「はぁ………」 ホルルト村の外れの原っぱに、一人、銀河魔法使いの少女が仰向けで寝転んでいる。 少女、イヴはぽけ〜っと力の抜けた顔をして、一心に青空を見上げては、時折、甘い溜息を繰り返し吐いた。 ふと、自分の唇に指で触れる。思い起こせば蘇る、つい先日、自分の一番好きな人の唇と、自分の唇とが触れ合ったときの記憶。 (イヴ…、ほんとに、スメタナさんとキスしちゃったんだ……) あまりに鮮明に思い出してしまった所為か、かぁぁ、とイヴの顔が真っ赤に染まりあがった。 しかし、やがてその熱が風に冷まされると、同時にイヴの表情はふっと暗くなっていく。 さきの記憶に次いで思い出した、もう一つの記憶。皆で王様ゲームをしたときの、スメタナの様子が、どうにもイヴには引っかかっていた。王様命令で抱き締めかけられ、思わず自分で突き飛ばしてしまったことではなく(否、これもかなり申し訳ない出来事ではあるのだが)。自分と口付けをしたというのに、以前と全く変わらない、スメタナの自分への対応が、だ。 (スメタナさんは、イヴとキスしたこと、全然気にしてないみたい……こんなに、前よりももっともっと、意識しちゃってるのって…やっぱり、イヴだけ…なのかな……?) はぁ、ともう一つ溜息をもらす。先程とは違い、酷く重たい溜息を。 二つの記憶に悩まされる、こんな一連の動作を延々と繰り返していたイヴだったが、ふと目の前にフッと影がかかった。何事かと思い、影の素の方へ視線を移すと――― 「よっ、イヴ!」 「はわぁ?!」 いきなりの本人・スメタナの登場に、ずがばっ!!とイヴは飛び起きた。 イヴのリアクションが予想通りで面白かったのか、スメタナはくつくつと笑いながら、慌ててよたよたと立ち上がるイヴを見下ろす。 「悪ぃ、驚かせちまったか?」 「あ、あ、い、いいえ…!」 「そっか。それでな、イヴ、お前今暇か?」 「あ、はい。だいじょうぶ、です…」 唐突なスメタナの質問にイヴは首を傾げるが、特に予定もないため、素直にそうスメタナに告げる。 それを確認して、スメタナは、よし、とひとつ頷くと、村の時空ゲートがある方向を指差しながら言った。 「ちょっと、イヴに付き合って欲しいんだけどよ」 「……え?」 きょと、とイヴはその大きな黒い瞳を瞬かせた。 恋と独奏のラプソディー あれから数十分して、二人が辿り着いたのは、ホルルト村からかなり離れたところにある(時空ゲートを使用したためあっという間に来れたが)、ダロス大河。 魔の養分が溶け出した故に赤いと言われる川の水が、ごうごうと滝に流れ落ちるたび、周囲に轟音が絶えず鳴り響き、鼓膜を突く。視覚と聴覚を同時に圧倒されるたび、びりびりとイヴは身を震わせた。 「はわぁ〜〜〜…!ここ、すごいところ、ですね…!」 「だろ?お前が仲間になったのはかなり後だったし、ここにはきっと来た事ないと思ってたんだよな」 「はいです…!で、でも、どうしてスメタナさんは、イヴをここに……?」 素直に自らの感動をもらすイヴに、スメタナは満足そうに微笑みながら、大河の傍に聳える崖を軽快にジャンプして登っていく。次いでスメタナはイヴの方へ手を伸ばし、掴まれ、と小さく呟きかけた。 イヴがおずおずと手を握ると、スメタナは腕を引っ張り、ひょいっという効果音でもつきそうなくらいの勢いで、あっという間にイヴを自分のいる段のところまで引っ張り上げた。 丁度隣り合ったところで、スメタナはやや乱れた帽子の被り具合を直しながら答える。 「この間、零距離バスターが上手く撃てないって言ってたろ?いっつも村で鍛錬するのもアレだし、たまには気分転換がてら、別の場所で鍛錬するのも良いんじゃないかと思ってな」 もしかして、自分を気遣ってくれたのだろうか………。 自惚れかもしれないけど、そう思うだけで、イヴの心がみるみるうちに暖かくなっていく。 「有難うございます、スメタナさん……」 「どういたしまして」 感動で目元に少し涙を溜めながら、イヴが控えめな微笑を浮かべて感謝の言葉を言うと、スメタナはなんだか照れ臭そうにはにかんだ。 「零距離…バスタ―――――っっ!!」 イヴの澄んだソプラノの叫びと共に、ドキューンッッ!!