アーチャー・シドが怒涛の大暴走を引き起こし、一大事件となった、その翌日。
まだ日が昇って間もない早朝四時―――魔立邪悪学園の何処ぞかに存在する、こじんまりとした道場に、二つの人影が在った。
「朝っぱらから俺を叩き起こして、何処に連れて行くかと思えば…こんなボロっちい道場とはなァー」
「そう言うな。これでも、先日一通りの掃除はしておいた」
窓から容赦なく差し込む朝日に照らされて見えたのは、戦士レヴィンと、侍白銀。日の光に眩しげに目を細め、レヴィンは んーっ、と伸びをする。早朝でも特に苦としない白銀とは対照的に、彼の表情は未だ眠たそうで、髪のそこら彼処が寝癖で跳ねていた。
「……で?『朝早く悪いが、剣を持って暫し付き合ってくれ』って言うからには…当然、用事は"コレ"なんだろ?」
レヴィンは、体格に見合う程の大剣を抜き、刃を輝かせながら言った。その表情は、確信を持って、いかにも楽しそうである。
「……ああ」
「珍しいな。俺がしつこく手合わせを申し込んでも、その気ナシだったってのによ。一体どういう心境の変化だァ?」
「……己の剣技を早急に磨かねばならなくなった。その為には、相応の相手と鍛錬をするのが一番合理的だからな」
「はーん…。まァ、詳しいワケは聞かねェけどよ……いい対戦相手だって思ってくれてるってのは、嬉しいねェッ!」
話の最中にも関わらず、待ちきれないとでも言うように、レヴィンは思いっきり白銀に斬りかかった。
白銀も即座に刀を抜き、ガッキィィン!!と激しい金属音をたてて、あいまみえる。その一打を皮切りに、耳を突く金属音が、軽快なリズムで何度も何度も響き渡りだす。
力への固執欲。邪念。焦燥。
それらが、本来求めるべき剣の道を霞ませてしまうことを、白銀はよく分かっていた。しかし、それでも焦りに胸を焼かずにはいられない。
時というのは酷く残酷で、自分にも彼女にも、そう残されてはいないのだから。





