「私が、リオンを討ちます」
…この時はまだ、自らの言葉に迷いはなかったのに…
哀しい心 愛しい貴方
魔王に心を食われたリオンを救うため――今、私たちは闇の樹海に来ている。
鬱蒼としたこの樹海は暗く、闇に支配された世界。
暗闇に包まれた空間で、何処からともなく現れてくる魔物の気配。
それらを次々と薙ぎ倒し、私たちはリオンの立て篭もる魔殿へと辿り着いた。
皆が居る事を確認すると、私や双聖器を扱う精鋭や家臣達を集め、意を決したように叫んだ。
「皆――聞いてくれ。俺達は今から魔殿に突入し、魔物を一気に蹴散らす。
そして…この俺が、リオンを討つ」
この言葉に皆、目を点にして驚愕した。
その様子を確認する間もなく、兄上は更に強く言い放った。
「リオンを討つのは俺だけでいい。皆は魔物に集中し、俺に魔物が近寄らないよう援護してくれ。
その間に、俺が一人でリオンを――」
「―――待って下さい!」
気が付くと、私は「討つ」と言う言葉を続けようとした兄上の言葉を止めていた。
そして、私の喉から出た言葉は。
「兄上――私が…」
「何?」
エフラムが驚愕したような言葉でエイリークに問いかけた。
彼が「エイリーク、それは…」と言おうとしたところで、それを遮り、エイリークはエフラム、そして周りの皆を
しっかりと見据え、言い放った。
「私が、リオンを討ちます」
「待つんだ、エイリーク!お前の手をわずらわせる訳にはいかない。だからこそ俺が――」
「いいえ。兄上が私を気遣ってくれているのは分かります。けれども――私は、リオンを止めたいのです、この手で。」
エフラムの言葉よりも強く、エイリークはそう主張した。
皆が私の事を気遣ってくれているのは分かっている。けど、私はそれに甘えたくない。
そして、魔王に心蝕まれたリオンを開放してあげるのは――自分でなければならなかった。
この、心にある気持ちにさえも、けじめをつけなければならなかったから。
リオンを開放し、そしてその上で、この思いを伝えたいと――
エイリークは皆の止めの言葉も聞かず、そのまま魔殿へと進軍した。
魔殿の中は暗く、不気味で、酷く肌寒い。
その中で、細く鋭いレイピアを振り回し、エイリークは進軍し続けた。
背中にはエフラムがいる。
ドン、と不意にエフラムと背中あわせになり、思わず後ろを見た。そこには、険しくも
いつもの――自分をしっかりと持ち、酷く逞しい兄の表情があった。
エイリークが此方を振り向いたのを確認し、エフラムは言った。
「エイリーク。リオンはお前に任せる」
「! では…」
ぱあっと表情を変化させたエイリーク。しかし、すぐエフラムは次の言葉を言い放った。
「しかし、お前がもしやられそうになった場合は、すぐ俺達は加勢する。お前を失うわけにはいかない。
…そうなった場合、お前が復帰出来なければ、俺は問答無用でリオンを討つ。…それでもいいのか?」
「…はい。迷いはもうありません」
くっ、と唇を噛み締め、エイリークは頷いた。
その翠の瞳にもうもやもやとした迷いはない。ただ、目の前を一心に見つめるのみ。
そして、幾度も襲い掛かる魔物を打ち倒していくと――瞳の中に、ある者が写る。
―――リオン、だ。
禍々しいオーラが四方八方を包み込み、その中に立ち聳えるリオン。
その表情は前の彼の面影は無く、あの優しい瞳さえも、優しく微笑むあの唇さえも、彼の心優しい性格さえも…
全てが、全てが違っていた。
今の彼は、酷く恐ろしく、そして悲しい表情をして、エイリークを睨みつけている。
背筋が思わず寒くなるのを堪え、エイリークは一人リオンの前に進み、彼を見据えた。
「…来たね…エイリーク」
「リオン…いいえ、魔王!リオンを返しなさい!」
叫び、レイピアを突き出す。そんなエイリークの様子を見て、魔王はフ、と不適に唇だけが微笑んだ。
「――取り返せるのか?お前ごときに。…いや…既に取り返す者はいないがな…!ハハハハ…」
魔王の声が、響き渡る。――いや――それは、元はリオンのものだった。
リオンの声で、魔王はエイリークに見下しの言葉をかける。
それが、とてつもなく屈辱で、エイリークは思わず剣を持つ手に力を込めた。
