スメタナとイヴの大胆告白騒動、ルキノがジーンの確信ストーカーとなった件、不器用なヴァジーヌとイライザが晴れて両思いとなったこと……。ここのところ騒動が続いていたホルルト村でも、最近は、すっかり普段の穏やかさを取り戻していた。
「閃光、こっち、こっちだよーっ♪」
「ちょ…っと待ちやがれシャルル!また俺の刀に勝手に悪戯しやがってーッ!」
悪戯好きな盗賊の少女シャルルが、へっぽこ・時々・ドSな閃光をからかってはしゃいでいるこんな光景も、また日常茶飯事のように見られるようになった。
「おいおい。まーたやってるぜあいつら」
「全く、飽きないわねぇ。成長しないというかなんというか」
戦士ルーウェンと僧侶クローディアの二人が、こんな風に半ば呆れつつ、しかし微笑ましそうに彼らの戯れを見守っているのも、またいつもの風景だ。
不意に、無邪気に(?)追いかけっこをしている二人を見て苦笑していたクローディアの手を、ルーウェンが自分のそれでそっと握り締めた。
「俺達、少しは成長してるところ、あるよな?」
「……そ…そうねっ!そそそれより!閃光、シャルル、そんな走ってるとまた転ぶわよー!!」
突然のささやかな接触に、クローディアは顔を真っ赤に染め上げ、慌ててそっぽを向いて二人の方へと声を張り上げた。照れ隠しなのがバレバレである。
手を繋ぐだけで、これだけ可愛い反応を見せてくれる彼女の仕草一つ一つに、ルーウェンはたまらなく愛しさを感じた。
嗚呼、今日のホルルト村はなんて平和なんだろう、と皆は常々思っていたのだが………。

ゴ――――――――――――ン!!!!!

「はあっ?!ななな、なんだよ今の鈍い音は?!」
平和を打ち破るが如く、突然ホルルト村に響いた轟音に、ルーウェンやクローディアを含め全員が驚いて一気に飛び上がった。
「にゃぎゃあああ!!せんこー、せんこーがぁぁぁ!!!」
「ちょっと……せ、閃光、大丈夫っ?!」
シャルルの悲鳴がした方を見やると、そこには、なんとアデルの家の周辺に無造作に転がっている壷に頭を強打し、ぶっ倒れている閃光の姿があった。
クローディアが、頭上に星が回っている閃光の傍に素早く駆けつけ、診察する。額よりやや上の所に大きなコブが出来ており、出血も僅かにあるようだが、まあ一応彼もタフな悪魔の一人なので、これぐらいは恐らく心配ないだろう。
素早く傷口をガーゼで止血してやってから、クローディアは切り出した。
「応急処置はしたし、これぐらいなら大丈夫よ。後は意識が無事に戻ればいいんだけれど…」
「せんこー、せんこー!!早く起きてよぅ!!」
「おいおい、シャルル、そんな揺らしてやるなって…」
閃光の一大事に興奮しきっているシャルルが、彼の肩を掴んでぶんぶん揺さ振りまわしていると、不意に、う、と閃光が短く呻き声をあげた。それから、ずきずきと痛む頭を押さえつつ、むっくりと起き上がった。
「お、閃光、気付いたのか?!」
「閃光、ごめんねぇ、あたしのせいで…!大丈夫…?!」
慌ててルーウェンとシャルルが顔色を窺い見ると、閃光は、なんとも困惑したような表情を浮かべ、恐る恐る呟いた。



「あの……申し訳ありませんが、あなた方は一体…? 僕は…、ここは、一体何処なんでしょうか…?」



「「へ?」」
「……なんか、前にも似たようなパターンがあったわね…」
ルーウェンとシャルルは目を点にしたまま硬直し、クローディアは、額に手を当てて溜息をついた。
ええ、もう、案の定な感じです。







