「…アニース。これは一体どういうことなのか、説明して頂きましょうか?」 「…………。」 頑として俯いたままのアニスを羽交い絞めにしひったらえた状態で、異様な笑みを浮かべたジェイドが見下ろしている。無論そのオーラは尋常ではなくて、後々の恐ろしさを思うと背筋が凍りつくほどのもの。このやりとりが、全ての悲劇の始まりであったなど誰も予想しなかったであろう。 それは謀略のマスターマインド 事の発端は、数分前のことである。何かしら最近アニスの様子がおかしい。そそくさと皆とのコミュニケーションを避け、服装というか、スカートの丈だとか袖のずり落ち具合とかにとても敏感である。勿論その行動を疑問に思ったのは、ジェイド。 そんな訳で悠々とアニスをちょろまかし(一体何やったのかは不明である)、捕らえてみて無理矢理に袖とかをずりさげたりしてみれば、ジェイドの目に入ったのは、アニスの体についている痛々しい傷の山。擦り傷やら切り傷やらとその種類は幅広く、酷ければ化膿しかけている部分なんかもあったりした。 勿論、それを見逃してくれるジェイドでもないので、問い詰める云々でこの異様な光景に至る。 アニスは明らかに動揺した顔をしていたが、数分間に亘るジェイドの睨みに耐え切れなくなり、ついにこの傷を作ってしまった理由を、ぼそぼそと話しだした。 「一体どうやったら、こんな酷い怪我を幾つもするんですか。しかも治療を受けずにほって置いた」 「……えと…戦って、怪我しちゃったんですぅ」 「何処で。何と。」 「とと…闘技場の魔物と…戦って…」 「闘技場?」 闘技場というのは、つまりはキムラスカの首都バチカルにある、コロシアムのこと。事前に用意された魔物と戦いそれを勝ち抜いた者のみが覇者に輝くという賭け事だ。しかし最近闘技場で勝者が出たという噂は全く聞かないし、しいてはこの傷の山。アニスは参加はしたが結局はボロ負けしてしまったのだろうと容易に想像出来た。 「……どうしてそんな無謀な事をしたんですか。回復の術も持たない癖して」 回復の術があるティアやガイやナタリアあたりなら、回復そしてひたすら攻撃の繰り返しで勝てるだろうが、後者の『ひたすら戦う』の術しか持たないアニスにとっては、闘技場など不利でしかない。それに、ルークなどの体力バカなら最後までやりくりしてなんとかいけるかもしれないが、アニスはルークほど体力があるわけでもない。――はっきり言ってしまえば、無謀。 「アニス、正直に言いなさい」 まるでどこぞの先生のように追い討ちをかけると、ついに白状した。 「……お金が、欲しかったんです」 「まさかまた親に仕送りとか……」 アニスが速攻で首を振る。 「ち、違いますよぅ!…じ、実は…雑貨屋さんに凄い掘り出し物がありまして…!でもそれ、凄く高くて買えないんですぅ。…だから、一発闘技場でお金を仕入れようと…」 「…それで結局は負けて、金も手に入らず、怪我をしてしまったと…呆れますねぇ」 溜息をつきながら眼鏡をくっと調節する。そんなジェイドの仕草をじろじろと見ながら、アニスは逃げる機会を窺っていた。事情を話したとしても、このままただでジェイドから逃げられるとは思ってなどいない。お仕置きの一つや二つされたとしても過言ではない。 明らかにそんな目で暫くジェイドを凝視していると、ふとジェイドが手を降ろして此方を見た。 「…な、なんですか?」 「少し席を外すので、此処で待っていなさい。決して動かないように」 そう言い残すと、ジェイドはアニスを離し近くの椅子に座らせドアを開ける。そんなジェイドの行動をほぼ呆けた顔で見守っていると、ドアから今にも出ようとしたところで、ふとジェイドが此方を見返した。 「………因みに、この隙に逃げ出したりなんかしたら、後でどうなっても知りませんよ、アニス」 にっこり微笑みながらそう告げる。笑顔には全く相応しくない、言葉にするならどす黒く恐ろしい言葉を残して。