「しまっタ………、リリィ…、アタイ、は…ッ」 「シルフィアぁぁぁぁぁ!!!!!」 「シド―――っっっ!!!!」 「シドくんっっ!!!シルフィアさぁ―――んっっ!!!」 崩落する決戦場。消える二人の影。 残されし者達はなすすべもなく、その絶望的な光景を前に立ち尽くした。 BATTLE:3 終戦サジタリウス 後編 舞台の半分ほどがマグマに飲み込まれて、ようやく周囲は静けさを取り戻し始めた。 まだ粉塵が舞って視界の利かぬ戦場で、不意に、真っ赤な鮮血が滴り落ちる。 「……シルフィ、ア…」 息も絶え絶えに、シドは低く呻いた。負傷した右腕で、必死に崖際のシルフィアを引っ張り続けながら。 あの絶体絶命の惨状の中でも、二人はなんとか生きていたのだ。 「シルフィア、大丈夫、か……」 「何…、してるんダ、オマエ……!」 シドが声をかけると、シルフィアが驚きを隠せない表情をして、喉から絞り出すような声で言う。 「さっさとその手を放セ!アタイが死ねばリリィはお前のモノになるんダゾ、分かってるのカ?!」 シルフィアは、自分の身体が奈落に落ちていった瞬間に死を覚悟していた――或いは決闘を思い立った瞬間からかもしれない――から、ただでさえ憎い恋敵であるシドに救われるのは心外に他ならなかった。決戦の最期というのは潔く散るのが相場というもの。 その気持ちをシドは少なからず感じ取っていたが、尚も手を放す気にはならなかった。その間にも、シドの右腕からしとどに血が流れ落ちる。 「ぐだぐだ言うなよ……。いいから早く上がってこい。俺はもう限界だ」 「なんでそこまでアタイを助けようとスル?!リリィの友達だからとか言うつもりカ?!ふざけるナッ!!」 叫びながらも、シルフィアの眼にはうっすら涙がたまり、掴んでいる腕が小刻みに震えていて。 やっぱり、ジジの言ったことは本当だったな………とシドは思った。 「……男に触られるのは、嫌か」 「ッ!!」 シルフィアは大きく目を見開き、なんでそれを、と言わんばかりにシドを見つめる。 「ジジが教えてくれたんだ。お前の過去のこと」 「なん、ダッテ…?!ジジが、アタイを裏切ったのカ……?!」 「違うんだ。聞いてくれ。ジジは今朝、俺の所に一人でこっそりやってきて…―――」 回想――― 「姉御はな……男が嫌いなんだよ」 唐突なジジの言葉に、シドはきょとん、となる。散々前フリをされたからどんなことかと思えば、シルフィア本人から『女の子好き』を告白されている身としてはなんら不思議はない。 そんなシドの心情を察したのか、ジジはひげを指でくるくる回しながら言い加える。 「お前さんがムカつくから殺るってだけじゃねーんだよ。本当に精神的に男ってモンが受け付けねぇんだ。姉御はあれでもいっぱい辛ぇ過去を抱えてる」 「いまいち信じられないんだが…」 俺はその被害に遭いすぎだし。そう呟くシドに、ジジは急に神妙な面持ちになる。 「……姉御、数年前は普通に男と付き合ってたんだよ」 「はあぁっ?!」 なんという新事実。思わず顎が外れそうになった。 「その男ってのがすんげー最悪な奴だった。当時の姉御はまだピュアな可愛い乙女でな、何も気付かずに男の企みに嵌められて……」 「……嵌められて?」 「ま、早い話、金で売られてマワされたってことだ」 「ッッ!!!」 ジジのあまりにストレートな表現に、シドは校門の石造りの塀に頭をぶつけそうになった。 「そのトラウマのせいで、姉御はオレたち魔物とばかり群れるようになった。恋愛もからっきし出来なくなっちまってた、そんな時にリリィと出会ったんだ……。傷心のときにあんな純粋な子に優しくされたらさ、そりゃー女に走っちまうのも無理ねぇだろ?」 シルフィアの抱える深い事情を聞かされ、シドはなんとも複雑な気分になった。 (俺に散々嫌がらせしてきたアイツが、実は男に嬲られた経験がある……?) ジジの説明にしてみれば簡単だが、実際に、シルフィアどれほど辛辣な扱いをされたのかシドには想像ができない。恋愛が怖くなり、女性しか愛せなくなるほどの仕打ちとはどんなものなのか。 