変わらないキミのままで







「嘘でしょ?!閃光が記憶喪失ぅ―――っっ?!」
「残念なんだけれど、本当の話なのよねぇ」
思わず声を張り上げてしまったローラを含む、メイキングたち全員が、閃光の異変を知って大変驚いた。クローディアは、閃光が壷に追突したあの異様な光景を思い出しながら、溜息混じりに奮起する皆を宥めた。
「前のシャルルの時と似たようなモンだな。実際、俺達のことは名前以外覚えてねぇみたいだし、何より、性格がすっかり変わっちまった」
「信じられないでござる…、あのどうしようもない鬼畜ドSな閃光の性格が変わったなど…」
「にん」
ルーウェンの途方に暮れたような言葉に、イライザとヴァジーはお互いを見合い、相槌を打つ。
やはり、クローディアとルーウェンがこう説明をしたとしても、まだ皆はよく状況が飲み込めないらしい。当然である。現場を目撃した二人自身でさえ、閃光のあまりの変貌ぶりにまだついていけていない。なぜならば。
「実は、記憶喪失後の性格が全くの間逆……いわゆる"紳士"なのよねぇ」
「はぁ?!紳士ィ?!」
ぎょぎょっ、とスメタナが思わず驚嘆の声をあげた。
閃光といえば、鬼畜ドS(+ややへっぽこな部分は残っているが)なとんでもない男、というイメージが強い。それが突然『紳士になった』などと言われても、当然ながら想像がつかない。
「はわわ……あんまり信じられないです…、って、きゃあぁ?!」
イヴが、スメタナの驚愕に賛同し、不安定にオロオロしていると、案の定、足をつっかけてバランスを崩した。
最近フォーリンラブしたばっかりの、大切な彼女であるイヴが転びそうなのに気付いたスメタナが、慌てて支えてやろうとすると―――
「おっと。足元をきちんと見ないと危ないですよ、お嬢さん」
「へ……あ…ありがとうございます、閃光さん…」
イヴを助けたのは、スメタナではなく、記憶喪失になってしまった張本人、閃光であった。
閃光は、気持ち悪いくらい(失礼)紳士的な微笑みを称え、イヴの体勢を優しく整えてやりながら言った。
「どういたしまして。貴女は…確かイヴ殿でしたか。すみません、今は名前しか思い出せない状態でして…。貴女のような可愛らしい御方の名前しか思い出せないとは、なんとも残念なことだ」
「だだ、大丈夫ですよ、閃光さんならすぐに思い出していけると…思います!」
なんとも違和感を感じつつも、閃光が真顔で、嘆くようにそんなことを囁くものだから、イヴは咄嗟に元気付けてやらずにはいられなくなった。
「こ…このやろ…、イヴを助けるのは俺の役目なのによぉぉ」
「いいとこ持ってかれたな、作曲者」
「ね?びっくりするくらいの紳士でしょ?」
一方、完全に枠外にやられてしまったスメタナは、悔しげに歯をギリギリと食い縛った。不幸人の嫉妬の炎は青色だ。
作曲者を哀れむような、ルーウェンとクローディアの言葉を切欠に、閃光の記憶喪失による変貌ぶりは、いよいよ誰もが納得せずにはいられなくなった。
「ヴァジー殿?何処かへ行くのでござるか?」
「にん。ちょっと所用でござる。暫し席を外すござるよ」
後のことは頼むでござる、と言い残し、ヴァジーはそのまま、一人何処かへと行ってしまった。






