不安定な障害物だらけの空間を物ともせず、無駄のない動きで的確に足場を拓き、すぐに傍へと辿り着く。 「ひゅー、流石白銀だぜ。華麗な立ち回りお見事!って感じか?」 「俺はお前のように、その場から飛び降りるなどという度胸のいることは出来ん」 「白銀まで来てくれたのか…?」 いつもと何ら変わりない様子でレヴィンと話している白銀に、シドが恐る恐る聞くと、 「レヴィンと同じことを言わせるのか?俺達は友達だからな。それだけだ」 白銀はそう言って、柔らかく微笑んだ。 「シドくーん!私たちも見守ってるわー!!」 上の廊下の方からも声が聞こえてきた。刀祢である。 「まだこの廊下は続いているのー!私たちも沿って着いていくから、あなたたちも頑張るのよー!」 「白銀クン、クロエを残して落ちたりなんかしないでよねー!」 「白銀さまが傷ついたら僕の責任ですううう!!」 「おいおい…落ち着け、六合。俺は大丈夫だ。」 相変わらずアイリスは手厳しく、六合は姉弟のこととなると必死だ。白銀は苦笑する。 「白銀、待ってるからねー!レヴィンにシドくんもー!頑張ってねーっ!」 「無事に戻って来れたら、ご褒美にわたくしの手料理を振舞って差し上げますわー!」 「お、お嬢様、それだけは止めてくれええ!!!」 クロエ、フローレンス、ユーリ、サラにイセラに、クラスのみんな。みんながシドたちを応援してくれている。 シドは、彼らに出会えて、この学園に来て本当に良かったと思った。シドは今までの人生の中で今が一番幸せだと思う。たとえ、この先に命を賭けた試練が待ち構えているとしても。 シドたちが凶室の最深部にまで辿り着くと、そこには一人の女性が待ち構えていた。 「……シルフィア!」 「ヨウ。ここまでよく来タナ、シド。アタイがオマエのために用意してやった舞台は楽しカッタカ?」 シルフィアは、シドの苦戦が愉快だと言わんばかりにくつくつと笑う。 ここに来るまでに苛立ちMAXになっていたレヴィンは、勇んでシルフィアに剣を向ける。 「ふざけんじゃねーぞ!みんな大迷惑だっつーの!!」 「ン?邪魔な子蝿もついてきたミタイダナ。アタイは一騎打ちを望むところナンダガ。……リリィを賭ケテ、ナ」 ハッ、とのその言葉でシドたちは気付く。シルフィアの少し後ろで、プリニーのベリト、死神のヴォーレスに抱えられて捕らわれているのは、紛れもなくリリィだった。 「リリィ!!」 シドは思わず叫ぶが、返事が返ってくることはない。 そういえば、昨日リリィは『もう一度シルフィアさんに連絡してみる』と言っていた。それがどうなったのか気になり、昨夜シドはリリィに電話をかけた。だがリリィが出ることはなく、以後音信不通であった。 恐らく、リリィはシルフィアに連絡したあと、すぐに捕らわれたのだろう……。彼女の厚意を逆手に取るだなんて。シドは拳を握り締める。 焦燥を隠せずにいると、白銀が「大丈夫、気を失っているだけだ」と言って落ち着かせようとしてくれた。 「アタイとシド、勝った方がリリィに選バレル。負ければこの溶岩に落ちて死ヌ。さぁ来イヨ、決闘しようぜシドォォォォオオオオ?!!!」 シルフィアの高笑いが響く。耳を裂くような金切り声。ビリビリと周囲の瓦礫が震えている。 「シルフィア……お前がそこまでする奴だとは思わなかった」 白銀の視線に、激しい非難がこもる。それにもシルフィアは動じることはない。この凶室を破壊して、シドを陥れる地獄へと変貌させるなんて大それた事をやらかすくらいだ。入念に計画を経てていたはず。彼女はずっと前から既に正気など失っていたのだ。 「……シルフィアは俺がなんとかする」 怒りに燃える白銀とレヴィンを押さえ、シドが一人、前に出る。 