恋のフィルター



それは、宿屋で女三人集まって、楽しくお喋りしている時に、ふと、聞いたもの。
「あのぉ…皆さん、“恋のフィルター”って知ってますか?」

それに、運命的なものを感じたのは私だけだったのだろうか。





恋のフィルター





それは、なんの変哲もない日の昼下がりの事だった。
特に変わった事といえば、今日はあまり戦闘などをせず、ゆっくりとこうして宿屋で待機する時間が出来たことだろうか。滅多にないこの休暇は、普段の続きに続く戦闘で疲れた体にとって、とても良い療養の機会だった。
クレア(姿アガーテ)、アニー、ヒルダの女三人に与えられた部屋に三人で居て、ここに入ってからようやく落ち着いた頃、ほぼあのころのヒルダにとって縁がなかった、「女の子のお喋り」がいつのまにか発展していたのだった。
他愛も無い話をして、笑って、怒って、楽しんで。そんな、ミリッツァ以外のコとは、初体験になるであろうこのお喋りを、ヒルダは微笑みながら楽しんでいた。
アニーはとてもたくさん話や可愛らしい話題を知っていて、ためになる。
クレアは自然のもとから出たような可憐さが話をするたび分かってきて、とても素敵だ。
そして、この二人がヒルダを「大人っぽくて憧れる」といって色々進んで相談してくれるのは、恥ずかしくはあるが、ヒルダにとってまさに「妹が出来た」ようなもので、とても嬉しかった。
そんな風に暫く話し込んでいると、ふと、アニーがこんな話題を出したのだ。
「あのぉ…皆さん、“恋のフィルター”って知ってますか?」
「知らないわ…それは一体何なのですか?」
「私も聞いたことがないわね。」
クレアもヒルダも、知らない様子を見ると、アニーは一層楽しそうにふふっと微笑み、わざと時間をかせいで焦らすように、楽しんでいる。たまらず二人で「教えて」と急かせば、アニーは上機嫌になって教えてくれた。
「“恋のフィルター”っていうのはですね……好きな人にだけ、特別にかかるフィルターなんです。それがかかると、私達は恋をするんですって。だから、恋のフィルターがかかった好きな人を意識したり、ドキドキしたりしてたまらなくなるんですって」
一部始終を、いかにも楽しそうに話したアニーは、言い終えるといきなりニヤニヤとした表情になり、二人に詰め寄った。
「そんな訳で…クレアさんにヒルダさん、二人にはそのフィルターがかかってる気がしたりしませんか?」
いかにも、私は貴方達の恋路を知っているのだから、この際一気に白状せよと言わんばかりにアニーは詰め寄ると、クレアは頭に疑問符を浮かべ、ヒルダはうっ、と声を詰まらせた。
「……そんな事言われましても…。」
「…ねぇ」
呆れたように二人でそう答えると、アニーは業を煮やし、ずずいっと思い切り詰め寄る。
「そんな事ある筈ないですよー!クレアさんはヴェイグさんと!ヒルダさんはティトレイさんと!どうなんですか?!」
聞きたかったはずの内容をついには具体的に述べてまで、アニーは相当聞きたがっているようだ。ヒルダが頭を抱えて唸っていると、クレアが先に話し出す。
「…私は、ヴェイグと子供の頃から一緒だったし…そんな風に意識したことはあまりないかな…。それに…もし私にそれがかかってるなら、私は子供の時からずっと恋のフィルターがかかってることになっちゃうわよね」
はにかみながらクレアがそう言うと、ガックリと項垂れるどころか、アニーは瞳をキラキラさせている。
「十分感動的ですよ!子供からの想いなんてすっごく素敵じゃあないですか〜っ」
どうやら、アニーにとっては後半しか注目していなかったようだ。クレアが苦笑しながら、「そ、そう?」と言えば、アニーは速攻でコクコクと首を上下させた。どうやら、一度火がついてしまった故、アニーの暴走はもう止まらないらしい。
「そ・し・て…ヒルダさんは、どうなんですか?」
「……えっ」
まるで獲物を見つけた猫のような目で此方を見るアニーに、思わずヒルダはたじろぐ。それすら気にせず、アニーはずいずいと詰め寄りながら、「是非とも聴かせて下さい」と懇願するような瞳でヒルダを上目遣いでみる。それがどうにも眩しくて、ヒルダは思わず目を腕で覆いながら、観念したように叫んだ。
「あーっ、もう!わかったわよ!言えばいいんでしょ!」
「ヒルダさんならそう言って下さると信じてました♪」
途端にアニーは満面の笑顔を見せる。全くゲンキンなんだから、とヒルダが思いつつも、約束してしまったものはしょうがないので、頭をかきながらぶつぶつと話し出す。
「…私は、別に何もないわよ。あいつの事なんか全く意識なんかしてないんだから」
「えーっ、ヒルダさん嘘つかないで下さいよ!」
「嘘じゃないったら。ホントよ、ホント。それじゃあねアニー、クレア。私は一度町で買い物でもしてくるから」
「あ、ヒルダさんったら!」
「いってらっしゃい、ヒルダさん」
あまり問い詰められると困るので、簡単な言葉でさらりとアニーの問いをかわすと、引きとめようとするアニーを尻目に、そそくさと部屋から出て行った。いってらっしゃいと言ってくれたクレアを一人残してしまったのがちょっとまずったかな、という気分がして、買い物ついでにクレアに何かお詫びの品でも買おうと思いつつ、ヒルダは町へと降りていった。






