「はぁ……」
不意に、誰かの小さな溜息がひとつ、ホルルト村の空に放たれ溶けていった。
ホルルト村に幾つも群生している木々、そのうちでも一番大きな木のてっぺんに、濃い青紫の長髪を風になびかせ、遠い空の向こうをいたずらに見詰めている、一人の女忍者の姿があった。
彼女の名は、イライザ。
戦士ルーウェンを師とし、素早い身のこなしもさることながら、烈風の術(メガウインド)と火遁の術(メガファイア)、その他類稀な能力を持った忍法を行使し、戦いでは欠かせない存在。
そんな彼女が、こんな所でこんな風に一人たそがれているのには、深い深いワケがあった。
「拙者はこれから…どうヴァジー殿と接すればよいのでござろう…?」
そう、イライザが悩みは、相棒である男忍者ヴァジーヌのことについて。
つい先日の、それぞれの勘違いから起こったすれ違い……。皆の協力(?)を経て、なんとかそれは解決したが、その際にあった、『自分が彼に告白しかけたこと』と『自分が彼に口付けされかけたこと』が問題なのだ。
結局、両方とも、成すまでは至らなかったものの……あれ以来、イライザはヴァジーのことを完全に意識してしまっていた。
しかし、そう広くはないこの村で、彼と顔を会わせない日はある筈もなく。せめて少しでも精神を落ち着かせようと、忍者特有の身のこなしを活用し、こんな木の上に一人佇んでいる、というわけだ。
「はぁ……拙者は一体、何をしているのでござろう…」
自分自身に皮肉っぽく呟くとおり、ずっとこんなことをしていて良いはずがないということは、とっくに分かっているのだが。まともに顔をあわせられる自信は、全く、ない。
「ヴァジー殿…」
胸を切なく締め付けて止まぬ、相棒であり想い人でもある、かの名前を呟いて。
明確な答えには一向に辿り着くことが出来ず、イライザはただただ途方に暮れた。