最後の語尾にハートマークつきそうなほどの様々な意味の詰まった恐ろしさに、勿論アニスは逃げる気など、一気に失ってしまった。 「…大佐、なん、ですか…?」 「見れば分かるでしょう」 いや確かに見れば分かるけれど、と思いながら、アニスはジェイドの動きを見守っていた。ジェイドが戻ってきたと思ったら、彼の手には何やら大きめの四角形をした木の箱があった。それから桶に入った水と、タオルも。箱につくマークからして判断したのが、この箱が「救急箱」だということだ。 その確認に気をとられている隙に、いつの間にかジェイドはいつもつけている手袋を脱ぎ、タオルを水に沁みませると、ぎゅうっと絞る。 「手を出しなさい。手袋も脱いで」 「は、はいぃ」 はっと我に返ると言われるがまま手袋を脱ぎ、何もつけていない腕をジェイドの目の前におずおずと差し出す。それをジェイドがまるで紳士のように自然な仕草でとると、水で濡らしたタオルで、傷口を拭き出した。 水はひんやりとしていて、とても冷たい。けれど、いつも手袋をつけている癖して自分よりも冷たい彼の手の温度がじゅんっとしみいるのがもっと敏感に感じ取れた。 そのままもう片方の腕も拭いて貰い、両足の傷も洗い流すと(流石にこれは自分でやった)、ジェイドはいつのまにか救急箱の中から消毒液を取り出している。 「…少し沁みますが我慢するのですよ」 「はい…」 再び手を取ると、消毒液をつけたガーゼを傷口にあてる。 水で傷を拭った時とはくらべものにならないぐらいの、まるで針を突き刺されたような鈍い痛みに、アニスはぎゅうっと目を閉じた。 「ッ!」 思わず声を漏らしてしまうと、ジェイドは一端手を止める。 「まぁ、わざと沁みる薬を選んだので無理ないですがねぇ」 「……!(コイツ…!)」 真面目な表情で傷の治療に取り組んでいたかと思えば、いきなりそんなことを笑顔でいうもんだから、思わずアニスの視線が歪む。しかし治療してくれている手前苦情は言えないので忌々しいと言わんばかりの視線だけでなんとか堪えた。 とりあえず暫くの時間を要して消毒し終えると、今度はご丁寧にも包帯を取り出した。 「た、大佐、包帯とか…そんな大袈裟な」 「傷がまんべんなくついていますから、これで十分なくらいです」 言うと、いきなり包帯を腕に巻きだす。くるくる、と意外にその手つきは器用だ。まあ一応彼も軍人なわけだし、応急処置には慣れているのだろうか。関心しつつ見ていると、いつのまにか両腕に綺麗に巻かれた包帯が仕上がっている。ほう、と思わず関心の息をつく。 「…次は足の方ですが」 「そ、それは自分でやりますっ!」 「おや残念ですねぇ、折角の機会なんですが」 一体なんの機会なんだ、と思わずツッコミしそうになったがとりあえず黙っておく。前屈みに屈んで、かなりの長さに及ぶ包帯をぐるぐると丁寧に巻いていく。暫くして両足にも包帯が巻かれあがった。…悔しいが、腕のものとは幾分仕上がりが劣る気がした。それをジェイドもわかっているのだろうか、ニヤリと微笑んでいる。 「宜しければ私がやり直してあげましょうか」 「遠慮させて頂きまぁす♪」 目には目を、笑顔には笑顔でと言わんばかりにニッコリと笑み返す。それに動じないままジェイドが微笑み続け「そうですかー」と返事が返ってくるのになんだか居心地の悪さを感じたのは多分気のせいではない。 「…と。では、アニス」 「大佐?どうしまし…はうあっ?!」 いきなり視界が反転する。気付けば、ジェイドの肩に担がれていた。 「ちょちょちょ、大佐?!」 「大人しくしなさい。すぐ降ろします」 言葉通りすぐ近くに備え付けられていたベッドの上に降ろされる。ほぼされるがままそこに寝そべられると、そっと上から毛布がかかった。 「…大佐?」 「寝ておきなさい。闘技場に行ったのなら体力もなくなっているでしょうし」 そう言いながら眼鏡をくっと上げる。そのせいであまり表情が窺えない。 