シルフィアにとって、リリィは地獄の底に舞い降りた天使みたいな存在だったはずだ。ようやく新しい恋を出会えたと思った時、そこへ幼馴染の、しかも大嫌いな男が突然現われて、愛しい天使を取られそうになったら? シルフィアも自分と同じように、横槍を入れられて、とてつもなく腹立たしかったに違いない。 だからといって、揮われた仕打ちを許せるわけではないが、シドは初めてシルフィアを少し理解できた気がした。 「……で、お前はそれを俺に話して、どうしたいんだ?」 「姉御を止めてやってくれないか。姉御は今、リリィを攫って凶室に立てこもってる」 「なんだって?!」 「お前が予想以上に抵抗するもんだから、姉御は強行手段に出たんだ。ベリトとヴォーレスも絡んでやがる。早く止めねえとマジでやべえ」 シルフィアはそこまでココロを追いつめられてしまったのか……。シドは慌てて凶室に走り出すが、一瞬、思い出したように振り返る。 「お前も来ないのか?」 「オレはダメだ。オレが行っても姉御を止められねえ」 「なんでだよ。お前はシルフィアの側近の魔物だろ?」 「……オレは所詮は魔物だからな。幾ら心許されようが、オレじゃ姉御の痛みを全て取り去ってやれねえのさ。昔の傷を引き摺って、誰かを傷つけ続ける姉御の姿はもう見たくねえ。そのためには……シド、お前がやらなきゃならねえんだ」 そう言ったジジの目は、とても遠いところを見つめていた。 それは何かを思い耽るようであり、同時に、ジジ自身の拭いきれない葛藤のように感じられた。 「ジジ…、お前…シルフィアのこと、真剣に…?」 「頼む。姉御を、昔の姉御に戻してやってくれ………」 「ジジが……そんなコト言ったのカ」 シドは頷く。 「あいつは本当にお前のことを想ってるよ」 「………っ」 シルフィアはふいと俯く。泣いているのだろうか。 「上がって来いよ、シルフィア」 「……ダメダ…、アタイはもうリリィに顔向けできナイ…」 「リリィなら許してくれる。今でもお前を友達だって信じてるから」 「リリィだけじゃナイ!ジジも、皆も、アタイのワガママで振り回してシマッタ…!自分の中の怒りが抑えられなかったンダ!それに気付いたってモウ、全て壊してしまった後じゃ遅すぎるンダッ!!」 ぽたぽたと、シルフィアの目から涙が零れ落ちる。きらきら、光りながら、奈落へ落ちて消えていく。 シドは、今のシルフィアが、昔の自分と同じだと思った。 眼鏡が取れると我を見失い、弓を射まくってしまう自分の悪い癖。 それが恐怖なのか怒りなのか。形は違えど、シルフィアもきっとそうなのだ。他の感情に支配された瞬間、我を見失って自己防衛に走る。そのためになら周囲に何をするか分からない。 でも、自分がそうなった時、リリィが身を呈して止めてくれた。 誠心誠意を込めて皆に謝罪をしたら、皆は自分を受け入れてくれた。そして今の自分がいる。 「シルフィア。俺が、お前を助けるから」 「嫌ダ、オマエに助けられたくなんかナイ、男なんか皆大っ嫌いダ…!」 「俺のことは嫌いでもいいから。でも頼む、リリィに謝ってくれ。ジジにもみんなにも謝ってくれ。お前が反省してることを理解してくれるまで」 「エ……?」 「なぁ、シルフィア。どんなに大間違いしたって取り戻せないはずないんだよ。大切なのは自分の気持ちを相手にどう理解して貰うか。そのために俺達がどうすればいいかなんだ」 泣き腫らした顔で、シルフィアがこちらを見上げてくる。優しく、にっこりと微笑んでやる。 「シルフィア―――、仲直りしに行こう。俺も一緒に行ってやるから。みんなお前を蔑んだりしない。だってそれが『友達』ってもんだろう…?」 どきん、とシルフィアの胸が高鳴る。 (コイツ、こんなに、優しい顔してたッケ……?) 初めてシドをまともに見つめたシルフィアは、その真意を確かめたくて手を握り返す。シドはそれを見逃さず、全身の力を振り絞って一気に引っ張り上げる。 「うっおおおおっ!!……はあぁっ!!」 