コイムスビ





「ねぇ!そこで何してるの、イライザー?!」
突然、下の方から誰かに声をかけられ、イライザはぎくりと身を震わせた。
「そ、その声は…ローラ殿でござるか?」
独特の可愛らしいソプラノの声からして、自分を呼んだ人物が誰かはすぐに特定できた。恐る恐る下を見やると、確かにそこにはローラがいて……+α。今一番面を会わせたくない奴もいた。 「…どうして閃光までいるのでござるか」
そう。我が可愛い妹(と思ってる存在)シャルルに手を出している、最凶最悪の宿敵、ドS侍閃光。
「なんだよ。俺がいたら不服か?」
「当たり前でござる!」
あっけからんとした顔で言ってのける閃光に、イライザは怒りを露にして叫んだ。
「まぁ、こんなところで、首を上にしたまま話すのもなんだしな。とりあえず降りてきたらどうだ?」
「………」
イライザの威嚇に全く動じることなく、そう促す閃光。確かに、向こう(というかローラのみ)にずっと首を上げさせているままなのはアレなので、一先ずイライザは木から飛び降り、スタッ、と敷石の上に華麗に着地する。
「…で、拙者に何か用件でも?」
「あぁ、用といっても、なんであんなところにいたんだろう、って素朴な疑問くらいだが……まぁ、実質俺程度になれば、そのくらい聞かずとも分かるんだけどな」
妙に回りくどい閃光の言い回しに、イライザの額に青筋が入る。
「…貴様、先程からなに訳の分からぬことを…」
「ヴァジーと、どう接すればいいのか分からないんだろう?」
痺れを切らして口を挟んだ瞬間、閃光は、不意打ちの如く、尚且つストレートに意中を突いてきた。途端、ずざざざざぁ!!とイライザは大袈裟なまでにその場から後ずさった。
「ッ?!! なっ、なっ、なななっ…?!き、貴様、何故それを…?!大体、貴様はあの時いなかったはずではっ…?!」
そう、つい先日のあの一連の騒動が起こった時、閃光はマブダチのルーウェンと修行に行っていて、確かにホルルト村にはいなかったはずなのだが……。
「あ、ごめーん、面白かったからつい閃光にも話しちゃった、てへっ☆」
「ろ、ローラ殿ぉ……」
やっぱりか、とイライザはその場に力なく項垂れた。
すると、閃光は突然、なにやら得意気にニッコリと怪しく微笑んできた。
「そこでだ。そんな不器用乙女なイライザの為に、この経験値豊富な俺が手助けをしてやろうじゃないか♪」
とんでもない提案に、ぎょぎょっ、とイライザは目を見開いた。
「は…あぁぁぁ――――?!!ふ、ふざけるなでござる!!貴様は拙者の大事なシャルル殿をかどわかす宿敵!!そんな貴様の手を誰が借りるでござるか!!」
「まあまあ、遠慮しないで♪わたしも協力してあげるから、ね、イライザ♪」
「え、遠慮などしてないでござる!!」
寧ろ余計なお世話だ、という言葉は、流石にローラも混じってきた手前言えない為、そのまま苦しく呑み込んだ。
「…ほーお。じゃあいいのか、ヴァジーとこのまま気まずい状態が続いても?色恋に疎いお前一人で解決できる問題だとは思えないんだがなぁ…?」
「ぐ、くっ…!!しかし、貴様は…!!」
痛いところを突かれ、呻くイライザ。だが、断固として退けない理由というのもあるわけで。
イライザが、宿敵の手を借りるというのがどうにも受け入れられないことを悟ってか、閃光は爽やかな笑みを浮かべる。
「なぁに、これは優しい俺のボランティアってやつだ。シャルルを巡っての戦いは、この際一時休戦といこうぜ。別に、借りを作っておこうってつもりもないしな」
「……閃光…貴様…」
「それに、お前がどうしようと結局シャルルは俺のものなわけだしな」
「……やはり、どうしようもないドSでござる…!!」
意外といい奴だな、なんて一瞬でも思ってしまった自分に、イライザは激しく後悔した。






そんなわけで、イライザは、完全に流れのまま二人に協力して貰うことになった。
心配げに二人を見るイライザを尻目に、閃光とローラは、真剣なんだか面白がってるんだか判断し難いノリで、着々と話を進めている。
「さて、それじゃどうやってヴァジーとイライザの仲を取り持つかだが…」
「はいはーい!それじゃあ、まず私の作戦からいきまーす♪」
ずばっ!!とローラが勢いよく挙手し、両手の指を組み合わせると、そりゃもう熱烈に語り始めた。
「やっぱり、二人とも気が張り詰めちゃってるから駄目だと思うわけよ!そ・こ・で!『いつもと違う可愛い格好をしてヴァジーの気を逸らしついでに誘惑しちゃおう作戦』〜〜〜!!」
(も、物凄いネーミングセンスだな……)
通りすがりのルーウェンは、心の中だけでそうツッコんだ。
「なるほど、考えたな…。しかし、誘惑するなら、可愛いよりセクシー路線でいった方がいいんじゃないか?」
「駄目よ!それじゃいつもと同じじゃない。ここはどどんと意外性を突き、更に可愛さでヴァジーの心をキュンとさせる!ここにわたしの作戦の核心があるのよv」
誇らしげにそう主張するローラ。閃光は顎に手をあて、真面目な顔つきで頷く。
「ふむふむ…流石ローラだな。俺も一つ勉強になった。今度試させてみよう」
「き、貴様、誰に試させるつもりじゃ?!!」
「そこは気にするな」
気にするな、と言われて、はいそうですか、と頷けるわけがないのだが。明らかに、閃光の試したい相手はあの猫娘に決まっているのだし。ふざけるな、と杖を振り被るイライザを閃光は上手いこと制すると、素早くローラに目配せした。
「んじゃ、早速やってみるとするか」
「了解〜♪それじゃイライザ、こっちに来て〜♪」
「ぬうっ?!ろ、ローラ殿、ちょっと待って下され……ッ?!」
イライザのことなどお構い無しに、ローラはイライザを草むらに引き込み、そして―――



