君の名を、呼ぶ





「ねぇツァイス、貴方今度ギネヴィア様に会って欲しいんだけど。」
「…え?」
外庭で槍の稽古をしていた姉妹。王妹殿下親衛隊長になりたての竜騎士ミレディと、その弟ツァイス。
ツァイスは騎士になったばかりで、腕はまだ未熟だが、大いなる可能性を持った人物だった。
そんなある日、姉から王妹殿下に会って欲しいと言われたのである。
ミレディがツァイスの事を話したら、ぜひ会ってみたいと言われたのだそうだ。
「お、俺が?!そんな恐れ多い…!」
「ギネヴィア様直々のお願いなのよ。ね、いいでしょ?ツァイス!」
いつもツァイスを引っ張ってくれて、そして強く信頼している姉にそこまで言われては断りようもなかった。
それに王妹殿下直々の願いとなると、断ればどうなるかわかったものではない。騎士になったばかりの若造が、大きな態度だと思われるのだろう。
出世はどうでもいいんだが、騎士であると言う事を否定されるのは避けたかった。
ま、姉がこんな感じで明るく頼み込んでいる様子を見ると、そんな心配をするほどのものではなさそうだが。
「…いつ?」
「明後日の祝日…だけど?もしかして、会ってくれるの?」
目の前で手を打ち合わせている両手をそーっと下げながら、ミレディが首をかしげた。
ツァイスは照れたように軽く笑って、
「姉さんの頼みじゃ断れないよ」
「やったー!ありがとうツァイスッ!!」
大喜びする姉を見て、ツァイスは苦笑いした。
いつもはすごい凛々しい姉が、ギネヴィア様かゲイルさんの事となると、別人のように子供っぽくなるのだから。
「じゃ、稽古再会!」
「え?ちょっ、ずるいぞ姉さんっ!」
いきなり槍(訓練用の木製)を向けられて、ツァイスは慌てて自分の槍を取った。
「いくわよー!」
この後、不意打ちをかけられたツァイスが、床をはいずりまわってゲイルに助けを求めている様子が多々目撃されたらしい。






約束の日、待ち合わせ場所の城の中庭に、ツァイスはいた。
時計塔が、約束の時間を示す。緊張しているせいか、異様にそわそわして、かなり周りから見ると怪しく見えるかもしれないが。
「………。」
しかし、いつまでたっても姉と王妹殿下は現れなかった。
「ドッキリかなんかだったのかな…?」
いつの間にか変な想像も思いついてくるし。普通にすっぽかされたとか、用事があるとか考え付かないのだろうか。
時計塔に背を傾ける。そして一回、ため息をついた。
「姉さんの馬鹿・・・。」
いやだからドッキリじゃないから。姉のせいにしてるし。
「だ〜れ〜が、馬鹿ですって?」
「うわあああっ!!!ね、姉さんっ!!!」
びっくりして時計塔から素早く離れる。
そして慣れたような守りの体勢をとって、しかも涙目である。どうやら前科持ちの様で…。
「ま、いいわ。それよりもツァイス、実は今日、ギネヴィア様が来れなくなってしまったの」
「…ハァ?」
目を丸くして、ゆっくりと守りの体勢を解く。
「ギネヴィア様、どこかの公爵家の祝電に招かれて、急に行かなきゃならなくなったの。
ギリギリまで反対したんだけど、結局ダメだったわ」
ツァイスはとりあえず納得した。けれど、一つの疑問が思いついた。
「ねえ、なんで王妹殿下様がそんなに反対したの?」
「違うわよ、一応ギネヴィア様もだけど、反対したのは私。
だってギネヴィア様には、私の事もっと知ってもらって、もっと信頼して欲しいんだもの。」
「…………はあ」
その忠誠心の尽くしっぷりには敵いません、とツァイスは意見を引っ込めた。
呆れて中庭を見渡す。(彼的には明後日の方向を見てるつもり)
その時、姉の後ろに隠れている、女性が気になった。
よくは見えないけれど、白い服を着ていて、茶色の髪、そしてこちらを必死に見つめる、大きな澄んだ瞳が。
「姉さん、あの人は・・・?」
「あ、そうそう。ギネヴィア様は来れないけど、そのかわり私と同じくギネヴィア様にお仕えしている、シスター・エレンを連れて来たのよ。
ほらエレン、私の弟のツァイス。あいさつしてくれない?」
そうミレディが言うと、後ろからおずおずとした感じに、シスター・エレンが出てきた。
「…エレン…です。ツァイス…様、初め…まして…。」
小さな、か細い声で、ツァイスの名を呼んだ。その途端、ツァイスの顔が赤く火照った。
姉につんと指摘されて、慌てて声を返した。
「あ、初めまして、…エレン。」
初めて、彼女の名前を口にした。なんだか、気持ちがいいような、火照るような感覚に見舞われた。
…と言うより、どこか嬉しかった。
しかし、彼女が異様に震えていることに気づき、焦って手を差し出し、彼女に触れようとすると。