その後、記憶喪失となった閃光の体調を気遣い――本人は至ってピンピンしているようだが、何分万が一のこともある――彼を自室で休ませ、他の皆はリヴィングでこれからのことについて考えていた。
前回のシャルルの場合では、衝撃で記憶が戻ったため、もう一度叩けばいいのでは? という意見も出たが、また頭から血が出るほどの衝撃を二度も加えるのには、いかんせん抵抗があるということで、様子見となった。結局、特に何もいい解決案は出ずじまいなのである。
「…でもさ。記憶がなくなっちゃったのは大変だけど、性格がこんなによくなったなら、慌てて戻さなくても大丈夫じゃないの?」
「それはもっともでござる。これならばシャルル殿が危険になることもないでござるし、安泰でござる」
ウィルとイライザが、沈黙を破るようにそう言った。すると、壁際に陣を取っていた若狭が、訝しげに目を細めた。
「…そういう意見は慎め」
「シャルルの気持ちのことも……ありますから」
ガラテアの言葉で、ようやくウィルとイライザは、今の発言が不本意ながらもシャルルを攻めていることに気付いた。閃光が壷に激突してしまう寸前まで、共にいた彼女が、責任を感じていないはずはない。
「あ…、ご、ごめんね、シャルル…」
「シャルル殿……」
シャルルはずっと俯いたままであった顔を上げ、二人に精一杯の笑顔を向けて、ふるふると首を振った。
「……ううん、気にしなくていいよ。だって、あたしのせいなんだ…閃光が頭ぶつけちゃったの…。あたしが、閃光にいたずらしていなければ、こんなことには……!」
ずっと、シャルルは周りに心配をかけまいとしていたのだろう。しかし、一度口に出してしまえば、自ずと抑えていた感情が出てきてしまう。次第にシャルルの語尾が強くなり、涙声が混じって行く。それを見かねたユリエとローラが、そっと彼女の肩を抱きかかえてやった。
「シャルル…あんまり自分を攻めちゃ駄目よ」
「でも!!あたし、やっぱり、前の閃光のがいいっ!!閃光を元に戻したい…!!」
ついに本音を吐き出してしまったシャルルは、感極まって、ユリエに飛びつくように抱き付いた。ユリエは優しく、嗚咽を漏らすシャルルの背中を撫でてやる。
「……シャルル。あのね、わたしもそう思う。前の閃光の方が好きよ」
「ローラ…、ほんと?」
ローラの言葉に、シャルルがハッと顔を上げる。
「うん。だって、前の閃光じゃないと、恋愛絡みで一緒にみんなをからかったりできないでしょ?」
「………オイオイ」
思わず、ルーウェンが小声でツッコんだ。
ローラに続き、閃光の弟であるルキノもまた、ずずいっとシャルルの前に出てきて言う。
「オレも!オレも前の兄さんのがいい!兄さんは前だって十分優しかったのに、あんな誰にでも優し過ぎる兄さんなんて兄さんじゃないよっ!」
「ルキノも…ありがとう」
ローラとルキノの言葉に元気付けられたシャルルは、涙を拭き、ぐぐっ、と決意新たに握り拳をつくった。
「そうだよね…やっぱり前の閃光のがいいよね!こーなったら、みんなで頑張って閃光を元に戻そうっ!!」
「「おー!!」」
シャルルに賛同し、ローラとルキノも同じ様に握り拳を翳して、威勢良く声をあげた。
「前の鬼畜なアレが優しいっテ…あのバカストーカーの目は節穴カ…?」
「いや…本気でそう思ってるんだと思うぞ…」
ジーンとルーウェンがひっそりとツッコんだが、どうやらあの三人の耳には届いていないらしい。
かくして、この三人を筆頭とした、閃光を元に戻すための作戦が(否応無しに皆を巻き込んで)一念発起された。