無事に二人まとめて生還できた瞬間、緊張の糸がぷっつり切れたのか、その場に大の字になって寝転んだ。 シルフィアはシドの上に乗っかりながら、おずおずと問いかける。 「ナァ……、オマエ、本当にバカだヨナ。アタイが憎くないのカ?」 「はぁ、はぁ…、まぁ、憎くないって言ったら嘘になるけど…、それよりお前を助けたいって気持ちが本当に大きかったから」 「アタイの過去を聞いたカラ、カ……?」 「……まぁ、それも要因かな」 「やっぱり同情だったんじゃナイカ…お節介なヤツ。嬉しくないゾ」 頬を膨らませて、拗ねた子供のような仕草をするシルフィアに、ふっと笑みが零れる。 「友達には同情してほしくないだろうけど、俺とお前は違う。ライバルだ。普段は犬猿の仲の俺に折角同情してもらったんだから、少しは嬉しがれよっ!」 「ウワッ!」 言いながら、わしゃわしゃとシルフィアの髪をいじくり回してやる。 途端、弱弱しかったシルフィアの身体がわなわなと震え、悔しさからか顔が赤く染まりあがった。 「こ、コノヤロ!いい気になりやがっテッ!」 「はは、いつものお返しだ!」 ムキになって髪の毛を引っ張ってくるシルフィアに負けじと、更に髪をぐしゃぐしゃにし返してやる。こういう時に手が長いと便利だ。 「おりゃおりゃおりゃっ!食らえぇっ!」 「調子に乗るナァァ!このアタイが負けるカァァ!」 「いって、いでいでぇっ!ちょ、少しは加減しろよな!男が苦手じゃなかったのか?!」 「オマエが言ったんダロ!」 はた、と瞬間的に手を止める。 「……アタイとオマエは、ライバルだッテ。じゃア、男も女も関係ナイ……ソウダロ?」 そういうシルフィアの顔は、少しだけ赤く染まっていて。 こいつにも少しは可愛いところがあるんだな……と思って、シドは不覚にも少しだけどきりとした。 一方、レヴィン・白銀・リリィの三人は、必死で効かぬ視界の中、二人の安否を案じていた。 暫く待っていると、ようやく粉塵が晴れてきて前が見えるようになる。三人は慌てて、すっかり半分ほどの面積になってしまった戦場へと走っていく。 「シド、無事かーっ?!返事しろーっ!!」 「シドく―――んっ!シルフィアさ―――んっ!!」 レヴィンとリリィが、力いっぱいに呼びかける。 そこで白銀が気付き、がしり、と二人の首根っこを捕まえて制止させた。思わずガックンと両方とも体をのけ反らせる。 「何すんだよ白銀ェ!!」 「止めないでください!」 抗議するが、白銀はあくまで冷静に二人を宥め、見ろ、と前を指さした。 するとその先には、さきほどの死合いムードはどこへやら……子供のように掴みあって喧嘩しているシドとシルフィアの姿があった。 それは今までとは違い、ふざけあってはしゃいでいる、と言ってもいい雰囲気を醸し出していて。レヴィンとリリィは一気に緊張が抜けたのか、へなへなとその場に座り込んだ。 「ま、マジかよ……いつの間に仲良くなったんだよォ?っつーか二人とも生きてたんだなァ?」 「よ、良かったです…っ!シドくん、シルフィアさん…っ!」 ぽろぽろ、と大粒の涙を流すリリィ。 この争いで、一番責任を感じていたのはリリィだったはずだ。図らずとも自分がシドとシルフィアを争わせる種となってしまい、ましてやそれで大事な二人が命を落とすことになったらと。白銀は泣きじゃくるリリィの肩をさすってやりながら、優しい声で語りかける。 「心配無用だった、ということだな。それもリリィが望む最良の形でまとまったというわけだ。もう安心していいだろう」 「ひっく、ひっく…、白銀くっ…、ありが、とう…っ!」 白銀とレヴィンは立ち上がり、未だ喧嘩しているシドとシルフィアの方を見据える。 「なに言いあってるんだろーな、あいつら」 「さあな。だが、もう今までのような危うい事態になる話ではないだろう」 「よーやく良い意味でのライバルになったってかァ。俺と白銀もたまには喧嘩してみるかァ?」 「……遠慮させてもらう」 「はっはっはっ!」 すっかりいつものノリで話していると、不意に、ずっと気絶していたベリトが目を覚ました。 