と膨大な量の光線が一気に銃口から弾け跳ぶ。 あれから、滝の上の、やや広く鍛錬にはうってつけの野原に辿り着いた二人は、早速、イヴの零距離バスターを撃つ練習をしていた、のだが……。 「はわわわっ…、きゃ、うっ!」 「おいおい、イヴ、大丈夫かよ?」 ぽてん、とイヴは反動を堪えきれず転んでしまい、慌ててスメタナがイヴに駆け寄る。 「はうう…、ご、ごめんなさい…」 もう何度もやってるのに、どうして全然上手く出来ないんだろう…。折角大好きなスメタナが、わざわざ自分の鍛錬のためにここまで連れてきてくれたというのに、その感謝の成果すら出せないだなんて。 そんな思いが胸中に過ぎり、しゅん、とイヴは俯いてしまう。それを見かねたスメタナは、ことさらに首を傾げて言った。 「んー、別にバスター自体は上手く撃ててると思うぜ?問題なのは、その反動に耐えられなくて転んじまうってとこだな」 「ご、ごめんなさい…イヴは……」 もはや顔も上げられないほどの申し訳なさに襲われているイヴは、ぎゅうっと銃を握り締めて震えるしかない。ふう、とスメタナはひとつ息をつくと、スッとイヴに手を伸ばした。 「気にするなよ。あの反動は俺も撃っててキツかった時あるし、お前みたいに体が軽いと、どうしてもふらつくしな。しょうがないことなんだし、そう気に病むなよ」 そう言って、スメタナはイヴの頭を優しく撫でる。 優しい声。自分を気遣ってくれる言葉。手のひらの温もり。 嗚呼、どうしてこんなにも、この人の言葉は、強く強く自分を励ましてくれるのか…… 「スメタナさん……」 既に緩み始めた涙腺を拭って、イヴはスメタナをおずおずと見上げた。 「―――お、そうだ!」 「ふぇ…?」 そこでふと、スメタナが何かを閃いたらしく、ぽんっと軽快な動作で手を打った。 首を傾げているイヴの肩を、スメタナは満面の笑顔を浮かべながらがしっと掴んだ。 「もしかしてこの方法なら、お前も撃てるようになるかもしれねえぞ」 「えぇっ、す、スメタナさん、ほんとですか…?!」 スメタナの言葉に、イヴは驚いて眼を見開く。スメタナは自信満々にニカッと笑う。 「ああ。んじゃ、ちょっと我慢しててくれよ」 言うなり、何故かスメタナはイヴの後ろに回りこみ、そのままイヴに背後からしがみついた。 突然の密着に、イヴはぼふっと顔を真っ赤に染め上げる。 「きゃっ…?!す、スメタナ、さん…?!」 「イヴ、このまま零距離バスターを撃ってみろ」 「え…で、でも……」 「良いから、心配するな、俺を信じてやってみろ」 「は、はい…!」 すぐ後ろで感じる温もり、耳元で囁かれる投げかけ。それに執拗に促されて、イヴはスメタナの言葉どおり、零距離バスターの構えをとる。 キィィィ、と銃が魔力を取り込み始め、やがて極限にまで凝縮された魔力が、眩い光線となって、バキューンッッ!!と銃口から勢い良く放たれた。次いでかかる反作用の重力はやはり凄まじく、イヴはふらふらっとしかけたが、それを背後のスメタナの両手がしっかりと支えてくれている。イヴは心中で、今度こそ頑張らなくちゃ、と思いながら、ひたすら反動に耐える。 ギキキッという鋭い靴の擦れ音が止んだ頃、恐る恐るイヴが目を開けば、二人は発射点より数メートル離れたところに立っていた。目の前には、綺麗な靴の引き摺り跡。それが示すものに、じわわっ、と途端にイヴの涙腺が緩みだす。 「う、撃てた……!イヴ、転ばないで、撃てたです……!!」 「ははっ、やったな、イヴ!」 初めて成功した嬉しさで、イヴは無邪気にぴょんぴょんと飛び跳ねる。 そして後ろのスメタナを振り返ると、心からの感謝を込めて言った。 「有難うございます、スメタナさん!スメタナさんが、イヴのこと、支えてくれたおかげです…!」 「この位どうってことねえよ。後は、今の感覚を忘れないようにして、少しずつ練習すれば、一人でも撃てるようになると思うぜ」 「はい、イヴ、頑張ります…!」 にこっ、とイヴは満面の笑顔を浮かべる。その笑顔を見て、スメタナは、おっ、と小さく呟いた。 「―――イヴ、やっと笑ったな」 「え……?」 「最近、なんかお前の様子がちょっとおかしかったから、気になってたんだよな。