「兄さん、兄さん!オレのこと覚えてる?」
閃光を元に戻すためにと、早速、閃光の弟であるルキノが勇んで声をかける。しかし、案の定、閃光は微かな記憶を頼りに首を傾げて言う。
「ああ……君は確か、ルキノ殿」
「ががーん!!に、兄さんがオレのことあざなで呼ぶなんて…オレの本名忘れちゃったの?!」
「イヤ、前、アンタ兄貴にあざなで呼べって言ってなかったッケ」
「今は本名で呼んで欲しいよ!あ、そうだ兄さん!オレの話を聞いて!故郷での昔話を話せば、もしかしたら何か思い出すかもしれないから!」
ルキノは閃光にずずいっと接近し、問答無用でうっとりと語りだした。
「あれは、兄さんとオレがまだの幼少の頃だったかな……。兄さんが一人で遠方修行に行っちゃってさぁ、オレ寂しくて堪らなくて、ずーっと徒歩道も馬車も汽車もくっついて着いてって、現地まで行っちゃったことあったんだよねぇ。兄さんは先生にこっぴどく叱られたのに、俺のことは咎めないでくれて…。本当に兄さんは優しかったなぁ…」
「ふ、ふーん…」
適当な相槌を打つ閃光の顔色は、心なしか青ざめていた。
「こいつ、完全にストーカーだ……」
「子供の頃から兄貴に苦労させる問題児だったんだネ……」
ルーウェンとジーンは、閃光を憐れみの目で見詰めた。
「……も、申し訳ないけど…覚えてないかな」
「ええぇ!!オレと兄さんの大切な昔話なのにぃっ!!」
「……イヤ、多分本人は覚えてない方が幸せな記憶カナ」
「ごもっともだな」
閃光が故郷でしていた随分な苦労を思い、二人は少しだけ閃光のことを見直したくなる気持ちになった。
見事に作戦失敗した上、兄に思い出を忘れられたショックで落ち込むルキノを引っ込め、今度はローラがダンボール箱を手に現れた。
「次は私の番ね♪ 閃光、これを見て♪」
「ッ?! ろ、ローラ殿……ななななんですか、この得体の知れない物は……」
目の前で開け放たれた段ボール箱の中身を凝視し、閃光の顔色が、真っ青を通り越して青紫色になった。ついでに、周りにいた皆の顔色も悪くなった。当然である。ダンボールの中に無造作に詰められた、ある意味圧倒的な存在感を醸し出している、怪しいその物体たちの正体は……
「何って、調教グッズでしょ? 閃光が日頃から『シャルルに使うんだ』って怪しい通販で買い集めてたものじゃないっ」
ああ、やっぱりか……と周囲に居合わせた全員が脱力した。
それにしても、閃光が前々から怪しいグッズを買い集めていたことは周知の事実であったが、閃光が元に戻る切欠になるかもという理由がなければ、極力目視したくなかったシロモノである。
閃光は、わなわなと体を震わせ、そしてまっさらに、凛々しく首を振った。
「ぼ…僕がこんなものを…信じられません!用途はよく分かりませんが、こんなものを人に使うだなんて酷いことです!」
最初からこんなシロモノで元に戻る期待はしていなかったが、予想以上の清廉潔白な発言に一同は驚愕した。
「マジかよ…。あのドSの化身の閃光が、真面目なこと言ってやがる…」
「これは本気で変わっちゃったみたいね」
特に、閃光の傍若無人っぷりを見、巻き込まれてきたルーウェンとクローディアにとって、それは無意識に口に出さずにはいられないほどの衝撃である。
それと同時に、記憶喪失になったことで、本当に閃光は変わってしまったのだなあ……という複雑な心境を抱かずにはいられなかった。なんだか、底知れぬ違和感がざらざらと胸に張り付いてくるような。
「あーん、駄目か。失敗ね」
「………じゃあ、閃光、これなら…どう?」
ローラの後ろから、それまでずっと黙っていたシャルルが閃光に歩み寄って行く。
するとシャルルは、スルリ、と自ら上着を脱ぎ、華奢な肩を露出させた。
「シャルル?! 一体何をするつもり?!」
驚いて止めに入ろうとするクローディアやユリエを振り切り、シャルルは、上半身、お腹を出した薄いタンクトップのみという格好で、閃光の肩にしなだれかかった。その一連の光景を見て、ルーウェンはいち早くシャルルの思惑に気付いた。
「おいおい、まさか、閃光を誘惑してドSな性格を思い出させようってか? 随分と危険な賭けだなぁ…」
もしも、これで期待通り戻った場合、シャルルの辿る結末を想像するだけでなんとも悪寒がする。
だがしかし、閃光の最も好いていたシャルルならば……否、シャルルでしか……閃光を元に戻せないような気がして、皆は、これをひたすら見届けるほかないという念に囚われた。
シャルルは、まだ幼いながらも、瑞々しい上半身の肢体を露骨に主張するようにしつつ、潤んだ目を閃光見つめた。
「どう…? 閃光、何か感じない…?」
「………」
閃光は、ひどく困惑したような面持ちで、眼を見開いたまま硬直している。
シャルルは、ごくり、と生唾を飲み込むと、更なる押しの一手と言わんばかりに、あと数センチで唇が触れそうなほどに顔を近づけた。
「あたしに…色々したくならない…?」
言った瞬間に、こんな大胆なことを皆の目の前で言っているという羞恥が働き、シャルルの顔がカァァッと真っ赤に染まりあがった。
どくん、どくんと、シャルル本人も、それを見ている皆もが、心臓を大きく高鳴らせ、閃光の反応を見守る。閃光は暫く黙りこくっていたが、不意に、スッ……とシャルルへと手を伸ばした。