「はっ?!ッス!!やややばいッス気絶してたッス!シルフィアさんに怒られるッスー!!」 「げ。」 「……まずいな」 「あー!!シルフィアさんがシドの野郎と素手で掴み合ってるッスー!!」 言うなり、ベリトは素早く落ちていたシルフィアの槍を掴み上げると、 「シルフィアさん、新しい槍よーッスー!!!」 勢いよく、シドとシルフィアの方へ槍をぶん投げた。……ものすごく勢い良く、まっしぐらに矛先を向けて。 「あああああんのバカプリニーッ!!あれじゃあ二人に刺さっちまうだろォ!!」 「二人とも、避けろ―――っ!!」 慌てて白銀が叫ぶ。普段あまり大きな声を出さない彼の叫び声に驚き、シドが顔をあげてみると、何故かこっちに槍が一直線に向かってきていて。 シルフィアは背後のその光景に気付かない。負傷している上、疲労困憊の自分の身体はもう限界で、二人まとめて避ける力も残っていない。 シドは、チッ、と舌打ちをすると、 「シルフィア、ごめん!!」 最後の力を振り絞って、シルフィアの体をぐいと横に倒した。 「シドッ?!何、を、す―――――」 ドグッッッ 鈍い、肉を引き裂く音と共に。 鮮血が、噴水のように噴き出して。 シドは、まるで他人事のような面持ちでその光景を見ていた―――槍が自分の腹を貫いている、そのさまを。 「ぐ、はっ……」 ゴプ、と吐血する。 急に視界が霞み、視線がぐらぐらと揺れて定まらない。なんとかシルフィアの方を見ると、彼女はとても青ざめた顔をしていた。 そんな顔するなよ。いつもみたいに、憎らしく笑ってくれよ。 そう言いたかったが、喉からはもう、ひゅ、と息が吹き抜けるだけで声にならない。 痛みよりも、苦しさ、気だるさ、そしてとてつもない眠気が体中を支配する。 ああ、俺は、死ぬのか――――? まだコイツとの決着はついていないのに。まだ、あの子に気持ちを伝えていないのに。 果てしないほどの未練があったが、それすら考えられなくなる程に意識が混濁していった。もう、瞼も開けていられない。 そして、シドはとうとう意識を失った。 「シドォォォオオオオッッ!!!!」 「シドくんっ……シドくんっ!!いやあぁぁぁぁぁああっっ!!!」 シルフィアとリリィが、一斉にシドの傍に駆け寄り、必死に縋りついてガクガクと肩を揺らす。しかし、無情にも彼が目を開けることはなく、出血が止まらぬまま、段々と冷たくなっていく。 「オマエ言ったダロ、一緒に謝ってやるッテ!全部ほっぽって死ぬなんて許さナイゾこのバカシドォォッ!!」 「死なないでシドくんっ…!お願いだから目を開けてっ!死んじゃいやあああっっ!!」 泣きじゃくる二人。レヴィンと白銀もシドの元へ行く。 レヴィンは咄嗟に頭に巻いていたバンダナを取り、患部を押さえつけて止血を試みる。 「……レヴィン、お前、その傷…」 「今はほっとけ!それより早く治療しねーと!フローレンスを呼んでくれ!」 レヴィンの額の大きな傷に驚く白銀だったが、彼の言葉に頷くと、上の階にいるフローレンスに呼びかける。 「フローレンス、頼む!姉上、彼女を連れてこちらに飛べるか?!」 「大丈夫よ!さぁフローレンス、私に掴まって!」 「分かりましたわ!」 刀祢はフローレンスを抱きかかえると、その場から素早く飛び降り、立ち回って落下の衝撃を相殺しながらシドの元へ急ぐ。 一分も絶たない内に辿り着くと、すぐにフローレンスが治療を開始する。 「フローレンスさん、シドくんは…!」 「悪魔は皆さんが思うより丈夫ですわ、心配無用です。それよりも槍を抜く方が先決ですわ……このままだと止血もままなりません。すぐに魔界病院へ連れて行きましょう」 お嬢様と言えども、フローレンスもいち僧侶として治療のスペシャリストだ。手際よくそう判断し、一先ずの応急処置にとオメガヒールをかける。 レヴィンと白銀はその後にすぐに運べるようにと準備をする。 どうにかしてあの廊下のところまで運ばねば。そう思って、白銀がふと上を見上げると――― 「…………血…」 クロエが、オッドアイの眼を大きく見開いたまま、立ち尽くしていた。 