でも安心したぜ、またそーゆー顔見せてくれて」 やっぱり間違いではなかった、スメタナは、自分の事を気遣ってくれていた…… 「スメタナさん……」 ずっと抱えていた不安が嘘のよう。心が、彼の優しさで満たされていく感覚。 「えへへ…イヴ、嬉しい…です…!」 イヴは、目元に溜まった涙をぐりぐりと擦り取ると、にこっ、ともう一度微笑んで見せた。 その後、無事に鍛錬を終えた二人は、ホルルト村への帰り道を歩いていた。 空は既に少し橙色に染まり始めていて、日差しが目に眩しい。行く時に登ってきた道を二人はゆっくりと降り、足をつく。幾分平らな地形に辿り着いたところで、ふとスメタナが息をついた。 「はー、疲れたなー」 「でも、スメタナさんのおかげで、イヴ、また少し上手くできるようになれました…!」 さきの感動がまだ残っているのか、やや上ずったイヴの言葉に、スメタナは静かに首を横に振った。 「違ぇよ、それはイヴが頑張ったからだぜ」 「そんな……」 「そうだって。頑張って成果が出ることは誇った方がいいぜ?……でないと、俺みたく何しても報われないよーな、惨い目に合うしな…ハハハ………」 「………」 自分の痛々しい過去を思い出し、相変わらず陰鬱気に語りだしたスメタナに、イヴは、ど、どうしよう…、とおたおたと戸惑い出す。 「っと、悪ぃ悪ぃ…またうっかりと口がしめっぽいことを言っちまったぜ……」 漸く我に帰ってきたスメタナに、イヴは両手の拳を握り締めて言った。 「で、でも…その、辛いことは…言った方が、いいと思います…!イヴ、スメタナさんが少しでも楽になれるなら、いつでも、なんでも聞きますから…!」 ぽかん、と一瞬スメタナは固まったが、すぐに照れ臭そうにはにかんだ。 「………有難うな、イヴ。」 イヴの言葉が相当身に沁みたのか、スメタナは頬の火照りを誤魔化そうと、えーっと…と次の言葉を探すように頭を捻る。やがて何かを思いつくと、隣のイヴの方に振り向いた。 「…あ、そう言えば言い忘れてたけどな、この大河はかなり流れが速ぇから、うっかり落ちないよう気をつけ―――」 「はわあぁぁっっ?!!」 ひゅー。 ぼちゃーん。 耳を突いたイヴの悲鳴と、何かが墜落したような擬音に、スメタナは硬直して、1、2、3。 「―――って、言ったそばから落ちてた―――――ッッ?!!!」 どうしたらそんなナイスタイミングで落ちれるんだ、という疑問はこの際置いといて、慌ててスメタナは下流に向かって走り出す。この先には滝がある。アデルたちが下に落ちたときは、上部な彼らだったから良かったものの、もしか弱いイヴがそれに落ちてしまったら……一巻の終わりだ。 なんとか流されているイヴの横にまで追いつくと、精一杯手を伸ばして叫んだ。 「イヴ、こっちだ、掴まれっ!」 「あぷっ…、た、助けっ…イヴっ…泳げな……っ」 「マジかよッ……くそッ!」 スメタナは小さく舌打ちし、帽子とマントをまとめて乱暴に其の辺に投げつけると、激流の川に向かって突進していく。 赤い血の様な色をした水に、視界を覆られ、やがてその目前は、真っ赤から、真っ黒に――― ごぼぼ、と最後に空気の消えゆく音を鼓膜に残したまま、そこでイヴの意識は途切れた。 「―――……ヴ!…イヴ、イヴ!」 「ん…んん……?」 何度も何度も、耳に届けられる自分の名前。頭が少しぴりりと麻痺して痛い。頬に張り付く髪の感触を覚えながら、うっすらとイヴは重たい瞼を開いた。 「お、イヴ、目ェ覚めたか!良かったぜー…!」 「え…?は、はわぁっ?!」 その途端、目の前いっぱいにスメタナの顔があったので、イヴは驚いて飛び起きた。 そこで漸く先程の一連の記憶――自分が川に落ちたこと――を思い出す。スメタナは帽子もマントも纏っておらず、髪や服が自分と同じく、あの赤い水によってずぶぬれなので、スメタナが自分を助けてくれたということはすぐに分かった。 「え、え、えとっ…助けてくれて…あああ、あり、有難うございま……」 「―――イヴ、悪ぃ!!」 「…え?」 ところが、イヴのお礼の言葉を遮らんが如く発された、スメタナの必死めいた叫び。