「……女性がそのような格好をするものではありませんよ。シャルル殿」
「…――ッ!!」



閃光は、そう言って優しく微笑み、今にも腕から落ちそうなシャルルの上着を、再び掛け直してやった。
あまりにも紳士的に。それだけだった。
「うそでしょっ…?!」
「あの閃光が、シャルルに手を出さないなんて…!」
ローラとユリエが、思わず叫び声をあげる。
シャルルは、眼を大きく見開き、閃光が掛け直した上着を、ぎゅうぅっと強く抱き締める。次第にその握り締める手がカタカタと震えてきて、食い縛ったシャルルの口から、っふ、と微かな嗚咽が聞こえてきた。
「シャルル殿?…」
シャルルの異変に気付いた閃光が、咄嗟に呼びかけたその瞬間、シャルルの目元から涙が溢れた。
「……せんこーの…せんこーのばかぁぁぁっっ!!!」
閃光の手を乱暴に振り払い、シャルルは全力疾走で部屋を出て行った。
「あ、シャルル!待ってっ!」
慌ててローラがシャルルを追いかける。それに続き、私も、とユリエもまた部屋を後にした。
ぽつんと部屋に取り残された者達は、凍りつくくらいの静寂に暫時包まれていたが――…不意に、ルーウェンが閃光に重々しく近付いていった。
「…オイ、閃光」
「ッ?!」
そして、バゴッ!!と容赦なく閃光の頬を殴りつけた。閃光はかろうじて受身を取りつつも、フローリングの床にドサッと尻餅をついた。
「つっ…、な、何をなさるのですか?」
真っ赤に腫れた頬を摩っている、あまりに弱弱しい閃光の面構えを見て、ルーウェンは、はぁー…っ、と大きな溜息をついた。
「……あー、もう、今のお前には呆れたぜ。確かになぁ、前の閃光はどーしようもない鬼畜ドSで、そのくせ時々へっぽこで、いつも俺や皆の恋愛事にいらん首突っ込んでくる厄介な奴だったけどよ…、……それでも!!それでも、俺の大事なマブダチだったんだよ!!一緒に戦って、嬉しさも悔しさも分け合った俺のマブダチは、前の閃光だけなんだよッ!!少なくとも、こんな風にシャルルを泣かすような奴じゃあ絶対になかったぜッ!!」
普段はおくびにも出さない、ルーウェンのマブダチへの思いを耳にした皆は、何も言えずに立ち尽くした。
「ルーウェン…あなた、そんなに閃光のこと…」
「……オラ、行くぞ。シャルルにちゃんと謝ってやんねーと」
かろうじて出たクローディアの言葉を遮って、ルーウェンは閃光の襟首を掴んで引っ張り起こすと、半ば強引にシャルルの元へ行くよう促した。閃光は無言のまま、コクリ、と静かに頷いた。






部屋を飛び出したシャルルは、村の隅で縮こまり、ローラとユリエに背中を撫でられていた。
ルーウェンや閃光たちが辿り着いたとき、シャルルは一瞬顔をあげたが、すぐに泣き腫らした目を隠すように、ふいと俯いてしまった。
そこでルーウェンが、ほら、と閃光の背中をばしんと叩き、シャルルの元へ行くように促した。閃光は戸惑いながらも、おずおずとシャルルの傍らに膝をついた。
「…シャルル殿……」
「……止めて。慰めになんか来なくていーよ…。だって、今の閃光は閃光じゃないんだもん…。あたしの好きな閃光じゃないんだもん」
ぶつぶつと喋るシャルルの声が、徐々に震えてくるのが皆にはよく分かった。それがあまりに痛々しすぎて、ローラ、ユリエ、イライザたちは思わず涙目になった。
シャルルは、閃光をギッと睨み付けると、おもむろに立ち上がった。
「あたしが好きなのは前の閃光だけなのッ!!今のあなたは一体誰なのッ?!あたしの、あたしの好きな閃光を返してよ―――ッッ!!!」
シャルルの叫びに賛同するように、ローラが、そっとシャルルの肩に寄り添った。
「……わたしも、前の閃光のが好きよ。閃光は、皆のこと一緒にからかって楽しんだ、随分捻くれてイイ性格してた閃光だけ」
続いて、ルキノ、ウィル、イライザも、ローラと同じように、閃光を見据えて言う。
「俺の兄さんも、今よりは優しくないけどそれでも十分優しかった、前の兄さんだけだ!!」
「そうだね。僕が間違ってた。閃光は、あざなも付け忘れるし、ござる口調も話せないし、レベルも皆の中で一番低いし、攻撃も全然当たらないし、侍として半人前だけど、なんだかんだで憎めない閃光だけだよ」
「無垢なシャルル殿を襲撃する手の施しようがない鬼畜問題児で、拙者とヴァジー殿のことに逐一首を突っ込んでくる傍迷惑な奴でござったが、それでも…閃光はあの閃光だけでござる」
「皆、それ、褒めてんのか貶してんのか分かんないヨ」
物凄い容赦ない言われっぷりに、ジーンが思わずツッコんだ。
だが、そんな彼等の発言にも、ルーウェンはうんうんと深く頷いた。クローディアもまた、なんだかんだで閃光が皆に慕われていたことを、しみじみと感じさせられていた。
完全に皆から否定されてしまった閃光は、暫く顔を俯かせていたが……やがて、フッと顔をあげる。その表情は、あまりに妖しく、異様なほどに、ニッコリと微笑んでいた。それに気付いた皆は、途端にゾクッと激しい悪寒を覚え、咄嗟に身構えをして後ずさった。