町の方に出て、またいつものように、大好きな香水を探してみようかと、雑貨屋の方へと足を運んだ。 目の前のショーウインドウに並ぶいくつもの彩を持った香水のビンが、きらきらと輝いている。どんな香りなのかは、ここからでは分からない。表記された香りを見ようと、視線を落としたその時―――
「よお、ヒルダ。何してんだ?」
「?!」
まさに不意打ちの、背後からの一言が。
ぐるりと思いっきり勢いをつけて振り返って、目の前に入るのは、そう、緑色のアイツ。
「ティトレイ!脅かさないで!」
「悪ぃ悪ぃ、ヒルダが此処に入るの見かけてさ、つい」
いつも変わらずケラケラと笑っている彼の顔を見て、どうしてそんなにおかしいのかしら、と思わず皮肉めいたことを思う。ヒルダがそんな事を考えているなんで露知らず、ティトレイは先程までにヒルダが見ていた香水を、なにやら物凄く興味深そうに、まじまじと見つめていた。
「ヒルダ、香水好きだなー。こんなのつけまくって」
「な、何よ。悪い?」
また、ヒルダの言葉に棘がついてしまう。またつっけんどんな言い方をしてしまった、と内心ちょっとだけヒルダは後悔した。なにをかくそう、この男の前では、どうしてもいつもの強がりが、余計に強がりになってしまうような気がする……。
そんな事すらものともせず、ティトレイは一つ、ショーウインドウの中に手を入れて、香水のビンをとった。
「これなんかヒルダに似合うんじゃねーか?」
「え……何?」
突如、ティトレイがそう薦めるのに、不覚にも、ちょっとドキンとした。
「磯の香り」
「………………ぶつよ?」
期待した私が馬鹿だった。
いつでも彼の要望通り、思いっきりその頬をぶったたけるようにと、右手を平手打ちの形に固定しふりかぶった状態で低く呻く。
それに吃驚したのか、ティトレイは両手を左右にふり、必死で「冗談!冗談だ!」と叫んでいる。
「悪かったって、俺が本当にお前に似合いそうだなーって思ってたのは、こっちの方だ!」
「……?」
磯の香り(なのだろうか)と称された香水をまたショーウインドウの中に戻すと、そのかわり、ティトレイは全く違うピンクの色をした香水を手に取り、ずいっと私の前に差し出した。咄嗟にそれを受け取ると、手の中に落ちたその香水ビンを見つめて、私は確かな嬉しさと驚愕の入り混じった表情を崩せなくなっていた。
「…これは…なんの香りなの…?」
そう問うと、彼は、異様に照れ臭そうに答えた。
「恋の香り、だとさ」
「……えっ…」
頬が、一気に上気する。あつくて、たまらなくなる。
彼の言葉に驚いて、硬直してしまった私から、突如ティトレイは「恋の香り」と称された香水を奪い取ると、レジへ行って勘定をし、此方に戻ってきて、再び私の手の中に香水を戻す。綺麗に透明な小さな箱に入れられ、リボンの巻かれたその香水は、もう既にヒルダにとって「プレゼント」としか思えなかった。
そのまま事の流れに身を任せるようにして店から出ると、ティトレイはいきなり私の方を振り返って、言う。
「…あーっと…なんだ、その……き、気に入らなかったならつけなくてもいいんだからな!」
それだけ言って、彼はいきなり走っていってしまった。
未だに頬を染めたまま、体が半分硬直しているようなヒルダは、それを追う事が出来ずに、ただ立ちすくんでいた。
「…恋の…香り」
とるのが勿体無いような気がしたが、そっと、透明な箱に取り巻くリボンを、しゅるっとほどく。中に入れられた香水を箱から取り出して、そっと、自らの腕のあたりに、シュッ、と少しだけ吹きかけた。
まるで、彼の残したものを燃え上がらせるような、体をあつくする甘い香りに、頭すら麻痺するような感覚になる。
「………」
その意味を、深追いしてはいけないでしょうか?
そんな事を想いながら、ただ、ヒルダは自らに取り巻く香りに浸っていた。
恐らくはこれから、一番大切な香水となるであろうこの香水に、その黒い瞳を潤ませながら―――。
「……アニー…嘘ついて、御免なさいね」
私の恋のフィルターが、かかっているのは………そう…
「ティトレイ……」
彼女の瞳が見ているのは、既に人ごみの町ではなく、このレンガ造りの道でもなく。
彼女だけに見える、ただ、一人の――――