気付けば、スメタナは思いっきり地に伏して、イヴに頭を下げている。 「す、スメタナさん…?!なんで謝ってるんですか…?!」 「だってよ、俺…幾らお前を助けるためとはいえ…、…その…お前に、人工呼吸、を……」 「えっ……」 溺れたイヴを助けるためだったのだろう、それなら人工呼吸はしても仕方のない事。 そう分かっていても、二度目のキスもまた大好きなスメタナが相手であることに、イヴの頬はみるみるうちに赤く染まりあがる。 しかし、ふと目を見やれば、内心嬉しい自分とは対照的に、何故かスメタナの顔は真っ青だ。スメタナの様子が尋常ではないことに気付いたイヴが、恐る恐るスメタナの顔を窺う。 「スメタナさん…?一体どうし……」 「だから……、その、お前のファーストキス奪っちまって、本当に悪かった!」 ………え? ファーストキス………? まるで、頭に巨大岩が乗っかってきたかのような感覚が頭に迸る。 マッハ2.5の速度で脳内を巡る、最悪の予感。 ぎょくり、とイヴは生唾を飲み込み、震える唇で、恐る恐るながら問いかけを試みた。 「もしかして…あの…スメタナさん、この間の…土竜弾を練習してて、イヴがルーウェンさんに命中させちゃって謝りに行った、そのあとのこととか…覚えて、ないです……?」 スメタナは顔をあげて、首を傾げながら答えた。 「あ?いや…その、正直、若にブッとばされた後の記憶はなくて……そーいやあの後から異様に皆にからかわれるようになったんだよな。全然意味分かんねー……って、イヴ…?どうした…?」 スメタナが、イヴの体から発されるどす黒いオーラに気付き、ビクビクしながら声をかける。 「そんな…気付いて…なかったなんて……」 しかし、それでも尚、イヴは俯かせた顔を上げようともせず、 「………スメタナ……さんの……」 ぽつり、と彼女にしては低い声で何かを漏らし、そして――― 「スメタナさんの………ばかああぁぁぁ―――――――っっ!!!!」 「ふぐぁっ?!!」 ガィィィンッッ!!と勢い良く銃をスメタナの額に向かって投げつけ、案の定ノックダウンしたスメタナを放置し、イヴは一目散に村への帰り道を走り出した。 「な……なん…で……?ガクッ」 意味も分からぬまま撃退されたスメタナは、哀れにも、それだけ唸って気絶した。 所変わって、ホルルト村。 ローラ、シャルル、ユリエの三人が時空ゲートの近くで話しこんでいると、ふとゲートが光を放ち、誰かの影が現れる。誰か帰って来たのかなぁ、と思って三人がゲートを覗き込んだ瞬間、黒髪に赤いワンピースを着た少女が姿を表した。 「あ、イヴちゃん、おかえり〜」 ローラが手を振ってみるが、イヴは全く反応無し。それどころか、三人の姿を見て何か感極まったのか、だだだっと三人の方に向かって走り寄ってくる。 「どうしたの、そんなに慌てて……って、きゃあっ?!」 ぼふん!と音をたてて、イヴはユリエに抱きついた。驚いて顔を真っ赤に染めるユリエを差し置いて、しっかりとユリエの胸に顔を埋めたイヴの目元から、ぼろぼろと大粒の涙が溢れ出してくる。 「ふえっ…うええぇぇっ……!イヴっ…イヴはっ……!!」 「ちょっと、イヴちゃん、どうしたの…?」 「イヴ、泣かないでよ〜〜っ」 「うえっ…えっ、えっ……」 ユリエ、ローラ、シャルルが心配気に声をかけ、必死に頭を撫でてあやそうと試みる。 イヴは三人の温もりに包まれながら、ひたすらに頭を巡るかの人の笑顔を想い、空に向かって声をあげた。 「ふえぇぇぇ―――ん……!スメタナ、さぁん……!!」 嗚呼、村に響き渡る泣き声は、まるで、悲しみに暮れた乙女心の 描かれる恋歌は、無事に二人交わった あとがき。 作曲者スメタナ×新米銀河魔法使いイヴちゃんのお話、第三弾! もはや第三弾まで来てしまった二人のお話ですが、ここでいよいよ終盤に向かっていきます。果たして、二人は無事にくっつくのか……それは次回の小説で明らかになりますので、どうぞもう暫しお待ちくださいませ。 因みにタイトルの『独奏』は、作曲者を撃墜した後のイヴちゃんの『独走』と引っ掛けたものだったりします…笑 それでは、ここまで読んで頂いて有難うございました。 ブラウザバックでお戻り下さい。 |