れはまるで花弁のような





「あ〜〜〜ッ、腹減ったァ〜〜〜!!!」
四現目の終業チャイムが鳴ると同時に、レヴィンのある意味痛快なぐらい大きな声が凶室に響き渡った。
生屠皆が楽しみにしているお昼時、故にしょうがないことではあるのだが。他のクラスメイト達も、いそいそと昼食の準備を始め、机をくっつけ出す。
「今日は皆でお昼食べようね〜。ほらほら、そこのキミもそこのアナタも一緒に食べましょ〜!」
刀祢の大らかな掛け声により、今日はいつもより一段とくっつけ合わされた机の数が多くなった。彼女を始め、クロエ、リリィ、アイリス、サラ、フローレンス、桔梗、ルーという女の子メンバーが一気に終結している。
そのすぐ隣には、白銀と六合が重箱弁当(六合作)を広げ、自分の昼食だけでは足りないレヴィンが強引に混ざって、一緒になって啄ばんでいる。
「レヴィン、食いすぎだ」
「だってよ。お前が朝からあんだけ付き合わせてくれっからよ、こちとらヘトヘトで腹も空き放題だっつーの」
「あのあと朝食もしっかり三杯食べたのにか」
「ま、まあまあ、白銀さま、レヴィンさん。お弁当のおかずもいっぱいありますから。遠慮しなくてもいいですよ」
「ほら、六合もこう言ってくれてるしよ!にしてもうまそーだなーオイ!毎日こんな弁当食えて羨ましいねェ!」
漫才のような白銀とレヴィンの会話に、六合がお手製のお弁当を差し出しながら言う。確かに重箱に詰められたおかずたちはたくさんで、しかも一つ一つが七色に煌いているようである。そんじょそこらの人たち、ましてやレヴィンなどの購買組にとっては、羨ましがられても無理はない。
ただ、大人数で囲んでも申し分ない量ではあろうが、…レヴィンが混ざった場合に果たして足りるかどうか。
「毎日、六合が私たちのために頑張って作ってくれてるのよね♪いつもいつも有難う、六合♪」
「そんな、これぐらいのこと、お目付け役としては当然のことで…ってって、ととと刀祢さま、ご昼食中なのに…っ」
抵抗叶わず、ぎゅうぎゅう、と強く抱き締められてしまう六合。ショタコンモードに突入した刀祢に、時と場所など関係ない。
「……ま、あっちは放って置いて。クロエ、昨日は本当に大丈夫だった?」
「うん。心配してくれてありがと、アイリス。クロはもう元気だよ」 アイリスの言葉に、ニッコリと笑顔で返すクロエ。確かに今日はなんとか大丈夫そうだな…と、白銀は少し離れた所から見守って見ている。
「白銀クンが保健室まで連れて行ってくれて、帰ってからも看病してくれたんでしょ?すごぉーく大切に想われてて羨ましいわねぇ〜」
「……!!」
チラリ、と白銀に目配せをしながらアイリスが言う。白銀は、頬を赤く染めながら、明らかに面白がっているアイリスをジロリと睨んだ。
「うん。白銀はクロに本当に優しくしてくれるから。ほんとのお兄ちゃんみたいで嬉しいんだぁ」
「あ、あっそうなの……」
「………」
ところが、やっぱり鈍感なため言葉の意図に気付いていないクロエに、すっぱりかわされた。白銀は、なんだかその瞬間だけ、弁当の味がやたら不味くなったような気がした。
「おっ、シドじゃねーか!おーい、お前もこっちで一緒に食おうぜ!」
そこで、丁度購買からパンを買って帰って来たシドを発見したレヴィンは、ぶんぶんと手を大きく振って呼び止めた。
「え…い、いいのか? 俺なんかが一緒でも…」
シドは内心嬉しかったが、何分昨日の一件と、自分のような者がこの和気あいあいの中に入って良いのだろうか、という疑念があるため、思わず戸惑った。
「いいに決まってるだろ?なぁ?」
「ああ。構わん」
「はい。シドさまも、良かったらご一緒にお弁当を召し上がってください」
レヴィンの声にに、白銀も六合も即座にそう言って応えた。
「あ、ありが」
「おっと!だからそんな改まんなくっていいっつーの!友達だろ、こんくらい当然だろが!」
シドがまたもや涙目になって礼を言い出そうとしたので、その前にレヴィンが素早く彼を制した。勿論、これも照れ隠しの一つである。
「と、友達…?!この俺が友達って言われたあぁぁ」
「だーっ!!」
だが、自然と言ってしまった『友達』という言葉にシドが感激してしまったため、逆に涙腺を刺激する結果になってしまったようだ。こうなってしまってはもうどうしようもないな、とその光景を見て白銀と六合は苦笑した。
(……シドくん、みんなと上手くやっていけてるみたい…。………、なんだろ、この気持ち…。なんでシドくんのこと、こんなに気になるのかな……)
「? リリィ、どうしたの?」
「あ、ううん。ごめんねクロエちゃん、なんでもないよ」
リリィは慌てて視線を戻した。
一方、女性陣たちの方はというと、初めて一緒に昼食を取るメンバーに興味が集まっているらしかった。それはずばり、女忍者の桔梗である。
「桔梗ちゃんやルーちゃんと一緒に昼食をとるのは始めてね。入学してからもそんなに話してなかったけど、良かったら、これから私たちと仲良くしてね?」
刀祢の言葉に、桔梗は深々と御辞儀を返し、ルーはニコニコとした微笑みを浮かべた。
「拙者のような不束者に、そのような優しいお言葉をかけて頂き、かたじけませぬ。此方こそどうか宜しく頼みまする」
すらすらとお堅い口調で話す桔梗に、皆は、いやいやむしろ此方こそそんなご丁寧に…と思わずにはいられない。
「こっちこそ宜しくね。勉強とか、分からないことあったら聞いて欲しいな。ボク、多分なんでも知ってるから」
桔梗とは対照的に、ルーはなんともくだけた口調でそう言った。
呪術師のルー、彼女は、子供っぽい外見とは裏腹に、この魔立邪悪学園に主席で入学するほどの頭脳の持ち主だ。彼女に関して、入学式当初はこの噂で持ちきりになっていた。
「まあ、それはそれは、頼りにしております……わ?」
フローレンスがそう言い掛けたところで、ぬっ、と目の前に何やら怪しい物体が目前を掠めた。
「ひっ?!る、ルーちゃん、なんですのそのお面は?!」
「あぁ、コレ? 呪いのお面。ボクのお気に入りでいつも持ってるんだ。かーわいいでしょ」
禍々しいお面を目前に翳され、思わず飛び退いてしまったフローレンスの顔面蒼白にも気付くことなく、ルーは相変わらずニコニコとした微笑みで、サラッと言いのけた。
「の、呪いって……」
「しかもかわいいんだ…。へぇー…」
『天才の考えることはよく分からない』というが、確かにこの趣味は本当に分かりそうにないなあ…、とそのお面を目撃してしまった皆は全く同じことを思ったことだろう。
「あ! そういえばー……桔梗ちゃんって徒桜くんといつも一緒にいるよね?もしかして"コレ"な関係なのぉ〜?」
サラが突然思い出したように言い出し、場の雰囲気を一気に違う方向へ持っていった。しかし、それにしても機転を利かせるならばもっと違う話題はなかったのだろうか。
ニンマリとした笑顔で、小指を立てて言われ、桔梗はポッと頬を染め、分かりやすいくらいにオロオロと慌てだした。
「そ、そんなことありませぬ!拙者と徒桜様は、決してそのような関係では…!!」
「隠すところがまた怪し〜い」
「まことでございまする!せ、拙者のようないち付き人などが、徒桜様とだなんて…おこがましいにも程がありまする〜…っ」
沸騰しすぎて目が回り始めている桔梗を見かね、刀祢が軽くサラの頭を小突いた。
「こらこら。サラ、あんまり桔梗ちゃんをいじめないの」
「ごっめーん☆ 桔梗ちゃんの反応が初々しくて、つい恋バナ仕掛けたくなっちゃって〜☆ ま、サラちゃんとイセラさんのラヴラヴっぷりには負けるけどねぇ〜♪」
「………レディ、今は食事中だから…」
(結局そっちが目的なんじゃない…)
これ見よがしにとイセラに抱きつくサラを見据え、アイリスは呆れて目を猫のように細めた。
「あらぁ、アイリスったらその目はなぁ〜に?そーゆーアイリスだって、ユーリくんとはどうなってるのぉ〜?」
「ッ?!!」
思わぬところからのサラの反撃に、アイリスは思わずたじろぎ、椅子をガタンッ!!と鳴らして立ち上がる。
「ばっ、バカ言わないでよ!!あたしが、あ、あんな頼りない泣き虫ユーリとナントカなるわけないでしょお?!」
「アイリスちゃ〜〜〜ん、いる〜〜〜〜?」
「ッ?!!」
叫んでしまってすぐ、凶室のドアが開き、聞き慣れた声が自分を呼んだ。
アイリスが慌てて後ろを振り向くと、そこには、話の張本人・ユーリが間の抜けるような微笑みで立っていた。
「ゆゆゆユーリっ!!なな、な、なに?!」
「なんかね、先生がアイリスちゃんに用があるらしくて…。それで、僕が呼びに来たんだけど〜…。」
「ああっ、はい、つまり先生が呼んでるんでしょ?!ほらっさっさと行くわよ!!」
「あ、アイリスちゃん、早いよ〜…。」
皆からジロジロと視線が痛いこの凶室から、一刻も早くアイリスは抜け出したくて、ユーリの腕を無理矢理に掴むと、足早に凶室を出て行った。
「くすくすっ、アイリスったら可愛いんだからぁ♪初々しいわねぇ〜♪」
「レディ……あまり無粋なことを言ってはいけないよ。」
「は〜い、イセラさんっ☆」
きゃぴるんっ、とサラは頷いて見せるが、全く分かってはいないのだろう。
寧ろ、とても楽しそうに『頑張れっ!アイリス!』と、露出の高い体をたわわに揺らして、もうここにはいないアイリスへファイティングポーズをとってみせた。