レイピアはくるんと一度回してサッとしまい、その代わり手に持ったのは『雷剣ジークリンデ』。
兄と対を成し、それでいて二つで一つのもの。
魔王に対抗する為に手に入れたこの剣で、リオンを開放してみせる。
レイピアにも似た風上の雷剣ジークリンデをぐ、と構えると、一気に馬を走らせた。
「…遅い。喰らうがいい!我が無限なる魔の暗闇!――ナグルファル!!!」
目の前が暗闇に覆われ、ドス暗い紫の霧のようなものがエイリーク目掛けて襲い掛かってくる。
馬を翻し、すれすれの所でなんとかかわしていく。
闇を切り抜けて見えたのは、魔王――リオン。
「てええぇぇいいいっっ!!!!」
ジークリンデを振り被り、勢い良く振り下ろす。
一気に臓を貫くかと思いきや、リオンは身を翻し攻撃を避けた。
「な…」
くっ、と思い一、二歩下がる。リオンはゆっくりと顔を覆うマントを下ろした。
「…エイリーク…」
「…え?!」
マントが下ろされて見えたのは、優しいいつものリオンの顔と、優しいいつものリオンの声。
「…もうやめよう?僕は大丈夫だから…もう大丈夫だよ…」
リオンは優しく微笑む。ひどく、ひどく優しい表情で。
「リオン…」
夢にまで見たその表情に、思わずふらりと馬を降りて近寄った。ゆっくりと、手を伸ばして頬に触れようとする。
「―――ッッ!!待てっ!行くなエイリーク!!!」
「え…?」
兄エフラムの声に気が付き、我を取り戻したのも束の間。次の瞬間には後ろに押し倒されて、首を絞められていた。
「あぐっ…くあっ……うっ…」
ギリギリと絞まる手に思わず手をかけて必死で抵抗する。が、強いその腕は振り払えない。
「エイリーク!!」
エフラムの声が聞こえた。が、その瞬間に放たれたナグルファルによってエフラム達は近寄れない。
「…馬鹿が…リオンなどもう二度と戻ってこない。お前の期待は既に消え失せた。
――ほら…見ているかリオン?貴様の愛しい王女が…目の前で、お前の手で死んでいく様を!!」
「ぐうっ…うっ…」
その屈辱の言葉を聞き、まだしっかりと手に持っている雷剣ジークリンデをぐっと握り締める。
酸欠で空気を激しく欲する喉を鳴らし、残る酸素を振り絞って言葉を出した。
「リオンを…侮辱しないで…!」
魔王の手目掛けてジークリンデを突き刺す。
「くっ…?!」
生憎かすめただけだったが、それだけでエイリークには十分だった。
「―――リオン、力を貸して下さいッッ!!」
――――
「があっ…」
至近距離で放った一刺しは、魔王を貫いた。
生暖かい血が、みるみると溢れ出て自らに幾つも付着していった。
フッ、とリオンから感じていた邪悪な気配が消えたかと思うと、リオンの体は横にどうっと倒れた。
「…リオン…」
槍がカラン、と音を立てて落ちた。
リオンが倒れた事で魔法も消え、エフラム達はやっとエイリークのもとへ辿り着いた。
「…エイリーク」
エフラムが声かける。だが、エイリークは倒れたリオンの傍に張り付き、ずっと彼の名を呼び続けている。
「リオン…リオン?…リオン…起きて下さい…リオン…」
見るだけでも痛々しいのか――盛栄達や家臣達は、目を少しばかり逸らしていた。
「…ねえ…リオン…リオンっ!!」
ぶわっ、と涙が溢れ出た。エフラムが急いで近寄った。その時。
「…エイ…リーク……?」
「! リオン?!」
うっすらと、リオンは目を開けてエイリークを見ている。
優しい、優しい、リオンの瞳。
「ああっ…リオン…リオン…!!」
感極まって、エイリークは思わずがばりと倒れこむリオンの体に抱きついた。
リオンは震える手をゆっくりとエイリークの背中にあててやる。
「……エイリーク…ごめんね…僕が…弱かったせいで………」
「リオンのせいじゃありません…全部、全部魔王が…!」
力なく、リオンは首を横に振った。
「…ううん。違うんだ…。僕の中に…負の感情があったのは、事実だから…」
そこまで言って、リオンは咳き込み、血を吐いた。
それを見て、エイリークは血相を変えてリオンの名を叫び、見つめた。
「…ゲホッ…、…エイ、リー…ク…」
薄れていく声を聞き逃さないように、エイリークは恐る恐る顔を近づけた。