しまった―――、と白銀に電流のような衝撃が走る。気付いた時にはもう、手遅れだった。 「赤い…紅い…血が……いっぱい……」 「クロエ止めろ!!こっちを見るな!!」 「急がな、きゃ、たす、け、パパと……ママ……」 「クロエ!!クロエッッ!!!」 「あああぁぁぁぁああっっ!!いや……いやぁぁぁぁああああっっっ!!!!!」 絶叫し、クロエは頭を抱えてその場にうずくまる。 頭を焦がすような激しい痛み。脳内で鮮明に浮かび上がる赤い映像。襲い来るそれらに耐え切れず、クロエは発狂し、ひたすらに叫び続ける。 「い゛やぁぁぁっ……!!助けて…誰か助けてっ!!痛いよぉっ!!頭が、割れ、ちゃ、うぅぅ…!!」 「クロエぇぇぇぇっ!!!!」 「どうしたのクロエ…!クロエ?!」 「えええっ、どうしちゃったのよぅ?!これどーなってるのーっ?!」 クロエの尋常ではない様子に、慌てて周囲にいたアイリスやサラたちが駆け寄って呼びかけるが、全く治まる気配はなく。 レヴィンもその様子に気付き、咄嗟に白銀の背中をドンッと押してやる。 「こっちは俺と刀祢さんとお嬢様でなんとかするから!お前はクロエの方に行けっ!」 「……すまない…っ!!」 白銀は素早く剣を抜き、揮う。高速の風が、衝撃波となって飛んで行く。 「竜巻破裏剣!!」 上の階近くの壁を攻撃し、ガラガラと瓦礫を落下させる。 それから、火炎まみれの空中に躊躇なく飛び込むと、瓦礫を伝って階段を登るようにして、あっという間に上の階へ辿り着いてみせた。 「相変わらずすげえな白銀……。俺たちにアレは……できねェわな」 「当たり前でしょう!早くもと来た道を戻りますわよ!さ、シドさんの肩を持って!」 「あー、はいはい」 よいしょ、とレヴィンはシドの肩を背負う。槍が刺さったままのシドの体を必要以上に動かすのはまずいので、細心の注意を払って行かなければならない。かといって、正直、自分より背の高いシドを安定して運ぶのは至難の業だ。ここまでだいぶ歩いてきたし、帰路は相当の難航を強いられるだろう。 「アタイも手伝ウ」 レヴィンが考えていると、突然、シルフィアがもう片方を背負った。 さきほど和解した光景を見てはいるが、レヴィンとしては、散々ダチを苛めてきた彼女をすぐには信用できない。それでも、シルフィアの真剣な目から、シドを助けたいという強い思いを感じ取ったのか。レヴィンはニヤリと笑った。 「昨日の敵は今日の味方、ってかァ?」 「いいから行くゾ。アタイの方がここの道に詳シイ」 「そんじゃ頼むぜ、シドの良きライバルさんよォ!」 歩き出す一行の最後尾で、刀祢は一瞬だけ後ろを振り返り、神妙な目で上の階を見つめた。 (クロエ、お願い、無事でいて…。白銀、私もあとで必ず行くから…) まだ、刀祢の耳の中に、クロエの悲痛な悲鳴が、弟の苦しげな叫び声が、ずっと響いて残っている。 「………うう…ん…」 シドが意識を取り戻したとき、そこは見慣れぬタイル状の天井だった。すぐに真っ白なカーテンの仕切りも見えてきて、独特の薬品臭さが鼻につく。それでここが保健室だと理解することができた。 麻酔をされているのか、痛みはさほどなかったが、身体がだるくてあまり動かない。唯一まともに動かせる首を起こしてみると、すぐに、泣きじゃくっているリリィ・シルフィアの二人と目が合った。 「シドくん、良かった、目が覚めたんだね…!」 「シド…ッ、この、バカヤローがァッ…!」 二人は感激したのか、ほぼ同時にシドの首に抱きついてくる。 堪らず、うわっぷ、と息を漏らす。すぐに顔が熱くなった。勿論、好きな子に抱きつかれて嬉し恥ずかしな心境なのだが、つい先刻まで敵同士だったシルフィアにまでこんなことをされるとは、夢にも思っていなかったので。 「ふ、ふたりとも、苦しい…!というか、痛いんだが…!」 「ご、ごめんね」 「スマン」 二人は慌てて離れ、その代わりに、後ろにいたフローレンスがずずいと顔を出した。 「意識が戻りましたのね。もう安心ですわ。