一方、職員室へと向かったアイリスとユーリはというと。
担任の凶師に『アイリスさんは最近行いが不良に傾いていますからね。罰としてこのプリントを凶室まで運ぶように!』と強引な命令をされ、二人で山のようなプリントを運んでいるところである。
アイリスは未だに機嫌悪そうに顔を顰めている。こんな面倒臭い雑用を任されたから、というのもあるが。何より、先程、皆に好機の視線でからかわれたことが悔しかったせいである。
「ったくもう……みんな面白がってるんだから」
「? どうしたの〜…、アイリスちゃん…?」
「なんでもないわよ!」
ネタとされた張本人が、相変わらずこんなノリなもんだから。自然とユーリへの態度もキツくなってしまう。
ユーリはというと、なんでアイリスが不機嫌なのかも分からず、ただ首を傾げたり、『僕、何かしたかなぁ〜…?』と呟きながらオロオロしたりしている。
そんなユーリの様子を横目で見て、益々アイリスは苛々した。
(なんでユーリはいつもこんなんなのかしら…。こんなんだから、あたしが恥ずかしい思いするんじゃない…!)
クロエの彼氏(←勝手に位置づけ)の白銀クンだって、リリィを想っているシド君だって。
あんなに一途に想ってくれていて、ビジュアルやスタイルも申し分ないくらいカッコ良くて。
チビで、泣き虫で、頼りになれそうもないユーリとは、全然……違う………。
クロエとリリィが、羨ましい……。
(なんで、あたしが……)
胸の奥に、ざわざわした気持ち悪さが渦巻く。
隣で、呑気な顔をしているユーリが、憎らしい。
「アイリスちゃん」
「何っ?!あたし今不機嫌だから話しかけないで!!」
「ご、ごめん……。でも、あの、その、前を、見た方が……」
「は?」
ユーリに言われて顔をあげて見れば、そこにはエリンギャー集団の姿が。