「のわあぁっっ?!!だ、駄目でござる!!せ、拙者はそのような召し物を着れるような器ではないでござる故…ッ!!」
「大丈夫、イライザは美人だからとっても似合うわよvささ、大人しく着替えてね〜v」
「ろ、ローラ殿、や、止めっ……ひぃああああああ〜〜〜〜〜っっ!!!!」



問答無用で、着せ替え開始。
長く仲間として一緒に戦ってきたが、こんな素っ頓狂なイライザの悲鳴は、今まで聞いたことがありませんでした。
通りすがりのルーウェンは、後でそう証言した。






約数分後。ホルルト村の外れの野原で、一人のどかにお茶をたてていたヴァジーのもとに、抜き足差し足忍び足で、一人の女性が近付いていく。
やがて誰かが近付く気配に気付いたヴァジーが、ちらりと視線を其方に向けると―――目の前の光景に、ぎょぎょっ、とヴァジーが珍しくも驚愕の表情を露にした。
風にたなびく青紫の髪を、可愛らしいピンクのリボンで縛り。ふりふりひらひらなレースがあしらわれた、お約束のピンク色のワンピースを着て。勿論ながら足元も、バレリーナのように可愛らしいトゥシューズを履き…ピンクロリータと証するに相応しい、その格好をしている女性は、間違いようもなく、己の相棒の女性―――
「イライ、ザ……?!!」
「ヴァ…ヴァジー殿……」
あまりに驚きを含んだ声で名を呼ばれ、イライザは戸惑いから目を泳がせながら、弱弱しく声を漏らす。
着慣れないスカートの裾を両手でしっかりと握り締め、落ち着かなさそうに足と足を擦り合わせている。そんな相棒の姿を垣間見て、ヴァジーは何度も瞬きを繰り返し、ひたすらに硬直している。
「い、イライザ…その格好は、一体……」
「その…こ、これは……別に好きでしてるわけじゃないでござるぅぅ……」
尋常ではない恥ずかしさに襲われているイライザは、顔を真っ赤に染め上げ、もはや泣き出してしまいそうな状態だ。
(何してるんだイライザ、そのままもっと近付け!)
(そうよ、折角ヴァジーもその可愛い格好に見惚れてるんだから!思い切って誘惑しないと!)
「そ、そんなぁ……」
無情にも、面白がってる二人は影からイライザにそんなことをけしかけてくるが、生憎、溢れ始めた涙で、もうまともに前すら見ることが出来ない。正直、立っているだけで限界だ。
「イライザ…」
そこで不意に、一歩前に踏み出てくるヴァジーの気配。
ビクン!とイライザは身体を震わせると、そこからはもう何かの糸が切れたように、ぶるぶると身体の震えが止まらなくなり、そして、ついには―――



「………や、やっぱり、拙者には無理でござるぅぅぅぅ〜〜〜〜〜ッッッ!!!!!!」



大絶叫して、脱兎しちゃいました。
取り残されたヴァジーは、困惑で眼を見開かせたまま、呆気にとられて固まっている。
草陰で一部始終を見守っていた(?)閃光とローラは、あーぁ…と肩をがっくりと落とした。