「いっやああああああああああああっ!!!!!!!!!!」



差し出した手は見事にばちんとはじかれ、耳にくる大声をあげて、エレンはダッシュで走り去ってしまった。
ぽかんと、その様子を見送るツァイスに、ミレディが言った。
「あちゃあ…。ツァイス、あの子実は男性恐怖症でね。言おうと思ったんだけど、遅かったわね…。」
「男性…恐怖症…。」
それで、さっきから異様に震えていたわけだ…。と、ツァイスは確信した。しかし、はっと気づくと、エレンが逃げた方に走って行った。
「ちょ、ちょっと!ツァイス、どこ行くのーっ?!」
姉の問いも聞かず、ツァイスは走り続け、ついには見えなくなってしまった。その様子を見ていた姉は、こう考えた。
「はっはーん、まさかあの子…。」
この予想は、当たっているのか、はずれているのかは、まだわかる所ではなかったが。
エレンを追いかけて走っていると、ふと周りの背景に気がついた。
先ほどのような明るさはなく、妙に薄暗い…そう、まさに陰になっている城の裏庭のような。
しかもこんな奥まで来たのは初めてで、姉からもこのような場所の事は耳にしていない。
本当にここらにエレンはいるのだろうか、となんだか心配になってきた。
そんな風に迷っていると、ふと、更に奥の方から水音が聞こえた。優しいせせらぎのような、そんな音が。
それにつれられるように奥に行くと、そこには古めかしい井戸があり、その影になっている人が見えた。
見えにくいものの、ツァイスはすぐに、その影の主がわかった。
自分が見間違えるわけがない、あの影を…。
まだ会ったばかりなのに、何故そんな気持ちになるのか、ツァイスはよくわからなかった。
が、それでも心のどこかでそんな確信を抱いている自分がいて…。
「エレ…」
「…はぁ」
声をかけようとしたが、それは彼女のため息で防がれた。
陰になっている彼女…エレンは、ツァイスに気づいていないようだ。
そのまま、自分の言葉を続ける。
「どうして…あんな事してしまったのかしら…。いくら男の人が怖いといっても、ひっぱたいて良い訳なんかないのに…。
謝りたい…。ツァイス様に…。」
その瞬間、ツァイスの胸がどきんと高鳴った。
井戸の影で、ひっそりと呟く君。そんな彼女の姿が自分の中でありありと思い描かれてしまう。
自分のことを、自分にしてしまった事を、必死で考えている君――。
例えそれが当然のものであろうとも、何故か胸の高まりは収まらなくて。
なんで、こんな事を考えているかさえもわからなかった。ただ、目の前の君を一心に見つめるだけで、こんなにも…。



「エレン」



はっと気づけば、もう遅かった。
なんとなく自分の口から漏れた言葉。それは真っ直ぐに彼女の耳に伝わってしまった。それに反応し、ばっとこちらを向いた。
「あ…。」
ツァイスを見て、エレンはびくんと体を震わせた。
男性恐怖症、それが出ているのだとツァイスにはすぐにわかった。
しかし、わかったところで自分が何をすれば良いのかなんてツァイスには予想も出来なくて。
そんな不甲斐無い自分に、腹が立った。
震えるエレンは、必死でそれを抑えようとした。唇をぎりっと噛み、ゆっくりと立ち上がって、真っ直ぐにこちらを向いた。
「あ…の、ツァイス…さ、ま…。」
必死に、自分の名を呼んだ。
彼女がこんなに頑張っていて、そして自分の名を呼んでいる様。それを見てこんなにも嬉しくなるのは、何故なんだろうか。
「先程は…その、すみませ…ん、でした…。私、あの、顔を…ひっぱたいたりなんかして…。」
「え、これ?」
エレンを思うことに一心になっていたツァイスは、ひっぱたかれた事なんて忘れていた。
しかし、気づいてしまうと何故かひりひりと痛み出す。
きっとこう言う事を「気持ちの問題」と言うのだろう。
「!」
赤く染まっているツァイスの頬を見て、エレンは口に手をあて、目を大きく見開いた。
きょろきょろと周りを見渡し、ぱっと近くにあった布を井戸の水でぬらした。
そして小走りでツァイスに近づき、背伸びして彼の頬に、ぬらした布をあてた。
「…エレン?」
「あの、冷やさないと駄目です…。私のせいですし、その…。」
「……。」
初めてのこの接近に、胸の高鳴りは更に高くなった。赤く染まった頬が、また別の意味で全体的に赤くなっていく。
これだけ近いと、ごまかしもきかない…。
「ツァイス様?」
「あ、えっと、えー……。」
ますます赤く染まっていく顔。どうしたらいいのか、そんな考えも浮かばない。
ただ、目の前にある彼女の顔に見惚れるばかりで――。



