「…何やってんの?リフィルさま」
「ああ、丁度良かったわ、ゼロス。この子…なんとかしてくれないかしら」
我らが先生、リフィル・セイジ――彼女が呆れ顔で肩を貸し担いでいるのは、その集落独特の服装を纏った、かつ、顔をこれでもかというくらいに赤くして項垂れている――しいな、という名の忍の女だった。





夜中の防戦





「………ッ、なんっ、で、俺が、こんなっ、事、しなきゃ、いけねぇんだよ…っと!」
途切れ途切れの声を不満タラタラに響かせながら、宿の暗い廊下を歩いているのは、赤毛長髪の男・ゼロスだった。
その背には、先程までリフィルが必死に担いでいたあの女…しいなが、まだ引かぬ赤面をしながら、寝息をたててぐっすりと眠りこけている。
(ったく…リフィルさまもえらい役を与えてくれたもんだねえ)
リフィルから聞いた事情によると、夜になっても宿に戻らないリフィルを心配してしいなが彼女の居た酒場に迎えに来たのはいいのだが、好奇心に駆られ、『もう未成年になるし面白そう』とついついしいなに酒を飲ませてしまったらしい。確かに彼女は19歳ということで確かにあと一年で未成年ではない――が。と、いうかそういう問題じゃないが。
酒の強い弱い…それは、未成年も何も関係ないことだ。
そう突っ込もうとする隙もなく、そのままリフィルに『私のかわりにしいなを連れ帰って頂戴』と頼まれた。勿論、断る理由はない。と、いうか断らせて貰えない(後が怖い)。
(チッ、さっさと済ませちまうか……)
自分の背中で眠っているしいなを横目で見ながら、ゼロスは暗い廊下を歩き続けた。






一歩進む度に、ギシ、ギシッ、と床が軋む。周りは相変わらず、真っ暗。でも夜目に既に慣れたのか、しいなの部屋を目指すのは幾分容易だった。
「……確か、コレットちゃんの部屋の隣だったよな〜」
呟きつつ、目的の部屋へと辿り着いた。ドアノブを掴んで回すと、簡単に開いた。鍵はどうやらかかっていないようだ。無用心だな――と思いつつ、それをやり忘れるのがいかにもしいならしい、と思わず口元だけで微笑した。
「さて、と」
中に入り、どさりと背中のしいなをベッドに下ろす。いつも勝気で、自分の言う事など一切聞かないこの強い体が、無抵抗にベッドの上に広がったのが、なんだかとても変な感じがした。
「…無防備だな……忍なら少しは警戒するとかしろや」
酔いつぶれている彼女にそんな事を言っても、届くだなんて思わないけれど。それでも、無性に触れたくなって、そっとしいなの髪に手を伸ばす。前髪を一房掬い取り、すぐにまた離してみせて。そんな小さな悪戯を楽しんでいると、ふと、しいながくぐもった声を出した。
「んん……」
「?!……や、やば…」
ゼロスが驚き、後退さるより早く、むくりとしいなが起き上がった。
起こしてしまうだなんて、なんて不覚。
いつものごとく引っ叩かれるのではと想像して、額に青筋が浮かぶのを感じながら、ゼロスは顔を引きつらせた。
「…ゼロス?」
「はひっ…し、しいなさん…?」
思わず敬語になる辺り、恐怖感が窺えるのが否めない。
未だ酒を飲んだせいで赤く染まった顔をして、ボーッと此方を見つめている。どくん、どくん、どくん。ぼんやりとした彼女の視線を意識してか、そんな風に、心臓が苦しいぐらいに鳴っている。
おまけに顔の引きつりが直らないときた。ゼロスは自分で自分の体が硬直して動かないのを感じる。
今無理矢理動かしてしまえば、ボキッ!と骨が折れそうな錯覚までするような。
そんな嫌な沈黙を破った、のは。