「駄目じゃぁ…やはり拙者は、金輪際、ヴァジー殿とまともに顔見せなど出来ないでござるぅぅ……」
あれから、イライザは、先程の仕打ちがあまりに恥ずかしく情けなかったのか、完全に絶望しきった様子で、弱弱しくそんなことを呻き続けていた。
「もう、弱気になっちゃ駄目よイライザ!さっきのは失敗したかもだけど、ヴァジーの反応も決して悪くなかったし!今度こそ上手くいくかもしれないわ!」
「しかし…拙者はもう…」
「大丈夫!元気出して、諦めちゃ駄目よ、イライザ!」
「ろ、ローラ殿……」
あまりにも哀れなイライザを見かねて、ローラが元気付けてやると、イライザも僅かに生気を取り戻した。閃光はそれを見計らってから切り出す。
「さてと。イライザも立ち直ったところで、今度は俺の作戦を試してみようじゃないか」
「せ、閃光…貴様、もしやまた悪知恵を働かせているのではあるまいな…」
「失礼だな。ちゃんと正攻法な作戦だぜ?……お、シャルル!丁度いいところに、ちょっとこっちに来てくれ!」
「にょー?どうしたの、閃光?」
なんともタイミングよく通りすがったシャルルを呼びとめ、自分の傍に引き寄せる閃光。イライザは嫌な予感がして、思わず杖を振り被る。
「シャルル殿?!貴様、一体何をッ…!!」
「まあ見てろよ。俺の作戦は、名付けて『恋愛経験豊富な俺がヴァジーに迫るテクを伝授してやろうじゃないか作戦』だ」
「阿呆か―――――!!!!貴様のようなタチの悪いドSに習うことなどないでござる!!!!」
当然ながら激怒するイライザの叫びを、閃光はフンと鼻を鳴らして軽く受け流す。
「意外とそうでもないかもしれないぜ?…いいかシャルル、これは今からイライザがヴァジーと仲直りするために必要な見本を見せるんだ。だからちょっと大人しくしてろよ?」
「イライザとヴァジーのためなの?うん、分かったよー」
あまりに単純に、素直に了承するシャルルに、閃光は不敵にニヤついた。
「よし、いいコだ……まず、思い切って素早く両腕を回す」
「にょっ?!」
「せ、閃光、貴様ァ―――!!!」
いきなりの閃光とシャルルの接近に、イライザは杖で閃光の頭を殴ろうとしたが、寸前で閃光がそれを諌めた。
「まあまあ、大人しく見てろよ。次に、回した腕の片方で、逃げられないように頭の後ろを押さえる……」
閃光は更に、言葉どおりシャルルの後頭部を押さえると、最高潮のニヤついた笑みを浮かべた。
「それから、もう片方で、優しく頬を撫で……顎を捕らえる」
「せ、んこ…?」 流石にここまで来ると、鈍感なシャルルも
閃光の真意を察知したのだろうか。顔が紅潮し始めてきている。
閃光は、鷹のような眼でシャルルを硬直させたまま……抵抗されるより早く、顔と顔の距離を近づけた。
「そしてそのまま……唇を奪u」
「烈風の術ぅぅぅッッ!!!!」
途端、ビュゴォォォォッ!!とイライザの烈風の術(※メガウインド)が炸裂する。凄まじい風圧に浚われた閃光は、くるくると面白いくらい宙を舞い、やがて、ドッサァ!!と思いっきり全身殴打して墜落した。
「にゃー!!せんこー、大丈夫?!」
「フ…イライザ…な、なかなか、やるじゃねぇ…か…ガクッ」
ドS侍閃光。そのドS故に、当然ながら成敗されました。
「あらら、閃光、大丈夫かなー?」
「心配する必要など無用!自業自得でござる!」
イライザはプンプンと怒りながら、倒れた閃光を放置し、その場から立ち去ろうとした、が―――。
「……イライザ?」
「え?…あっ」
なんの偶然か、おもむろに目の前で鉢合わせてしまったのは、なんとヴァジー本人だった。
怒っていて忘れた筈の、先程の恥ずかしさが急にぶり返してきて、イライザの顔が再び紅潮する。途端に居た堪れなくなり、逃げ腰になるイライザの背後から、ローラが慌てて小声で声をかける。
(逃げちゃ駄目よ、イライザ!ヴァジーと仲直りしたくないの?!)
(ししし、しかし…!やはり、今の拙者には、ヴァジー殿に顔向けする勇気など、微塵も…!!)
(よし、後は俺に任せろ!)
(って、閃光―――?!!貴様、いつの間に復活し……って、っ?!!)
閃光は、何処からともなく小刀を取り出すと、イライザの足元に向けて投げ放った。咄嗟にイライザはそれをかわすが、その拍子にバランスを崩してしまい、イライザの身体が大きく傾く。
「きゃあぁっ?!!」
「!! イライザッ!!」
ヴァジーは慌てて、イライザの身体に手を伸ばす。
次の瞬間、どったーんっっ!!と大きな音を立てて、イライザとヴァジーは同時に倒れこんだ。
「あ、いたたた……」
「………」
痛いといいつつも、実際のところ、打った身体は不思議とさほど痛くはなかった。イライザが恐る恐る眼を開くと、そこには、自分を包み込むように抱き締めて、自分の代わりに下敷きになってくれているヴァジーの姿があった。
「あ…!ヴァジー殿…か、かたじけないでござる…!」
転倒に巻き込んでしまった申し訳なさを感じつつも、本当のところは、ヴァジーが身を挺して自分を庇ってくれたことがとても嬉しい。イライザが慌ててお礼を言い、顔を上げた、その瞬間―――
「?! ヴァジー殿ッ?!!」
漸く、イライザはヴァジーの異変に気付いた。
なんと彼は、顔を紅潮させて、眼を回していた。 これは明らかに、転倒のせいだけとは思えない。何かの病気かもしれない、という考えがすぐに全員の脳裏に浮かんできた。イライザは慌てて起き上がると、ヴァジーの両肩を掴み、必死で揺さ振りながら叫んだ。
「ヴァジー殿、大丈夫でござるか?!」
「に、にん……」
「きゃああ!ヴァジー、顔が真っ赤よ!」
「やべぇな…。ほら、しっかりしろ、ヴァジー!」
「…にん……」
完全に意識朦朧としているヴァジーを、閃光は慌てて肩で担ぎ上げる。イライザ、ローラ、シャルルも支えるのを手伝い、一刻も早く診察をして貰うべく、ずるずると引き摺りながらアデルの家の方へ向かっていた。