「…大佐…なんだか今日、優しくありません?」 「そうですか?私はいつでも紳士的ですよ」 「うっわー…」 「…それでは、私はこの辺で失礼しますよ。ちゃんと寝ておくように」 そう言い残すと、ジェイドは再び手袋をつけ、救急箱を持って出て行ってしまった。なんだか一気に部屋の中がシーンとしてしまって、不思議な感覚がした。 …でも、上手くはぐらかされたが、アニスとしては分かっていた。 わざわざティアやナタリアに治療を頼まず、ジェイドがご丁寧にもやってくれたのは、アニスが皆にこの怪我のことをばらしたくないという心境を知っていたからだ。それが『闘技場に負けて悔しい、自分が負けた事を皆に知られたくない』というプライドのものだとしても、ジェイドは無言でそれを隠す手伝いをしてくれた。 言葉にはしないが、それだけでも嬉しい。 「…やっぱり…優しい、ですね」 自分だけにしか聴こえないくらいの小さな声で、アニスはそう呟いた。 それから漸くアニスが眠りについたのとほぼ同じ頃――バチカルの闘技場に、ジェイドの姿があった。 『今回の挑戦者は――…ジェイド選手です!』 司会者が高々とそう言うのと同時に、観客席から絶大な声が響き渡る。闘技場の真ん中にまでジェイドは歩み寄ると、格子の奥にいる魔物をその赤い瞳で睨みつけながら、静かに微笑んだ。 「さぁ…私の可愛いアニスを痛めつけてくれた罪深い魔物は、どなたでしょうかねぇ……」 そう呟きながら、妖しげにニヤリと微笑む。途端、魔物達がビクッとその殺気を感知して震えだす。 『参りましょう!スタート―――ッッ!!!』 その声を合図に、格子が開く。が、魔物が一体出てくる筈が、何故か上級五回戦にわたる全ての魔物が、一気に闘技場内に溢れ出してしまった。どうやら闘技場側の手違いのようで、あわわと司会も裏方の方も慌て返るが、当の本人のジェイドはいたって冷静だ。 『て、手違いで魔物が一気に出てしまったようです!一端中断して…』 「いえ、必要ありません。すぐ終わります」 え?と思わず司会も裏方も、更には観客達に至るまで疑問符を頭に浮かべるが、その途端にジェイドの足元に譜陣が現れ、ジェイドは詠唱を開始する。瞬間、危険を察知したのか、魔物達が一気にジェイドの方に襲い掛かってくる。 「………無数の流星よ、彼の地より来たれ…」 次の瞬間、ジェイドの完成した強力な譜術によって魔物が一気に一層され、バチカル闘技場初の一回戦全KOが決定したのは言うまでもない。 翌日、目を覚ましたアニスが枕元に置いてあったお金を発見、それを使って待望の掘り出し物を手に入れた。ちなみにルークが昨日より財布の中身が多いことに疑問を残していたが、それは当の本人によって上手く誤魔化されたらしいとか。ガイあたりがその理由を気付いていたものの(昨日の闘技場の噂を聞いたので)一応黙っておくことに結論づけた。 「えへへ……大佐、有難うございます♪」 アニスの手元には、彼女によって掘り出し物――と称された、どこかジェイドにそっくりな可愛い人形が大事そうに抱きしめられていた。 この『闘技場の覇者現る!その名は譜術を極めし時の指導者!!』と称された噂話は、一部でかなり盛大に称えられたとかなんとかいうが、実際のところはどうなのか分かっていないそうだ。 あとがき。 うぃーさぶいねむい倒れる……(現在深夜二時です)。 と、深夜ですがこうして仕上がりました「それは策略のマスターマインド」でした。マスターマインドは指導者、もしくは黒幕という意味です。どっちかっつーと黒幕の方が似合ってる気がしますがね!語呂がいいので、噂では指導者の方に収まりました(笑)。 アニスちゃんの為に色々やるジェイドが書きたかったんですが、なんだか前半の治療がメインぽくなってちょっと残念。一応ギャグものですので、笑って下さったら幸せです。 こんな話ですが面白いと思って頂けると幸いです。 ブラウザバックでお戻り下さい。 |