ぼっふふん!!!



一瞬で突然止まることなんて出来るはずもなくて、アイリスは、エリンギャー集団にぶつかってしまった。
彼等の頭がキノコ?なのでぶつかった鼻先自体は痛くはなかったが、バウンドした勢いでついた尻餅をついてしまった。けたたましく空気中に散布したプリントと胞子。息が急激に苦しくなる。
「げほ、げほっ!あいたたたぁ……ご、ごめんなさい……」
「どこ見てるエリー!痛かったエリー!」
「責任取るエリー!魔界病院に行く治療代出すエリー!」
「追い剥ぎするエリー!」
あぁ、なんだか、可愛らしいお姿で、随分と野蛮なことを言い出してらっしゃる。
どうやら、見た目可愛いからといってエリンギャーがみんな性格も可愛いというわけでなく、魔立邪悪学園らしい優等生さんがたのようだ。
「あ、謝ってるでしょ…。見たところ怪我もしてないみたいだし、元気そうだし。許してくれたって…」
「何だとエリー!生意気エリー!」
「そんなこと言ってるとぉ、もう、怒ったエリ〜〜〜〜!!」
話が通じないエリンギャー達は、ももももっ、と体をくねらせて高速回転させる。みるみる体色が憤怒の赤に変わってきて、アイリスはひくっと口元をひくつかせた。
「や、やばいわね…逃げるわよ、ユーリ!」
「う、うん!」
ここはひとまず、自分たちの身の安全が優先。頼まれたプリントを拾い集めるのを放棄し、二人は慌てて走り出そうとした―――…のだが。
「痛っ…」
がくん、とアイリスの体がくだけ落ちる。
先程、尻餅をついたときに捻ってしまったのだろうか。右足のくるぶしの辺りが赤く腫れ上がっていて、力が込められなくなっていた。
「嘘でしょ…あたしとしたことが。ユーリ、先に逃げて!」
「えっ…。駄目だよ。アイリスちゃんを見放すなんて、僕には出来ないよ…。」
カチン。
この緊急時に、何を言っているのだろう。ユーリの物言いに、アイリスは急激な憤りを覚えた。
「つべこべ言ってる場合?!大体、こうなっちゃったのもあたしのせいだし!あんたは全ッ然関係ないんだから、泣き虫なら泣き虫らしく、さっさと逃げなさいよっ!!」
ムキになって、アイリスはユーリの胸をドンッと突き飛ばす。
だが少しよたつくだけで、ユーリはすぐに、アイリスに体を寄せた。先程よりも、近くに。
あれ?とアイリスは目を見開く。いつもなら、ひ弱なユーリは、アイリスのこんなちょっとした攻撃ですら、頼りなく転んで泣きわめいていただろうに。
自分が怪我をしていて、押す力が弱くなっていたから?
ううん違う。
ユーリが、耐えられるようになったの?
「ユーリ…?」
どどどどど、と二人のすぐ背後でエリンギャーがこちらに向かってくる足音がする。
そんな緊迫した空気の中でさえ、アイリスはいつもとちょっと違うユーリの眼差しから目が離せない。
ユーリはいつもこんな顔をしてたっけ?
アイリスの疑問に答えるように、ユーリは急にアイリスの体に腕を回すと、思い切って抱き締め、抱え上げ。
そのまま、いざ、逃避行。
「ええええぇ?!!―――っちょ、ユーリ、何してるのよおぉ?!」
「逃げるんだよっ」
「それは見れば分かるわよ!私が聞きたいのは、そういうことじゃなくってぇぇ―――っっ!!!」



聞きたいのは、なんであんた、いつの間に私を抱えられるようになったのよ。
そういうことだったのに。
遠くなるエリンギャーたちの姿と、移り変わる凶室の風景。
いつの間にか、揺れる視界の中、自分の体を支える温もりに気を奪われ、何も言えなくなっていた。