「―――ぷっ」



しいなの、吹き出したような笑い声。
「ぷっ、ふふ、っは、あは、あははははははっ!」
「お、おーい…、しいな…?」
いきなり腹を抱えて笑い出したしいなを、思わず心配してるような呆れているような、なんともいえない表情で窺うゼロス。この笑いの理由を、苦しさ堪えてしいなが言い出した。
「だ、だって、ゼロス凄い変な顔して…はははははっ!」
「そんな笑う事じゃねーだろーぉ?」
「ほんと、面白いんだって!あははははは!」
あんまりにもしいなが大笑いしても止まないので、そんなに変な顔してたのかと自信がなくなってくる。それに、ふつふつと胸の奥から這い上がる、怒りに似た感覚。
この腹いせに、ちょっとからかってやるのもいいだろう。そんなことを思って、前に項垂れてあからさまに落ち込んだフリをした。
「しいながそんなに笑うなんてー、俺様ショック〜」
更にわざとらしい落ち込んだ声を出してみたり。
いつもならここで、単純なしいなはあっさり騙されて、『あぁっ、ごめんよっ』と明らかに慌てた声が返ってくるのだが…何故か、今日はそれが来ない。はて?と疑問符を頭に浮かべながらゼロスが顔を見上げると、そこには目元に涙をいっぱいに溜めて、うるうると瞳を潤ませる憐れもないしいなの姿。
「―――はあぁっ?!なんでお前、泣っ、」
「ごめんよゼロス…あたし、あんたをそんなに落ち込ませるなんて、思ってなかっ…」
「ちょ、ちょーっと待て!だからなんでお前が泣くんだっつーの!!」
ぐすぐす、としおらしい仕草で涙ぐむしいな。慌ててゼロスがそんな声を投げかけたので、しいなは目元を手で押さえ、ひっく、と次から次へと漏れ出す嗚咽を答えながら、涙声で答えた。
「知らないよっ…、なんだか凄く泣きたくなったんだ…!」
自分自身でも分かってないのかオイ。
心の中でそんなツッコミをしながら、とりあえず泣き止ませなくては、と思った。自称、世の中の女の子を虜とする男・ゼロスとしては、女を泣かすだなんて言語道断。そんなプライドにかけて、ひとまずしいなの肩を掴み、優しげな声色で言葉をかけてやる。
「なぁ、しいな?俺様ぜーんぜん落ち込んでなんてないから。お前が泣く事なんかねーんだよ、わかる?」
「…うん……」
「俺様もお前が泣いてると悲しいわけよ〜、だから泣き止んでくれって、な?」
なんとも都合のいい言葉だとは思ったが、単純なしいなにかける言葉としては十分だった。
すぐにしいなはけろりと泣き止み、笑顔でゼロスにいう。



「ありがと……ゼロス」



ドッキューン!
キューピッドの矢で貫かれたかと錯覚しそうなほどに、今まで見たことがない極上の笑顔に不覚にもときめいてしまった。
(…その笑顔反則だっつーの…!)
らしくもなく高鳴る胸を押さえつつ、ゼロスは深呼吸を繰り返す。やっと治まったか、と思った頃、再びしいなの方を向こうとして―――。
自らの肩に、ぽん、と何かが置かれた。
(は?)
紛れも無くそれはしいなの掌で、いつの間にか、しいながゼロスに接近していたのだとそこでやっと気付いた。慌てて退かせようとしたけれど、それよりも、目の前にある笑顔に治まった筈の胸の鼓動がぶり返してしまう。
「あは……ゼロス、好きだ、よ」
甘い声色が、耳に響く。
視界と、耳に届いた声に翻弄され、硬直し。指先一つ動かせないまま、ゼロスに最大の追い討ちがかかる。
目の前がしいなしか見えなくなって、唇に一瞬だけ触れた感覚に、固まっていた脳が覚醒する。
「――――ッッ?!」
驚き、バッ!と咄嗟に口元を押さえる。
その途端、何故かしいなの体がガクッと自分の方に落ちてきた。
「しいな?!どうし――」
はた、と彼女の身に起きた異変に気付いて、思わずあんぐりと口を開ける。
ゼロスの体に絡みつくようにして、しいなはあどけない顔をして眠っていた。
「…もしかして、今までの全部寝ぼけてたか、酔っ払ってた…ってことか……?」
そう考えればあの彼女らしからぬ異常行動にも納得がいくわけで。
…………つまりあの告白も口付けも、酔っ払った勢いの錯覚、と。
「マジかよおい」
せめて笑い上戸か泣き上戸かどっちかにしろ、というツッコミさえ忘れて。体から一気に力が抜けて、思わずずるる、とずり落ちた。勿論ゼロスによっかかるしいなも一緒にずり落ちる。
「ハァ…情けねぇ……」
今回はしいなにしてやられたな、と付け加えて、ゼロスは溜息をついた。
脱力したせいと、よっかかっているしいなのせいで、全然動かない体を無理矢理ベッドの上に投げ出し、ゼロスはそのままぱたりと力を抜く。
こーなったら明日、二日酔いに呻きながら起きたしいなを驚かせて、この先制攻撃の責任を取って貰いましょう……そんな野暮なことを考えながら、ゼロスは暖かなしいなの体を引き寄せ、抱きしめた。
(明日、一体どうなるかな―――)
なんて想像を浮かべながら、ゼロスはゆったりと目を閉じた。










あとがき。
久しぶりのゼロしい小説ですー。言葉遣いがわけわかんなくて焦った…滝汗。
今まで描いたゼロしいは、なんだかしいながゼロスにしてやられてるのが多いなぁ、と思ったので、酒&寝ぼけにかまけてゼロスがしいなにしてやられる逆バージョンを試してみました(笑)。
スランプのリハビリがてらということもあり、覚束無いところもあるでしょうが、楽しんで頂けたら幸いです。



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