「ツァイス――――ッ!!!」



二人のぎこちない様な空間を破ったのは、他でもないツァイスの姉、ミレディの声だった。
その声が聞こえると共に、こちらに向かって来る姉の足音が聞こえ、ハッとツァイスは我に帰る。
その瞬間エレンもパッとツァイスから身を離し、また肩を震わせている。
ここまで近づいたのはエレンも初めてなのだろうか。
ほのかに赤く染まっているエレンの頬に、ツァイスは気づいたが、そのタイミングにあうかのようにミレディが到着し、二人に話しかけた。
「どこ行ってたのよ、二人共!こっちはすごい心配したんだからね」
ごめん、と姉に謝ったツァイスは、それからちろりとエレンの方を見た。エレンはミレディに深く頭を下げ、謝罪していた。
そのエレンにミレディは「エレンは気にしなくていいのよ。全部ツァイスのせいなんだから」
とへらへら笑いながら言った。ちょっとカチンときたものの、今はエレンの方がとても気になった。
しかし、ぱっと頭を上げた後、エレンはこちらに振り向きもせずに去っていってしまった。
その後姿を見届けたツァイスは、どこか切ない様な気分になったが、「もう帰るわよ」との姉の声に従い、その場をあとにした。






「…はぁ」
「何?どうしたの溜息なんかついて。」
帰ろうとそれぞれの愛機の飛竜に乗り込んだ姉弟は、たった今城を飛び立った所だった。
先程のエレンが忘れられない様な感じのツァイスを見て、ミレディはふう、と一息漏らした。
「…あら?」
そこでふと、後ろを振り返ったミレディは、ここから良く見える城のバルコニーに立っている人影に気づいた。
それをよく見て、ミレディはこう静かに呟いた。
「…エレンだわ。」
「ええ?!」
呟きにもかかわらず、その言葉にツァイスは大きく反応を示した。
そして、「あそこよ」とミレディがバルコニーの方をさすと、確かにそこにいるエレンの姿をツァイスは垣間見た。
バルコニーに、まるでこちらに気がついて欲しい、と言う感じに立っているエレンは、
じっと二機の飛竜に視線を向け、憂いながらも、どこか愛おしそうな瞳でこちらを見ていた。
そして飛竜がどんどん城から離れていき、それを見たエレンは、小さく手を振り、そして中へと戻って行った。
その彼女の姿を、ツァイスはずっと見つめていた。
そして、いきなりツァイスはふっと微笑んだ。
「ちょ、どうしたの?」
「…決めた。」
「…え?」
ミレディは、ツァイスに問いかけたものの、そのかみ合わない返事に疑問の言葉を発した。
「…決めた。俺、諦めない。」
その後もブツブツと呟き、それからにっこりと笑い、勢い良く飛んで行く弟を見て、ミレディはあぜんとした。
…しかし、すぐにその様子の真意を察し、ミレディもまた、ふっと笑った。
「…苦労するわよ、ツァイス」






この後、ツァイスは毎日のように城に飛んで行き、その事をミレディとゲイルにかなりからかわれたのは言うまでもなかった。
しかし、その表情には、日々が経つごとに嬉しそうだった。
まるで、彼女への思いを表すように。
いつまでも思いは消える事のない、二人の始まり――。



「俺、諦めない。エレンと絶対、話せるようになってやる――。」



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