気付けば、そこは中庭だった。
ユーリは石造りの低い手摺を椅子代わりに、アイリスをそこに置くと、水道へと行ってしまう。
水道の蛇口を捻り、ポケットからハンカチを取り出すと、それを濡らし、きゅううっと絞る。そしてようやく、こちらに帰ってくる。
その一連の動作を、アイリスはぽへーっとした表情で見詰めていた。
「はい。アイリスちゃん」
「う、うん…」
差し出された濡れハンカチ。素直に受け取り、すっかり晴れ上がってしまっている右足首に押し付ける。ひちゃり、と音がして、じんわりとした冷たさと痛みが交じり合い、アイリスの睫毛をふるるとさせた。
ふいと顔を上げて見れば、そこにはいつも通りのユーリの、頼りない微笑み。
それにばちんと目が合った途端、突然、がくがくっ!!とユーリが膝から崩れ落ちた。
「っちょ?!ユーリ?!」
「はあ、はあっ…。ご、ごめん…ちょっと、無理、し過ぎちゃっ……」
せきを切ったように肩を上下させ、荒い呼吸を繰り返すユーリ。自分とそう変わらない華奢な足が、がたがたと震えている。
(一体、こんな頼りない体の何処に、さっきの火事場の馬鹿力が眠ってたっていうのよ?…)
考えれば考えるほど、分からない。
ただ一つ分かるのは。
あたしのために、ユーリが頑張ってくれたってこと。
(昔は、ただあたしの背中の後ろに隠れてばっかりだったけど。ちゃんと成長してるんだね。ユーリ…)
クロエやリリィの境遇と比べていた自分が急に恥ずかしくなり、アイリスは唇を噛み締める。
「……ほら、ちゃんと立って。ゆっくり深呼吸して」
「う、うん…。」
アイリスは、疲れきっているユーリの背中をさすってやりながら、力ない体を起こしてやる。
すーはー、すーはー、と必死にアイリスの言う通りに呼吸を整えようとしているユーリ。
こういう、まだ自分がいなくちゃいけない所はまだあるが、それでも、いつかそれすら必要なくなる日が来るのだろうか。歯痒いような、何処か心寂しいような感覚が胸を突付いた。そんな気持ちを知ってか知らずか。ユーリはまだぐったりしながらも、アイリスに向かってにこっと微笑んで、
「ありがと…。やっぱり、僕、ずっとアイリスちゃんと一緒がいいな…。」
「!」
途端に真っ赤になった顔を見られまいと、アイリスはそっぽを向く。
ユーリはそれが怒ったのだと思ったのか、アイリスちゃん?!と泣き喚くような声を出してあたふたする。
(こっちの気持ちも知らないで!)
ドキドキと高鳴る心臓の音が激しくなって、煩くて、煩くて、悔しくて、しょうがない。
それでも振り返ってみれば、そこにあるのは、やっぱりまだ何も変わらない、自分のこんな焦れた感情をどうでも良くさせるくらい、呑気なユーリの顔があって。
「……しょうがないから、これからも一緒にいてあげるわ。あんたがまた泣き虫発揮して、周りに迷惑かけたら困るから。幼馴染のよしみでね!」
「うん。ありがとう。アイリスちゃん。」
自覚なんてないのかもしれないけれど、確かに成長しつつあるユーリに比べて、相変わらず成長のない自分が口惜しい。
でも、いつか、きっと遠くない未来に。
歩みゆくユーリに負けないように。置いていかれたりしないように。
あたしも頑張って踏み出すから。
ずっと一緒に、ユーリと歩いていきたいから――――



「ね、アイリスちゃん。」
「何?」
「大好きだよ。」
「っば?!っん、痛ぁ!なななに言ってるのよ、ったくひとが怪我してるときにっ…!」
「ご、ごめんね…。もし痕残っちゃったら僕がアイリスちゃんのお婿さんになるから、怒らないで…。」
「っだ、だからそういうこと言ってる場合じゃな―――――い!!!!」



(待っててね!)










あとがき。
虹魔法使い・アイリスと、星ドクロ・ユーリのお話でした。前半は白銀の前回の話の続き。
ユーリの(自覚がないけれど)ちょっとした成長に驚くアイリス。ずっと自分が守っていた男の子に守られるっていうのはドギマギなシチュですよね。
ツンデレなアイリスの幼い恋物語も、これからこの長編の節々に混じっていくと思います。どうぞ応援してやって下さいね。
それでは、ここまで読んでいただき有難うございました。また次回作にてお会いしましょう。



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