「…………」 言の葉のひとつすら発しないまま、ただなんの音もなく、息をした。 押し殺した息が、僅かに締め付けるように胸を苦しめたけれど―――そんなの、気にもならなかった。 それよりも胸を苦しめる逸材があることを知っていたから。 その逸材であるものを静かな瞳で見下ろして―――ティアは、僅かに目を細めた。 セレニアの鎮魂歌 「……ルーク」 カーテンのかかっていない窓からめいっぱい月光が差し込んで、夜にしては随分と部屋の中が明るく見えた。そんな部屋の中で、ティアの呟きが響いた。いつもと何ら変わらない声色で。 ルーク、と名を呼んだ。そしてその呼ばれたルークは――今、ティアの見下ろすところにあるベッドで、眠っていた。頭の後ろで両手を組んで、いかにもしつけのなっていない行儀の悪い彼らしかったけれど――それすら、今のティアには咎める気などなかった。…ただ、そんなことに気を止める余裕すらない、とも言えた。 「ルーク。ルーク」 また名を呼んで、屈んで、彼の眠るベッドの脇に手をつく。幾分、彼の寝顔が近くに見えた。自分が月光を遮ってしまっているから、彼の上半身の一部にだけ、光のあたる所とは明らかに違うぼうっとした影が出来た。 何度名を呼んでも反応しないことを理解して―――ティアは、吐息を吐いた。 「何を心配しているのかしら、私………ばかみたい」 どうして自分がこんな夜中にルークの部屋に勝手に入ってしまったのだろう。その答えは、ティアの胸の中にあった。 窮屈なくらいに胸の中に蠢き続ける、大きな不安、憎悪、予感。それが酷く胸の奥や喉の奥を締め付けてならなかった。声が途切れそうなくらいきつく、胸が張り裂けそうなくらい荒く。そんな感覚に耐えられなくて、気を休める術を求めて。そうしてここまで来た。 心配の綱は、ルークなのだから。 「――――貴方の命は、あと少し…なんだもの」 先日、彼を主人と慕うチーグル族のミュウにこっそり告げられた、ルークの身に起こっている現実。もともと、レムの塔で瘴気を消す時に彼は死ぬ筈だったのだ―――それが生きながらえただけ、いや寧ろ、今生きているというだけで奇跡だというのに。 けれど、そんなこと少しも喜べる筈もなかった。 結果的にもうすぐ、彼の命は消えてしまう。それは既に決められたことなのだ。 何かに惹きつけられる様に、体が何かに導かれるまま、手を伸ばした。そっ、とてのひらで彼の頬に触れる。暖かい。血が巡り生きているという証だった。けれど、それが感じられても不安が募る。これがいつか冷たくなってしまうのだと知っているから。 「どうして、貴方なの」 彼は既に眠りに落ちている。返事が返ってくるはずなどなかった。けれど、問わずにはいられない。 「どうして貴方がいなくなるの」 まるで太陽のような―――そんなルークの存在は、自分にとってあまりにも大きすぎた。 それはもう未熟で仕方なくて、世間知らずでしょうがないひとだった。けれど―――彼は変わったのだ。そして見つけた、生まれた意味と、生きる意味。 既に遅すぎる、と言われたってしょうがないけれど、それはティアとて同じこと。 あまりにも、自らの想いに気付くのに遅すぎた。 「……いやよ」 頬から手を離し、そのかわりに、両手でベッドの端に、手をつく。予想以上に勢いのあったそれに、ベッドが軋んで窪みが出来た。 ぎゅう、と想いをあてつけるように手を握り締める。痛いほどに握り締めたけれどそれでも足りなくて、歯を食い縛る。体が震える。―――それでも、それでも足りない。 「―――…………消えないで……!」 耐えられない想いが、涙となって目元から溢れ出た。間髪入れず喉の奥から嗚咽が込み上げる。だけどそれすら押し殺して、そのかわりに支えを求めてよろよろと前に崩れ落ちる。同時に、眠る彼の胸板に、思いっきり顔を突っ伏して。 それでも堪えられない嗚咽が次から次へと漏れでてくるのが、物凄く苛立たしい。ぎゅう、と握り拳を作った。 「………ッ…」 溢れ出る涙が布団の上を濡らしていく。けれど、既に止められなかった。目の前に着々と迫る現実を受け入れる事など出来ない。漸く、漸く彼は生きる術を見出せたというのに。寧ろ、彼の人生はこれからなのだ。まだ、彼は生き足りない。生きて欲しい。生きて―――ずっと、もっとずっと、その太陽のような笑顔を、ずっと見ていたい。 「……死ぬなんて、許さないんだから…」 消えないで 「まだ、貴方と少ししかいられなかったのに…」 消えないで 「もっと、もっと、一緒に…」 消えないで 消えないで 消えないで 「消えないでぇっ……」 「消えないよ」 突然背に回された優しく、けれど想像以上に力強く暖かな腕に、一瞬驚いた。けれど、すぐに込み上げる想いに耐えられなくて、そのまま突っ伏すと、声があがる。明らかなる泣き声なのだとルークは分かっていた。だから、背をゆっくりとさすりながら、ただルークはティアの体を支え続けた。 「ごめんな。つらい想いさせて」 ルークが天井を見上げたまま、そんな風に呟く。声は少しも震えていなくて――彼とは思えないほど、酷く冷静なものだった。 「だけど俺、消えないから。絶対に、いなくなったりしないから」 冷静だけれど、その奥に潜む彼のひどく優しい想いに、ただティアは泣き叫んだ。 ……うそつき… ……でも、ありがとう…… 彼の言葉が嘘だなんてとうに知っていたけれど、それが自分の為の精一杯の彼の嘘なのだと分かっていた。 彼の手の温もりだけが、ただひたすらにあやすみたいに、支えてくれていた。 添えられた手はまぎれもなく暖かく、そして力強く。 もっと傍に居て。寂しさなんか、いつか来るであろう絶望になんか負けないくらいに、もっともっと貴方の体温を感じさせて。ティアは手を伸ばすと、ぎゅう、と彼の手を握り締めた。 どうか…この温もりが消えてしまいませんように―――……… そんな愚かな願いをかけて、ただ暖かく包まれる中で、ひどく瞳を揺らめかせていた。 あとがき。 ルクティアで…悲恋モノ?ですか。ルークの命がもうすぐ消えることを知って、ルークに「消えないで」と言いながら泣くティアが書きたくて書いたんですが、予想以上にシリアスになって反省……。 内容とは矛盾してますが(汗)、この二人には激しく幸せになって頂きたいです。 …………今度ルクティア書く時は絶対甘々に戻ってやる(何)。 こんな小説ですが面白いと言って頂けたら幸いです。 ブラウザバックでお戻り下さい。 |