「知恵熱ね」
「「「………はい?」」」
あれから、クローディアの元へヴァジーを運んだ皆は、クローディアの言葉に、思わず、呆気に取られて硬直した。
「ち、知恵熱て…オイオイ、これまたなんでそんなのに」
ひくひくと口元を引き攣らせ、呆れ顔を崩せないでいる閃光に、クローディアはあっけからんと答える。
「さあ?…ま、詳しい経緯は、看病するついでに、イライザに聞いてきて貰おうかしら?意識もしっかりしてるし、面会しても構わないから」
「そうね。さ、イライザ、いってらっしゃい!」
クローディアとローラに促され、ずいっ、とヴァジーの寝ている部屋の前にまで押し出されるイライザ。しかし、やはり目の前にすると、緊張が限りなく身体に迸る。当然、イライザは困惑して足を竦ませた。
「し、しかし…拙者は……」
「もう!いつまで『しかし』なんて言ってるの!ヴァジーが知恵熱とはいえ、体調を崩すだなんて滅多にないことだわ!ここはヴァジーの相棒として、責任持って看病してきなーい!!」
「に、にん…っ?!」
ドーンッッ!!!と勢いよくローラに背中を突き飛ばされ、イライザはそのままドアを破って、中に雪崩れ込んでしまった。
丁寧にドアを閉められ、完全密室にされた部屋の中に、シーン、と静寂が流れる。いたた、とイライザが起きて顔を上げた途端、目の前には、ベッドに大人しく横になっている相棒の姿があった。
「あ…、ヴァ、ヴァジー…殿」
ヴァジーの顔は、先程倒れた時と同じく、知恵熱ですっかり真っ赤に染まっていた。苦しそうに呼吸をし、時々小さな呻き声をあげる様は、なんとも見るに耐え難い。
イライザは、恐る恐る近付きながら、重たい口を開いた。
「ヴァジー殿…その、拙者…拙者は……」
「…すまない、イライザ」
しかし、それよりも早く、ヴァジーがイライザの声を遮った。
「?! な、何故ヴァジー殿が謝るのでござるか?!」
驚いて問いかけるイライザに、ヴァジーは、一度深呼吸をしてから答える。
「……分かっていたでござる。拙者がこの間、イライザにしようとしたことは、忍としての相棒関係には相応しくないものだったでござる。それが、結果としてイライザを困らせてしまった……。顔をまともに会わせて貰えなくても、当たり前でござる」
「ち…違っ…それは……」
イライザは、弱弱しく首を横に振る。
『忍としての相棒関係には相応しくない』。その言葉が、イライザの胸にぐさりと突き刺さった。
臆病心に苛まれ、逃げてばかりいた自分だったが…本当の事を言うと、彼に接吻をされそうになったとき、心の底では嬉しかったのだ。好きな人と接吻をするのが、嫌なはずがない。
だから、心の何処かで、期待すら抱いていたのに…やはり彼にとって、自分は『相棒』でしかなかったのだなと、哀しげに目を伏せた、そのとき、
「…否。『顔を会わせて貰えない』は不適切でござった。本当に、イライザと面を会わすことを躊躇っていたのは……拙者の方でござる」
「え…?」
少し強めの口調で、ヴァジーが言ったその言葉に、イライザはドキンと胸をときめかせた。
そこで、ヴァジーは初めて、動かぬ体に鞭打ち、なんとか首だけでもイライザの方に向けた。
真紅の瞳が、此方を見詰めている。眼は全く逸らせない、まるで、吸い寄せられているような錯覚。硬直するイライザに、ヴァジーはそっと唇を動かし、そして―――