「おい、待てよシド!俺たちも戦うぜ!」 「……ありがとう。でもダメだ。これは俺とシルフィアの一対一の決闘だから」 でもよ、と呟きながらも、レヴィンはそれ以上は何も言えなくなった。 幾ら心配でも、戦士たる者、決闘という言葉の意味がどんなに重いかを知っていたから。 「シド。シルフィアはお前を本気で殺す気だ……容赦など一切しないだろう。それでも、行くのか?」 白銀は、シドの決意を試すかのように聞く。 それは暗に、死ぬつもりか、と聞いているようで。 でも、その現実を突きつけてくる白銀の眼は、よく見るととても哀しげで。白銀もレヴィンと同じように心配してくれているんだと気付く。厳しくも優しい友人に、苦しげに微笑んだ。 「ああ、行くよ。大丈夫だ」 かぶりを振って、シドはシルフィアの方へ歩き出した。 一歩、一歩、突き進むたびに、体中にじんわりと脂汗をかく。ぎゅうう、と弓を持つ手に力が籠り、震えていく。本当は怖い。死にたくなどない。 それでも、シドは行くと決めた。俺が、リリィを助けるんだ。 シドはシルフィアの立つ境界に足を踏み入れると、その激しい空気の振動に体が震えた。まごうことなき殺意。一瞬でも気を緩めれば心が折れそうなほどの。 入念に作り上げたのだろう、周囲の障害物だらけの火炎地帯とは切り離された、だだっ広い戦場ステージ。二人の最終決戦にはこういうのが相応しいというわけだ。 「……来たぞ。シルフィア」 「よく逃げなカッタナ。褒めてヤル」 「俺がお前を止める。お前のこの悪趣味なダンジョンのせいで、魔界温暖化が進んで困りものだ」 「言うようになったじゃナイカ。でも足がガックガク震えてるゼェ?素直に言えよ本当は怖いんダロ?ヒャッハハハハ!!!」 「う、うるさい!いいから早く始めるぞっ!!」 図星を指されたシドは、顔を真っ赤にしてステージに上がりこんだ。シルフィアはそのさまをクックッと愉快そうに眺めている。 ふたりが10〜20メートルほど離れた位置から相対するかたちになると、お互いどちらともなく武器を構え、無言になる。 シルフィアの殺気を感じて、髪が静電気を受けたように逆立つ。緊張が走る体からじんわりと出てくるのは冷や汗ばかりで、さっきまで感じていたマグマや火炎の熱さなど忘れてしまったようだ。 「心残りはないカァ、シドォ?もうリリィの可愛い顔見れなくなるんだゼェ?」 「余計な心配だな。俺だって負けるつもりはない」 「……行くゼ?」 「……ああ」 ヂャキ、と二人の槍と弓が金属音を立てた。 「ヒャッホォォォォォ――――ッッッッ!!!!!」 「はあぁぁぁぁああああっっ!!!!!」 シルフィアが槍を構えて走り出し、シドが思いっきり弓を引く。 武器は違えど二人の気持ちは一つだった。リリィのためのこの戦い。命を落とすのは、どちらか一方。 「……、うぅーん…」 リリィがふと意識を取り戻すと、そこは見覚えのない場所だった。いやに蒸し暑く、体がふんわりと浮いていてとても落ち着かない感覚。 きょろ、とまだ半開きの目で周囲を見渡してみると、こちらを覗きこんでくるプリニーのベリトと、自分を抱きかかえているらしい死神のヴォーレスと目が合った。 「あ!リリィさんが目覚めちゃったッスー!!」 「慌てるなベリト。こんなこともあろうかと手足を麻痺させておいた。大した抵抗はできぬだろう」 「それなら良かったッス。シルフィアさんの計画に支障はないってことッスね」 二人の会話から、自分は捕らわれているのだということが分かった。 そして確かに四肢がうまく動かせない。抵抗できないわけではないが、自分の何倍をもあるヴォーレスの手を振り払うのは困難だろう。 