「……クスクス…。皆、そんなに前の彼が好きなんですか。どうしようもないですねぇ。大人しく、今の紳士な僕を受け入れておけば良かったものを……」



「何…を言ってるんだ?」
「あなた…もしや、本当に閃光じゃないわね?!」
明らかに異質なものの気配を感じ取ったクローディアが言い放つと、閃光は、くつくつとした笑いを、徐々に大きく漏らしていく。
「クスクス……フッ…ハハハハハ!! あぁ、そうだよ。僕は記憶喪失によって生まれた"閃光"じゃあない。僕は、あの壷に閉じ込められていた"魂"さ」
「魂…?!!」
皆、その言葉を反芻し、目を大きく見開いて驚愕した。
閃光に憑依した者は、ビッ、とアデルの家の方を指差しながら言う。
「あの家に住む召喚士の女に、数十年前に壷の中に封印されていてね…。ずっと解放の機会を窺っていたところに、あの馬鹿な侍が、壷にぶつかってきて、体を提供してきてくれたというわけさ」
閃光が壷にぶつかったあの時か、とルーウェンは思い、短く舌打ちをした。
閃光が憑依されているという真相を目の当たりにし、ついに堪えきれなくなったシャルルは、ドンッと彼の憑依者に詰め寄る。
「それじゃ、今、閃光の魂はどうなってるの…?!」
「心配しなくてもいい。ちゃんと中にいるよ。ただし、僕に押さえ込まれて、深層心理に追いやられてしまっているけどね」
「そんなの、酷いよ…! 閃光を返してぇっ!!」
閃光の胸板を力一杯叩き、泣き叫ぶシャルルを、憑依者は鬱陶しそうに引き剥がすと、ニヤリと企むような笑みを浮かべた。
「お断りだね。折角手に入った体だ…。上手く具現化出来てはいないけれど、この悪魔の潜在能力は大したものだよ。僕なら、彼よりも上手にこの体を扱える…。また悪事もし放題だよ。当然、返すわけないだろう? アハハハハ……!!」
「まずいわね。このまま逃げられてもしたら、閃光の体が奪われたままになってしまうわ…」
「くそっ…、一体どうすればいいんだよっ!!」
どうすればこの憑依者から閃光を救い出せるのか、咄嗟には思案もつかず、惑い果てている皆の目の前で―――不意に、閃光の背後にヴァジーヌが颯爽と現れた。



「閃光。御免でござる」
「ッッ?!! 貴様、いつの間、に――――」



ゴ――――――――――――ン!!!!!