一方その頃、問い詰めに問い詰められて、ようやく開放されたクレアは、丁度同じタイミングで宿屋のリビングに降り立った、ヴェイグと鉢合わせしてしまった。
先程まであのような話をしていた為か、なんだか、異様に今日のヴェイグを意識してしまう気がする。
「クレア、どうした?気分でも悪いか?」
「あ、違うの、ヴェイグ。ちょっとだけ、考え事してるだけだから」
鉢合わせしたばかりなのに、一発でクレアの様子が違う事を当てたヴェイグ。それだけなのに、クレアは確かな胸の温かみを覚えた。
ああ、この人には、私の考えている事はわからないけれど。少しの変化に、ただ、ただ気付いてくれる人。
「大丈夫か…何かあれば、俺が…」
「ううん、大丈夫よ、ヴェイグ。だって、考えてるのはヴェイグのことなんだから」
「?! そ…そうか…」
そういった瞬間に、ヴェイグは柄にも無く、頬を一気に染めた。冷静を保とうとしているけれど、彼のその白い肌に現れた真紅の色が隠せていないことを、クレアは楽しそうに微笑みながら見つめていた。
ヴェイグが、私の恋のフィルターのかかっている人だといいな………
そう、思うのはきっと、偶然でも必然でもなくて。
きっと、それはずーっと前のあの頃から、本当にそうだったんだろうって、想う………






そして、二人との話を終え、更にはこの話の発端となった彼女、アニーはというと。部屋を出て、満足そうな笑みを浮かべている。
「うふふ…やっぱりクレアさんはヴェイグさんのこと気にしてるみたいだし。ヒルダさんも隠してるけどバレバレだし…これは是非是非応援してあげなきゃですねえ」
いかにも興味本位なことがバレバレである。
そんな彼女に、そーっと近づく影、ひとつ。
「アニーにはその“恋のフィルター”っていうのは、かかってないの?」
「え、だって私は……って、きゃあ!マオ、いつの間に?!」
そう、目の前に現れたのは、赤髪の少年・マオだった。
「えへへ。かれこれ、一部始終カナ」
「もしかして、ずーっと聞いてたの?!」
「だってアニー、声おっきいんだもん。バレバレだよネ」
ある意味ごもっともです、と言わんばかりのマオの言葉に、アニーはうっと声を詰まらせた。そんな様子をマオは楽しそうに見ていると、ふと、アニーを期待気に見つめながら、言う。
「アニーのフィルターの相手は、僕だったらいいのになー」
「…ッ?!ま、マオ、それどういう意味…」
明らかに慌てるアニーを、マオはニッコリと悪魔的に笑いながら見ると、いきなり振り返って走っていった。
「さぁネ!その辺は内緒だヨ!じゃあネ〜♪」
「あ、ちょっとマオー!…もうっ!」
クレアさんのことも、ヒルダさんのことも、もしかしたら人の事は言えないのかもしれない…、そんな風に、ひっそりと溜息をつきながら想うアニーだった。



たとえ形は違えども、その想いはいつも、一緒。
相手を想い、ときめいて、そしてその影には、あなただけの恋のフィルター。



さあ、あなたの恋のフィルターは、誰を映しているでしょうか―――?










あとがき。
ティトヒル・ヴェイクレ・マオアニ小説です!やってしまいました、テイルズでも複数CP小説…。今まではFEでしかやってなかったんですが、ついつい愛に負けて(笑
アニーの相手はユージーンでも良かったんですが、話の流れ的にマオになりました。何よりまとめやすいかr(ry
「恋のフィルター」というのは、ネットサーフィンしていた時に偶然みつけたものです。その時にこのネタが思い浮かびました。…が、うろ覚えなので色々違うとこもあるでしょうが…orz
気に入ってくださったら幸いです。感想などお待ちしておりますv



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