「ここはどこ? ……そうだ、わたし、昨日シルフィアさんに電話したあと……」 順々に記憶が蘇ってきたリリィは、愕然とした。 昨晩、シルフィアに電話をした時。ずっと留守電だったからと諦め半分だったが、ついに繋がり、変わりないシルフィアの声がして大喜びした。嬉しくて夢中で気付かなかった。背後にこのふたりが忍び込んでいたことに――― 「そしてわたしは…薬を嗅がされて……」 でも、なぜベリトとヴォーレスは自分にこんなことをしたのだろう。 ベリトはシルフィアさんの計画、と言っていた。全て彼女が仕組んだことということ?友達だと思っていたのに、なぜ? 不意に聞こえた金属音に、ふっと顔を上げる。その先の光景が、リリィの疑問を全て教えてくれた。 「し…シドくん?!シルフィアさん?!」 目の前で、シドとシルフィアが戦っている。 手合いなどではない。真剣勝負だ。 その更に奥にはレヴィンと白銀がいて、二人の戦いを息をのむようにして見守っている。 どうして、こんなことになっているか。リリィは驚きのあまり身を乗り出してしまい、バランスを崩して落ちかける。それを「おっと」とヴォーレスが慌てて受け止めた。 「リリィどの、麻痺しておるのだから無闇に動くのは…」 「教えて!なんでふたりが戦ってるの?!」 「ぐえッス!」 ヴォーレスの忠告など耳に届かず、リリィはベリトの首根っこを捕まえ、ガックガクと上下に振り回して問いただす。そのさまを見てヴォーレスはきょとんとする。 「あれ。根性で麻痺を解いたか?」 「ヴォーレスの嘘吐きーッス〜〜!!」 リリィは、この二人に幾ら聞いても埒が明かないと判断すると、するっとヴォーレスの手から滑り降り、シドとシルフィアのもとへ走りだした。 まだ少し麻痺が聞いているのか、手足が重くて速く走れない。一刻も早く二人のところに行きたいのに。 堪らず、リリィは大きく息を吸い込み、声を張り上げた。 「ふたりとも、もう止めて―――っ!!」 その声に気づき、シドとシルフィアがこちらを向く。 シドは、リリィが無事だということにホッと顔を緩ませた。 「リリィ、目が覚めたのか!良かった…!」 「余所見するな…ヨオォッ!!」 その隙を逃すことなく、シルフィアが襲いかかってきた。 シドはハッと気づいてかわすものの、避け切れずに咄嗟に右腕で庇う。すると、右腕に一閃、一文字型にぱっくりと肉が割れ、血が花火のように飛び散った。 「うわあっ!」 「きゃああああっ!!シドくんっっ!!止めて、シルフィアさん止めてぇぇ!!」 リリィは急激に青ざめながら、必死で叫ぶ。しかし、無情にもシルフィアは、愛するリリィの声にも応じようとせず、更にシドに追い打ちと言わんばかりに槍を揮い続けている。 「シルフィアさん、どうして……?」 「リリィ、無事か?!」 茫然とし、その場にへたりと座り込んでしまったリリィのもとへ、レヴィンと白銀が近づいて保護してやる。 リリィは二人の胸を縋りつくように掴むと、弱弱しく首を横に振りながら、震える声で聞いた。 「ねぇ、どうして…?どうしてわたしの大好きなシドくんとシルフィアさんが戦ってるの…?なんで二人とも、止めてくれないの…?」 「リリィ…それは…」 「これは決闘なんだ。二人はお前を賭けて真剣に死合いをしている。どちらかがお前を手に入れると言ってな」 言いにくそうなレヴィンを制し、白銀が代わりに全てを教えてやる。 するとリリィは、絶望したように目を大きく見開き、かたかたと体を震わせた。 「そんな、そんなのって…。ダメだよ、わたしはそんなこと望んでないよ…? ただわたしは、シドくんとシルフィアさんと三人で一緒に……仲良く、したかった、だけなのにっ…!!」 