リオンは、これほどまではないように微笑んで、震える唇で言葉を発する。
「…エイリーク…僕は君が…好きだよ…」
「リオン…ええ、リオン…私、も…」
ずっと素直になれなかったこそ。ずっとずっと、お互いに言えなかった台詞。
いつだって、言えるチャンスはあったのに――どうしてあの時言っておかなかったのか――と激しく後悔の念が心渦巻いた。
けれども、エイリークの言葉に、リオンは嬉しそうに笑んで、ゆっくりと手を彼女の頬に触れた。
手には血が滲んでいて、エイリークの顔を汚していったけど、もうそれすらリオンには分からなかった。
「…ありがとう…」
最後の力を振り絞って、狂おしいほどに、ずっとずっと愛した彼女の唇に自らの唇で触れた。
エイリークも、そのリオンの行動に驚きつつも、決して拒まなかった。
愛しい、者と今触れ合っているのだから。
触れた部分だけがとても暖かくて、その感触に数秒だけ浸って――離していった。
トサ、と乾いた音がして、リオンは倒れた。
頬に触れていた手も、力なく血に滲む床に落ちた。
「…リオン?」
ガクガクと震えながら、ぺちと頬に触れる。
…反応はなかった。
ぶわ、と心の芯から涙が溢れるのを堪えきれずに、リオンの体に抱きついて。
「…いや…いや…リオン…死なないで…!いやっ…!いやああぁぁぁぁあああああ――――ッッッッ!!!!!!!」
魔殿中に叫び声が響き渡る。
皆が目を伏せる中、泣き喚くエイリークと、もう息をしなくなったリオンを見つめて、ただエフラムは立ち竦んでいた。
静かに歩み寄ってきたミルラが、エフラムの腰に擦り寄り、彼はそっとミルラを引き寄せた。
「――――リオン…」
まだ涙を流しはしない。全てが終わって、リオンが心配しなくていいような世界になるまでは、リオンのために
涙を流しはしない。…そう、エフラムは静かに誓って、エイリークとリオンを残し、皆を連れて魔王の元へと進軍していった。
「……エイリーク」
エフラムが戻ってきた時、エイリークはリオンと共に外に出ていた。
闇の樹海は日が射さない。けれども、かすかな光を求めてエイリークはリオンを抱きしめ、座り込んでいた。
エフラムが戻ってきたのを確認し、エイリークはまた空を見つめた。
「魔王は倒した。リオンももう、これで永遠に蝕まれる事はない…」
「…そうですか…」
乾いた声でエイリークはそう返事をした。
「…何をしているんだ?」
「リオンのために…日を探しています…リオンに、せめて…暖かい光を見せてあげたい…から…」
そう言った彼女の頬に水滴が流れるのを、エフラムは黙って見つめていた。
「…そうだな…」
光の代わりに、少し冷たい風が吹いて、双子とリオンの髪を揺らしていった――
魔王を打ち倒して一月も経たぬうちに、リオンの葬式は行われた。
皆が集まり、心優しき王子の死を悔やんでいた。
リオンの棺桶に、皆が花をたむけていく時に、エイリークはリオンの頬の近くに花を置いた。
そうして、静かに冷ややかなリオンの唇に口付けた。
彼女の頬に、嗚咽さえも出ず、拒む事も無く、涙が静かに流れていった。
忘れない、ずっとずっと、忘れない。
私が生きる限り、リオンは生き続ける。だからこそ、私はリオンの事を忘れない。
マギ・ヴァル大陸は新たな時代を迎えていく。復旧に向けて、色々なものは変貌していく。
けれども――ずっと、変わらないものがある。
貴方が生きたこと。貴方が愛してくれていたこと。
だからこそ、貴方が愛してくれたからこそ、私はここにいるから――
だからずっと、愛しい、この心は消えないから―――
(ずっと愛しています…リオン………)
あとがき。
リオン×エイリーク、リオン死亡ネタ。
ネタバレ多い上にリオン死なせちゃってゴメンナサイ…_│ ̄│○
本当は死なせないつもりでしたが、公式設定に勝てませんでした(滝汗
次こそリオン死なないもの作りたいです…と言うか、リオン絡みだし折角だからノール出したk(ry
それとなんだか今回の作品は自分らしくないような。もっと気ままに作品を描けるようになりたいですね。
ブラウザバックでお戻り下さい。