「イライザ……。拙者は、イライザの事を『一人の女子として』好いているでござる」



「ッ?!!」
あまりに突然の、ヴァジーの告白。
イライザは、当然ながら顔を真っ赤に染め上げて、何度も瞬きを繰り返す。
「このような感情など、ここ最近までは全く気付かなかったでござる…。しかし、この間の一件で、漸く拙者は確信した。確信して、それで…余計に意識してしまって、普通に接することが出来なくなっていたのでござる」
ヴァジーが語る言葉一つ一つに、イライザはハッとした。
どれ一つ違わない。自分と。
お互い、同じ気持ちであったのだ…ずっとずっと…ただ、気付かなかっただけで…本当は……
「仕舞いには、知恵熱などを出して倒れてしまうとは……拙者は、忍失格でござる…。」
「違うでござる、ヴァジー殿ッ!!」
ヴァジーの溜息を遮り、イライザは突然そう叫んだ。
「…イライザ?」
「拙者も…拙者も!ヴァジー殿のことが好きでござる!!しかし、拙者も、こんな感情、どうすればいいのか分からずに…ヴァジー殿と、同じでござる!!全部…全部…ッ!!」
思わず、驚き、目を見開かせているヴァジーに、イライザは必死にそう訴えた。
自分は、恋のことなどよく分からない。閃光みたいに、恋愛に慣れ、言葉のボキャブラリーや愛情表現が豊かで長けてるわけでもない。
しかし、だからこそ。真っ直ぐに、想っていること全部を不器用な言葉に変えて、決死の思いで叫んだのだ。
ぜいぜいと、消耗して肩で息をしているイライザを、ヴァジーは数秒間じっと見詰めていたが……やがて、フッ、と柔らかく微笑んだ。
「……そうか。拙者達は、同じ気持ちだったのでござるな」
独り言のようで、そうではないともとれる風にヴァジーは呟くと、むくっ、と重い体を起き上がらせた。
「ヴァジー殿!まだ起き上がっては…!」
「大丈夫でござる。…折角、両思いだと分かったのに、寝ている場合ではないでござる」
慌ててイライザが制止するのを、ヴァジーは跳ね除け、そんなことを言って微笑んだ。
次いで、イライザが傍に寄ってきたのをいいことに、そのまま腕を回して、もっと近くに引き寄せる。ポスッ、と柔らかい音がして、ヴァジーの腕の中にイライザの身体がすっぽりと抱きすくめられた。
「あ…」
知恵熱のせいだろうか、自分よりもかなり熱いヴァジーの体温を感じる。
ふと、抱き締められる温もりに浸っていたイライザの口元に、ヴァジーの手が添えられた。忍の面に指をかけ、ゆっくりとずらし下ろされる。その意図に気付いた頃には、既に目の前には、同じく素顔になっているヴァジーの顔が間近にあった。
「イライザ……構わぬでござるか?」
「……御意…」
イライザはそれだけ言って、静かに頷き、眼をゆっくりと伏せていく。
唇に優しく降り注ぐ熱は、あまりに甘く、気だるいほどに心地の良い、初めての感触をイライザに教えてくれた。