言葉を発するうち、段々と嗚咽が混じってきて。ついにリリィは、わっ、とせきを切ったように泣き出した。 「無駄だ……リリィ。シドを殺すこと。それしかもう、シルフィアの脳内には存在しない……」 悲しすぎる現実を伝えつつも、白銀はリリィの背中にそっと手を添えてやった。 不意に、そこへゼイゼイと息を切らしながら、ベリトとヴォーレスがやってきた。リリィを追ってきたのだろう。 「リリィさんは返してもらうッス!もし取り逃がしたらシルフィアさんの計画が台無しッスー!」 「うむ。素直に従ってくれれば手荒な真似はせぬよ」 じりじりと此方へ迫ってくる二人に、レヴィンは、ニヤァ、とおもむろにほくそ笑んだ。 「手荒な真似ェ?悪ィけど、俺、そういうの大好物なんだよなァ?」 「……俺はそうでもないが。しかし、ただ決闘を見守るしか出来ず、歯痒く感じていたところだ…。こういう形で少しでもシドを援護するのも悪くない」 言うなり、レヴィンと白銀は武器を引き抜き、リリィを背後に隠すかたちで並び立ち、対峙する。 「レヴィン。シドの戦いを見なくていいのか?」 「問題ねェよ。1分ありゃ終わるだろ」 「……いや」 先手必勝ッス!とベリトが叫びながら、問答無用で二人に襲いかかってくる。 白銀は、それにも動じることなく目を伏せると、 「1秒だ」 空を切り裂いた刀身が、眼前の獲物を容赦なく抉り倒した。 「ぐっ…、くぅっ…!」 右腕を押さえながら、シドはついにその場にうずくまり、苦悶の表情を浮かべる。 問答無用で追い打ちをかけてくるシルフィアの槍を必死で避け続けたが、右腕の痛みは限界だった。赤い上着を、もっとどす黒い赤色の血が染め上げて、ぽたぽたと次々に滴り落ちる。既に痛み以外の感覚はなく、矢尻を掴む指先がガクガクと震えている。 シルフィアはそんなシドを見下ろしながら、余裕たっぷりの顔で嘲笑った。 「ケッケッケ。よく耐えたもんだナァ。でもその腕じゃあもう弓は射れないナァ?」 「……ッ」 「勝負ありダ」 情け容赦なく、シルフィアは槍を構えると、勢いよく地を蹴って虚空に舞い上がった。 「止めろ、シルフィア!!もう決着はついたじゃねーか!!」 「シド……ッ!」 レヴィンと白銀が、必死に自分を呼んでくれるのが聞こえる。その足元にはノックアウトされたベリトとヴォーレスが気絶して倒れていた。恐らく二人がリリィを助けてくれたのだ。 二人のおかげでリリィはもう安心だな……と心から感謝したい気持ちと、申し訳ないなという気持ちが混じり合う。 大丈夫だ、って言ったのにな、俺。嘘ついちまった。 レヴィンと白銀だけじゃなく、みんなにもたくさん応援して貰ったのに。刀祢さん、六合、クロエ、アイリス、フローレンス、ユーリ、サラ、イセラ、他にもたくさんのクラスのみんな。こんなに仲間が出来たのは初めてだった。みんなみんな優しくて、有難うしか言葉が思いつかない。 仲良く体操着に着替えてグラウンドに急いだり、お昼ご飯をみんなで机くっつけあって食べたり。勉強の教えあいっことか。どれも楽しくて嬉しくてしょうがなかったのを覚えている。 ああ……もっと一緒に、いたかったな…… 友達ができたら、やりたいことが、まだまだいっぱいあったんだ…… 「だめぇっ!!死んじゃいやあぁっっ!!シドく――――んっっっ!!!」 リリィの声が聞こえてきた。シドは愛しさで胸がいっぱいになる。 俺は、昔からずっと、リリィだけを見て来たよ。 君だけが俺のことを怖くないって言ってくれた。普通に接してくれた。そんな優しい幼馴染の君が、大好きだった…… 勝負には負けたけど、この気持ちだけは、絶対にシルフィアにも負けないって思ってるんだ…… 「死ねぇッッッ!!!魔砲轟星墜!!!!」 ―――でも、俺は、悪いけどまだ死ねないんだ。 なんとしてでも、こいつを止めなきゃ、ならないから―――! 「シルフィアぁぁぁああぁッッッッ!!!!!!」 迫りくる炎の隕石に向かって、シドは弓をふりかぶる。 矢を引くと、右腕に激しい痛みが襲いかかり、眉を顰める。肩にとめどなく血が滴ってくる。それでも迷っている暇など、ない。 「幻影弓無限操作っっ!!!!」 体中の力を振り絞り、無数の幻影をつくり出し、一瞬で無数の弓を発射する。 それらが落ちてくる魔砲轟星墜の隕石と双壁に力を押し合い、激しく争い合う。 矢が落ちるたびに、シドは幾らでも幻影を生んで矢を増やした。ひとつひとつは微弱でも手数では負けない。必ずこの火炎を貫いてやる、と歯を食いしばって射続ける。 次の瞬間、ドガァァァン!!とけたたましい爆発音が鳴り響き、周囲が煙に包まれる。 「くそ、二人が見えねぇ!」 「任せろ」 チャキ、と白銀が刀を抜く。 「月光一閃斬!!」 ズパァッ!と煙が上下に一刀両断され、あっという間に視界が晴れていく。 すると、火炎弾の残り火と、無数の矢の残骸に囲まれながら、尚も向かい合ったままのシドとシルフィアの姿が見えてきた。 「……やるじゃないカ。アタイの全力の魔砲轟星墜をくい止めるとはナ…」 「弓が槍に勝てないと思ってたら、大間違いだぞ……」 お互い、大きな口をききつつも、正直なところ限界であった。 ただでさえ周囲の環境が悪すぎる中で全力を出し合ったのだ。息が切れ、武器を持つ手にももう力がこもらない。 「はぁっ…、はぁっ…」 次の瞬間、シドはその場にどっかりと座り込んだ。 「オイ、何を休んでるんダ。まだ死合は続いてるんダゼ?」 「もう止めよう。シルフィア」 「……ハァ?!」 交戦中の相手から出たとは思えないシドの台詞に、シルフィアはぎょっとした。 「ふざけるナ!!まだ勝負がついてな―――」 「いいよお前の勝ちで。俺はもともと殺し合いのために来たんじゃない。ここにはお前を止めに来たんだ」 「ん、ナッ…?!」 言葉を失ったシルフィアを、シドは真剣な目でじっと見据えた。 「俺をめいっぱい痛めつけて気は済んだだろ。身を呈して付き合ってやったんだから感謝しろよな。……さぁ、さっさと凶室を元に戻して帰ろう。今ならまだ、リリィを傷つけたことも謝れるぞ」 「……なっ、にっ、を、知ったようなクチをきいてヤガルッ……!!」 「シルフィア――、俺はお前を助けたいんだ」 「ふっ、ざっ、けっ、るっ、ナァァァァァ―――――ッッッ!!!!」 シルフィアは激昂し、槍を構え、シドに向かって走り出す。 シドは今度は弓を構えようともせず、無抵抗だった。 「シルフィア………」 「お前は殺スッ!!アタイはお前を絶対に殺してやるんダァァッッ!!―――――って……エ?」 不意に、がくん、とシルフィアの体が大きく傾く。 足元を見てみると、そこには大きな亀裂が入っていて。 シルフィアの魔砲轟星墜と、シドの幻影弓無限操作の争いで疲弊したこのステージが、気付かぬうちに脆くなっていたのだ。次の瞬間、ばっくりと真っ二つに割れ、シルフィアの立っている所が丸ごとマグマの海へと落下していく。 「しまっタ………、リリィ…、アタイ、は…ッ」 「シルフィアぁぁぁぁぁ!!!!!」 咄嗟に、シドはシルフィアのもとへ走り出した。 「シド―――っっっ!!!!」 「シドくんっっ!!!シルフィアさぁ―――んっっ!!!」 ゴォォ、と火柱が立つ音が響き、その中にレヴィンとリリィの二人を呼ぶ声が木霊する。 崩れ落ちた終戦のステージが、マグマの中へ、呆気なく塵と化して消えていった。 >>後編に続く ブラウザバックでお戻り下さい。 |