間髪入れず、ヴァジーが閃光を殴打した。皆の記憶に新しい、閃光がぶつかった例の"壷"を用いて。
次の瞬間、ドサッ、と力無く閃光が倒れ、慌てて皆が近寄って念のため取り押さえる。だがそれは杞憂だったようで、さきの禍々しい気は、すっかり消え失せていた。
「ヴァジー殿、その壷はもしや…?!」
「にん。これは閃光に乗り移っていた魂が封印されていた壷でござる。もう一度叩いたことで、無事に再び封印されたはずでござる」
慌てて駆け寄ってきたイライザに、ヴァジーは壷を見せながらそう説明した。
そのヴァジーの言葉に、シャルルが大きな目を瞬かせた。
「ほんと…? それじゃあ、閃光、元に戻ったの…?」
「にんにん」
ヴァジーは、笑顔で二度頷いた。
シャルルは、込み上げてくるものに体を震わせ、感極まって閃光の方へと飛びついた。
「閃光! 閃光っ!!」
「っつ、ぁ…。くそっ、二回も頭に衝撃与えやがって…痛いじゃねえか」
閃光は幾分すぐに気付き、痛む頭をもたげ、ゴキゴキと首を鳴らした。
「ほんとに閃光なんだね? あたしの好きな、閃光なんだよね…?」
「……ああ。戻ってきたぜ、シャルル」
閃光は、まだ少し意識が朦朧としているようだったが、確かな口調でそう答えた。
「せんっ…、せんこぉぉ……!!良かった、良かったようぅ……!!!」
シャルルはぽろぽろと大粒の涙を流し、ガバッと閃光の首に抱きつく。懐かしい温もりが、後ろ頭を優しく撫でて応えてくれる手のひらが、確かに彼であると教えてくれた。
そんな二人の光景を見て、弟ルキノも、またおいおいと泣いていた。
「本当に良かったよ…兄さんが元に戻って…!」
「めでたし、めでたしだネ。……って、なんでアンタは兄貴じゃなくてワタシに抱きついてんのカナ」
「だって、今兄さんはシャルルが占領してるから、ジーンに抱きつこうか…とっ!!」
「ふざけんじゃあないヨッ」
べたべたと纏わり付いてくるルキノに、ジーンは容赦なく拳を一発お見舞いした。
一方、見事に事件解決の救世主となったヴァジーを、イライザ・ルーウェン・クローディアが囲んで話していた。
「それにしても、ヴァジー殿、よく閃光が憑依されていたことに気付いたでござるなぁ」
「にん。以前から、あの壷から禍々しい気が出ていたでござる。それが、閃光が激突した直後に消えたものだから、恐らく閃光に憑依したのだろうと思ったでござる。故に先刻から、ママさんに戻し方を聞きに言っていたでござる」
「なるほどなぁ。で? アデル師匠のママさんは、戻し方はなんだって?」
「『もいっかい叩けば戻るんじゃなーい?』と言っていたでござる」
「…なんともママさんらしいわね」
兎にも角にも、今回はヴァジーの機転に救われたなぁ、と皆はしみじみ感じずにはいられない。あのまま閃光が憑依されたままでは、相当大変なことになっていたに違いないだろう。
壷は、危険なので今後とも倉庫の奥深くにでも封印するとして、事件は無事解決した……



…ように、見えたのだが。
「……ところで。俺が乗り移られていた間も、お前達の会話がしっかり聞こえてたこと、知ってるか?」
「「「「「へっ?」」」」」
きょとん、と間の抜けた声を出す皆に、閃光はニッコリと怪しい笑みを浮かべた。
嗚呼。目が完ッ全に笑っていない。それに、オーラに鬼畜度が満点です。
「お前達……よくも、俺の意識がないと思って、随分と好き勝手言ってくれやがったなぁ…? 勿論、それ相応の代償は覚悟出来てるってことだよなぁ…?」
「「「「「げげっ……!!」」」」」
元祖・鬼畜ドS侍、御降臨。
やっぱりこの人、正真正銘のホンマモン。
「やべぇ!!皆、逃ーげろぉぉぉッッ!!」
「はぇ?!ちょ、ちょっと、みんな待ってよぉ?!」
ルーウェンを先頭に、皆が一斉にその場から脱兎する。閃光に抱きついていたシャルルもまた、慌てて皆を追いかけようとするが、案の定、その腕をがっしりと掴まれ引っ張られて、ぽすん、と彼の胸板の中に収納された。自分をしっかりと捕まえている閃光の腕が、シャルルには、なんだか自分を閉じ込める檻のように見えた。
「おっと…シャルル、特にお前は逃がすわけにはいかねーんだよなぁ……。お前がさっき誘惑してくれたせいで、ずっと溜まってんだよ。ちゃんと責任取ってくれよな……ククッ」
「にっ……にゃぎゃ―――――――っっっ!!!!」
耳元で妖しく囁かれた恐ろしい言葉に、シャルルは激しい悪寒を感じ、力一杯絶叫する。
閃光が帰って来たホルルト村は、今日も非常に、非平和的で賑やかです。



キミはキミのままでいてね。ずうっと変わらないキミが、一番大好きだから。
………鬼畜過ぎるのは、困るけど!










あとがき。
以上、侍×盗賊小説でした。また久し振りにディス2の話を。ディス3の話に詰まってこっちに里帰りしてきたわけじゃあないですよ!(ふーん
今回は、以前リクエストで書いた記憶喪失話の閃光ver.です。前がひっじょ〜にシリアスだったので、今回は大分ギャグ要素強めに。閃光の皆からの扱われ方がよく分かる(笑) 一応なんだかんだで愛されている証なんです、多分。(え)
それでは、ここまでお読み下さり有難うございました。お気に召して頂けましたら幸いです。



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