翌日、ホルルト村にて―――
「イ〜ラ〜イ〜ザ♪ヴァジーと仲直りできて良かったね〜♪」
「いやはや、これで一件落着だな♪めでたいめでたい♪」
「……ろ、ローラ殿…それに閃光…、一体なんでござるか…」
朝っぱら早々、テンションの高い二人に囲まれるイライザ。げんなりとした顔を隠せずにいるイライザに、にっこぉり、と怪しいほど満面の笑顔で二人は言った。
「だってねぇvずっともどかし〜い雰囲気だった二人がやっとくっついたんだもんv祝いの言葉一つかけたくなるわよv」
「ッ?!!ちょ、ちょっと待つでござる!!仲直りしたのを知っているのはまだしも…何故それを知って…!!」
「折角アシストしてやったんだ。その経過を確認するのくらい、当然だよなぁ?」
「ま…ま…まさかっ…!!!さては、二人共、ドアの向こうで聞き耳をたてておったな―――――!!!!!」
イライザが漸く二人が全て知っている原因に気付いたが、時既に遅し。ローラはご機嫌な様子でピースをした。
「ご名答vうふふ、本当に良かったわね〜v」
「そうだ、今夜は俺が東方直伝の赤飯でも炊いてやろうか?ククク…楽しみだな…」
「ゆ…ゆ…許さ――――ん!!!烈風の術ぅぅぅぅ!!!!」
間髪入れず、ズゴォォッ!!!と凄まじい風(しつこいようですがメガウインド)が舞い起こり、綺麗にそれに巻き込まれて吹き飛ばされていった。『閃光のみ』が。
「って、おい!!なんで俺だけなんだよぉぉぉ……!!」
お約束です。
「全く…、隅に置けないでござる…!」
すっかり、怒り心頭に発した様子でイライザがぶつくさと呟いていると、のんびりとした微笑みをしながら、ヴァジーがそれを諌めに入る。
「にんにん。まあ、イライザ、その辺にしておくでござるよ。あれは彼らなりの祝福でござるからな」
「…ヴァジー殿、それはやや楽観的すぎる解釈でござる……」
流石に『祝福』というフォローが通用する域ではなく、逆に真っ赤な顔をしたイライザにツッコミ返されることとなったが、ヴァジーは何故か、終始嬉しそうに微笑んだままだった。
……どうやら、楽観的思考は天然らしい?



遠回りして、はぐらかして、足踏みをしてばかりで。
それでも、素直に気持ちを伝えれば、必ず紡がれるものがある。
だから、どうか、勇気を出して―――それが二人の、コイムスビ。










あとがき。
忍者♂×忍者♀小説、第二弾、もとい告白編(笑)
この二人につきましては、前々から「早くくっ付いて欲しい」「もどかしい」という反響を多数受けておりましたので…「よし!それならやったろうじゃないか!」と、当初予定していたよりかなり早足ではありますが、一先ずカップル成立させることとなりました。待ってて下さった皆さん、遅くなってすみませんでした。
今回の小説で、イライザは勿論、何を考えているかよく分からないマイペースなヴァジーにも、人間らしい感情が見受けられたのではないかと思います。
それでは、ここまで読んで頂いて有難うございました。楽しんで頂けましたら幸いです。



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