「……………っ」

イオン、様。

思い出すのは、かつての導師のレプリカ。けれど確かな導師であるレプリカの、イオン。

自分の名を呼んで、自分のせいで死んだ、イオン。

そのことばかりを、いつもいつも思い出す。

みんなに心配をかけたくない。みんなに同情なんかされたくない。哀れみなんか、それこそ一番かけて欲しくなんかない。
こんなぐちゃぐちゃな気持ちの、汚い私を、皆に晒さないで済むように。
笑顔の仮面を深く被って。今日も、上手く笑えるだろうか。





9.





「おっはよー、みんなー!」
元気な元気なアニスの高い声が、宿屋の部屋いっぱいに木霊した。
「アニス、おはよう」
「おはよールーク!」
最初に返事を返してくれたルークの方に、アニスはぽてぽてと近寄った。
既に朝食を食べている途中だったらしく、アニスはメニューは何かな、と彼の皿を覗き込む。が、綺麗にお皿の隅っこに除けられているニンジンの炒め物を見つけ、アニスはフッ、と意地悪そうに笑った。
「あー、なーにルークったら朝から好き嫌いしてニンジン残してるの?成長しないぞ」
「いっ、いいだろ別にっ」
真っ赤になったルークと、好き嫌いがバレた途端に、ティアの怒り声とガイの呆れた声が飛び出し、ルークは一気に二人の説教に挟まれてしまった。
ニヤニヤしながらきびすを返すと、アニスは一度部屋から出て、ドアを閉めた。
「………ふう」
大丈夫。気付かれてない。今日も私は上手に笑えてた。
ドアに背を傾けたまま、アニスはだるそうに項垂れると、ふとフッと自分の体が大きな影の中に入った。
「アニス」
真上から突如降りかかった声と、人に接近された明らかなる証拠の影から直感し、バッとアニスは上を向く。
案の定居たのは、一番逢いたくなかった人、ジェイド。
「たいさっ♪おはようございますっ♪」
もしかしてさっきの見られてたかもしれない。
そう思ったけれど、ここは一応何も知らないフリをしておこうと、アニスは慌ててニッコリと笑顔で、両手を合わせきゃぴるんとしたポーズをとる。
ジェイドは薄い微笑のまま、アニスを暫くじろじろ見下ろすと、突如ふりふりと手を振った。
「アニース。ちょっと此方にいらっしゃい」
「ええー?!もしかして大佐、アニスちゃんにお小遣いとかくれようとしてます?!ドキドキ…」
「そんなわけないでしょう。」
スッパリ言われて、アニスは思わずガクリとなった。
「ぶー。ちょっとくらい夢見させて下さいよ…」
「はいはい、いいからおいで」
「はぁーい」
チッ、所詮はケチ大佐か、と心の中で思いっきり舌打ちをかましながら、渋々アニスはジェイドに近寄る。
先程から距離はそう遠くなかったので、数歩近寄るだけですぐ目の前に着いてしまった。一体これに何の意味があるのか、全く分からない。どうせまた下らない事だろうと思ったが、ここは深く考えずに、アニスはジェイドを見上げた、その瞬間―――



「……はうあっ?!」



突如ジェイドの手は、アニスの両頬に掴み掛かり。
ぶに〜、とした効果音が出そうな程に、思いっきりほっぺたを引っ張られた。
「な、なにひゅるんれふか、たいひゃ…?!」
「いやー子供のほっぺたはよく伸びますねー。あははははははは」
乾いた笑いをしながら、こんな事をするジェイドに、ブチッとアニスの堪忍袋の緒が切れた。
「に、にゃろうっ…!」
ぐあっ、と両手を伸ばし、奴の細い顔を力いっぱい引っ張り返してやろうとしたが、生憎、悔しい程の身長差の為、全く手は届かない。
「あはははー、届いていませんよ、アニース」
「こ、こんの鬼畜メガネがぁ…!!」
「ハハハ、なんとでも。そーゆう不細工な顔の方が、貴女にはお似合いですよアニス」
そう言って、ジェイドはパッとアニスの頬を離した。
勢い良く、ばちん!と元に戻った頬は、ひりひり痛んでとても不愉快だ。
更にはこの男の次なるからかい言葉に、アニスはいーかげんにしろとのごとく、しかめっ面で答える。
「…それ、どーゆー意味ですか」
「そのままですよ。……例えば先程の作り笑いなどに比べれば、とてもマトモです」
「は?」
なんだかおかしな言葉を聞いた気がして、アニスは聞き返す。
「聞こえませんでしたか?」
ジェイドの表情が、いきなり真面目になって、目が細まったのがとてつもなく恐ろしげに見えた。



「下手な笑顔なんか、貴女には似合わない、と言っているんです」



「…!!」
やっぱり気付かれていた。
しかし、先程この男はあの場にはいなかった筈。それなのにどうしてこんな確信めいた事が言えるのか。
どう反論しようか渋るアニスを見下ろして、ジェイドは言葉を紡ぐ。
「その場にいなくても分かりますよ。昨日の今日の事ではありませんし」
「………」
何故。
気付かれないようにしてたのに。
乗り越えたフリをしていたのに。
ほら、その証拠に、誰も気付かなかったじゃないか。もうあれから何日と経っているのだ、皆ももう、気にしなかったじゃないか。
なのにどうして、この人だけが、気付いた?
ようやっとアニスは、その重い口を開く。
「どうして……よりによって大佐が、気付くんですか」
「そんなの簡単でしょう」
ジェイドは、さらりと言ってのけると、体を硬直させたままのアニスの肩に、ポン、と掌を乗せた。



「私が、あなたの事をいつも見ているからです」



「――――ッ?!」
「では、私はまだ朝食が済んでいませんのでお先に。貴女も早く食べてしまった方が良いですよ」
さらりとそう言い残し、ジェイドはアニスの後ろのドアを開けて、何事もなかったかのように部屋の向こうに消えていった。
「…………」
一人残されたアニスは、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くす。
脳内と体の両方が完全に凍り付いて、指先がぴくりとも動かない、タチの悪い呪いをような錯覚。けれど、そんな状態でも、ただひたすらに、何故か頭の中であの人の言葉が離れない。
(私が、あなたの事をいつも見ているからです)
「………」
どういう意味。
どういう魂胆。
自分には考えられないくらいに、ぐるぐる混乱する思考回路が嫌になって、とうとうアニスはずるるとその場に座り込んだ。
もはや足には力が入らない。脱力した体を支えようともせず、あの男が消えていったドアにだらしなく背を傾けたまま、消え入りそうなくらいにか細い声で、思わずアニスは呟いた。
「…………ばっかじゃないの」
頬がなんだか熱いのは、あの男に引っ張られたせいなのか、はたまた違うものか。
その夜は、憎たらしいくらいに。不思議と、あの人の事ばかりを考る破目になった。
















あとがき。
ジェイアニで10のお題:9.笑顔
笑顔といえばアニスの作り笑い、ということで。
唯一アニスの作り笑いに気付いてくれた大佐…みたいな感じで書いてみました。途中イオン様関係で色々ごっちゃになって厄介だったので(何)色々簡潔に修正する破目に…。うう疲れた。
大佐の突然の頬引っ張りと意味深告白(?)に動揺するアニスちゃんでした。ムフ。



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