麻酔が解けたら2、3日で普段通り登校できるようになりましてよ」 「お、俺、槍が腹に貫通したんだけど。そんなもんなのか?」 「ええ。当然しばらく痛みは残りますけれど、生活に支障はありません。わたくしたちの医療技術を甘く見てはいけませんわ!」 フローレンスはそう言って、ふふん、と得意げに鼻をならす。 戸棚側のソファで、相変わらずの行儀の悪さで胡坐をかいていたレヴィンが、ははっ、と笑い出した。 「実はこう見えてお嬢様はすげえってこったな。ちょっとは見直したぜ」 「こら!こう見えて、とは一体どういうことですの?!」 フローレンスは、ぐるりと半回転して即座に反論した。 今日は何度も何度も死にそうになったが、どうやら彼女のような有能な僧侶がクラスにいるうちは、死者が出ることはなさそうだ。シドは安心して、再び首を枕に戻す。 それから、リリィの方へ視線を傾ける。彼女の空色の瞳がすっかりうさぎの眼になっていて、申し訳なくなる。 「……心配かけてごめんな、リリィ。今回のことは俺とシルフィアが全面的に悪い。もうこんな危ないことしないって約束する。だから頼む、シルフィアと仲直りしてやってくれないか」 「シドくん……シルフィアさんはね、もう謝ってくれたよ」 「え?」 「他のみんなにも、謝って回ってたよ。シドくんが眼鏡取れて暴走しちゃったあとみたいに。ね、シルフィアさん?」 「アア。オマエがぐっすり眠ってる間に済ましてヤッタ。よく考えたらオマエなんかについてて貰わなくても、アタイならこのぐらいデキル」 そっぽを向いているが、シルフィアの顔が少し赤い。 「ベリトにもキツーくお仕置きしてやったカラナ。もうお前には被害は加えないヨウニ」 その言葉で、すぐに分かった。口では強がっているが、本当はシドに怪我させたことに責任を感じているのだろう。だから眠っている間に全て済まして、負担を軽減させてやりたかった、と言うところだろうか。 ずっと理解不能だったシルフィアの考えが少しずつ分かるようになってきて、思わず笑みが零れてしまう。 「素直じゃないな」 「オマエコソ、かっこつけすぎダ」 言い合ってはいるが、二人の間に殺気はもう流れない。 すっかり、いちライバル同士として話している二人の手を、そっと、リリィが握りしめる。 「「リリィ?」」 シドとシルフィアが声を揃えて問いかける。 「……わたしが、ふたりとも一緒にいたい、って欲張ったから、こんなことになっちゃったね」 切なそうに眼を伏せるリリィに、きゅう、と二人の胸が締め付けられる。 「リリィ、それは違うぞ!」 「そうダ、リリィは全然悪くナイ!」 「―――ううん。わたしがもっと早くふたりの気持ちに気付いていたら良かった。結局わたしは、偉そうなこと言って、ふたりのことを何も分かってなかったの」 リリィのいつになく強い口調に、シドもシルフィアも何も言えなくなった。 「だから、わたし、はっきりすることにしたの」 そう言って、リリィはその目に決意を宿し、大きく開いて。 まっすぐ、見つめる。 その、先に――― 「――――シドくん。わたし、シドくんのことが好き」 「………え」 「シドくんが大怪我したとき、わたし、やっと分かったの。絶対にシドくんがいなくなって欲しくないって。かけがえのない存在だって、気付いたの……」 リリィが、シドを見つめて放さない。顔が一気に火照り、どくん、どくんと心臓が大きく高鳴る。今腕が動かせたら、間違いなく自分の頬をつねっていただろう。 「リリィ……!」 「シドくん……」 動けないシドに代わって、リリィがこちらに近づいてくる。好きな子の顔が今までにないくらいの距離に。しかも現在進行形で更新中。 思わず流されそうになったが、いやいやここは男たるもの、言われっぱなしではいけない!とシドは自分を奮い立たせて。 「り、リリィ!俺もリリィのことが好きだっ!ずっとずっと、転校する前から、ずっと!!」 「シドくん……嬉しい……」 にっこりと微笑んで、リリィは先に瞼を伏せる。 シドは心の中で、うっおおぉ俺は言ったぁぁ!!と激しく興奮した。それから、いよいよ覚悟を決めて、自らもそっと瞼を下ろす。 好きな子との距離、0キロメートル。ついに最高記録を叩き出すと思った、その時。 「ちょっと待テ」 おもむろに、シルフィアが言葉を挟んできた。 それで『ここが保健室で、人がいっぱいいる』ということを思い出し、シドとリリィは、顔を真っ赤にしながら慌てて離れる。 気付けば、レヴィンが照れ顔で明後日の方向へ視線を泳がせていて。フローレンスはと言えば、赤い顔を両手で押さえている。しかし指の隙間が思いっきり開いているので、覗く気満々だったようだが。 「てんめぇぇシルフィアァァ!!なに邪魔してくれてるんだよぉぉ!!!」 この恥ずかしさを何処へ向ければいいか困った挙句、ここまできたならいっそキスさせてくれ、と逆ギレしてシルフィアに抗議する。 しかし、当のシルフィアはと言えば、何故か妙に冷静な顔をしていて。 シドが訝しげにその顔を見つめていると、不意に、ポッ、とシルフィアの頬が淡く染まった。 「シルフィア?」 「その、ナ。……アタイ、どーやら男嫌いが治ったみたいでナ」 「そりゃ良かったな。…で、なんで俺見て赤面?」 「ダカラ、その、アタイはナァ………」 しきりに首を傾げるシドに、シルフィアはそれはもう恥ずかしそーにモジモジしながら、 「オマエのコト、好きになっちゃったみたいダ」 そう、大胆告白した。 当然、シドの反応はと言えば。 「はぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ?!!!!」 ………こうなるわけである。 「いやちょっと待て!お前ついさっきまで俺のこと殺したいって言ってたのに、一体どういう移り変わりだ!!っつーかリリィは?!」 「リリィのコトも好きダ。でもオマエのコトも好きダ。勿論恋愛の意味デ」 あっけからんと言うシルフィアの表情は、よくよく見てみればまさに恋する乙女の顔で。 まさか、一日で二人に告白されるだなんて――しかも相手は本命と、突然のビッグな対抗馬――シドは頭が激しく混乱した。 いよいよこの異常空間に同席するのが苦しくなったのか、レヴィンとフローレンスは連れ立って保健室を出て行った。二人は空気を読んだつもりなのだろうが、シドとしてはそれは最後の逃げ場を失ったことに等しく。あああ頼むから行かないでくれ!!という願いも、動けぬ体では手を差し伸べることもできず。 「し、シルフィアさん、わたし負けません。シドくんは渡しません!」 「アア、アタイも負けないゾ。リリィもシドも手に入れてヤル。これからは恋の相手であり恋のライバルだナ」 相変わらず少し天然が入っているリリィは、シルフィアのこの告白にも順応し始めている。ただし、シドの常識力としてはそうはいかない。 (っつーか、これ、一体どういう三角関係だよぉぉぉっ!!!!) 恋は育まれては形を変え、また新たな、とんでもない方向へと展開を迎える。 命の危険は去りど、今度はどうやら精神的にキツーく襲いかかって来るようで。 (俺、今度はジジに殺されるかも………) いや、やっぱり命も危ないらしい。 三角関係、バトル、依然、続行? あとがき。 アチャ♂×アチャ♀×魔物使い小説、第三回戦。 初めての三角関係を描いたこのシリーズ、みなさまのあっと驚く展開にしたくて、こんなハチャメチャな結末を迎えてしまいました。結局シドくんはみんなに愛される運命ってことですね。ある意味、総受け?(核爆) 三角関係っつーか、四角関係な展開もアリっぽくなってきましたね。恐ろしい。(やったのお前だ 一応、BATTLEシリーズはこれにて終了です。この後は、最後の展開ですっかり払拭されてしまいましたが(爆)ついに白銀とクロエに隠された秘密を暴いていくことになります。どうぞ今後もお楽しみにしてやってくださいませ。勿論今後もこの三人は出てきますよっ。 それでは、ここまで読んで頂き有難うございました。次回作にてお会い致しましょう。 ブラウザバックでお戻り下さい。 |