「……俺の知らない間に、そんなことがあったのか…」 「今まで……黙っていてすまなかった」 その日、白銀は、例の凶室崩壊事件で大怪我を負ったシドを見舞いに、魔立邪悪学園の保健室を訪れていた。 そして、シドがいない間に起こったすべての出来事を話した。 自分とクロエの過去、憎き敵を召喚した最中に鬼神へと成りかけたこと、そして結果的にクロエ本人がすべての終止符をうったこと―――。 シドは当然ながらひどく困惑した顔をしていて、白銀はやるせなさでそのまま深々と頭を下げた。 「や、止めてくれよ、そんなの」 「…しかし。俺はもっと早く真実を伝えるべきだった。そうしていれば、お前たちを長い間不安に晒すことも、こんな結末を迎えることも―――」 そこまで言いかけたところで、すう、とシドに手を翳され制される。 「そりゃ、俺達が勝手に不安がってたのは否定しないけど……でも、白銀は遅かれ早かれこうして言いに来てくれた。それだけで、俺はすごく嬉しいんだ」 「……シド…本当にいいのか? こんな、俺でも…」 憎しみに支配され、鬼神のような存在へと成りかけ、友にも容赦なく剣を向けた自分を、今でも白銀は強く嫌悪している。 無事に正気を取り戻したことを皆は喜んでくれたけれど……本心では自分を恐ろしいと思っていてもおかしくない。最悪、離れて行かれても仕方がないというのに。 そんな、拭い切れぬ不安を抱える白銀に向かって、シドはふっと柔らかく微笑んでみせた。 「白銀は、自分に自信が持てなかった俺と友達になってくれた……嫌いになんてなれるわけないだろ?」 「……シド」 「今度は、俺が、白銀が自信を取り戻すように協力するよ。だって友達だからな!」 「……すまない。ありがとう…」 思わず目元に涙が溜まるのを、きゅうと堪えた。 今まで、自分独りでなにもかも抱え込んで生きてきた―――その重たい枷が、今では不思議と軽く感じる。一緒に支えてくれる人がこんなにもたくさんいると気付けたから、だろうか。 未熟な自分のせいで、気付くのが遅くなってしまったけれど……。今からでも彼らに感謝したい。……気付かずに過ぎ去った暖かな時間を、取り戻したい。 「ところで、白銀、さっきから気になってたんだが…その顔……」 「ああ…これは、その、レヴィンの奴が……」 シドがずっと気になっていた、白銀の傷だらけで腫れあがった顔。せっかくのイケメン顔を可哀想な事態にしたのは、予想はしていたがやはりレヴィンで、あの事件の後『おかえり白銀ェ!!さっきはよくもやってくれ たなクロエバカ野郎ォ!!』などと言われながらしこたま殴られたのだった。……これも彼なりの友情の証なのだろうが、それにしても荒々しい。 「むしろ、シドの方こそ少し病的に痩せたような気がするが…?」 「あ…、いや、まぁ、ちょっとな。毎日ちょっと修羅場に挟まれて精神的にも体力的にもキツいというか……は、ははは…」 「…?」 首を傾げる白銀に、シドは慌てて話を折った。 「そ、それより!そのレヴィンはどうしたんだ? てっきり白銀と一緒に来るかと思ってたんだが…!」 「ああ…。実は、あいつは今自宅療養中でな……後からフローレンスに聞いた話では肋骨が四本も折れていたらしい。正気を失っていたとはいえ、あいつには本当に申し訳ないことをした……」 いや、白銀もそんなに殴られてる(しかも顔)から、もうチャラにしてもいいと思うが。 というか、鍛えられた戦士にそれほどの重傷を負わせるって、白銀はどれだけ強いんだろう……。 ……という感想は置いておいて、シドはあることを思いつくと、おもむろにベッドから起き上がった。 「なあ、今からレヴィンのところに行かないか?」 「…俺は構わないが…、シド、動いていいのか?」 「怪我はもうほとんど治ってるから大丈夫だ。さぁ、行こう!」 シドに促されるまま、二人で保健室を出る。そして、レヴィンの自室がある宿舎へと向かって歩き出した。 スキ、キライ、スキ? 「白銀! …っと、シドも来たのかァ!元気してたかァ?」 レヴィンの部屋へとやってきた二人は、そこにいた彼の惨状に激しく驚いた。 胴を包帯でぐるぐるに巻きつけられ、その上にずいぶん豪勢なギプスを装着し、更にベルトを巻きつけベッドに固定されている。 起き上がらない、というか……起き上がって暴れ出せないように、だろうか。少々小耳に挟んだ『自宅療養中』もとい『フローレンスに自宅に監禁されている』という話は噂ではなかったようだ。 「凄いことになってるな…」 「ホント、お嬢様が過保護で困るぜェ。肋骨が3〜4本イッたくらいでこんな大袈裟にしやがって」 「わたくしの治療に対して不満がおありですの?!」 レヴィンがぶつくさ不満をもらすのを聞きつけ、キッチンの奥から出てきたフローレンスがそうぴしゃりと言い放った。 相変わらずな二人を見ながら、白銀はフローレンスに軽く挨拶する。 「邪魔しているぞ」 「白銀さん、ごきげんよう。あら、シドさんも。わたくし、もう起き上がってよいと言ったかしら?」 「う…」 シドは後ろめたさで目を逸らす。自分の怪我を治療したのも彼女だったので。 「勘弁してくれよ。俺もレヴィンが心配だったんだ」 「まあよいですわ。……と・こ・ろ・で! レヴィン、もっと大人しくしてなさいな!今は喋るだけでも骨に響くのですから!」 「わーかってるっつーの!ったく、キーキー口うるせェお嬢様だな!」 「んまあ!わたくしは貴方のことを心配して言っておりますのに!!」 シドを叱りつけると思いきや、ぐるりと反転、攻撃目標はレヴィンに固定。 白銀とシドはつい呆気に取られていたが、二人の言い争いをよくよく聞いていると、彼女の言葉の節々にレヴィンへの思いやりが感じられる。本人にはあくまで『度の過ぎたお節介』に感じるのだろうが。 言い換えてみれば、そう、 「……愛だな」 「……愛だね」 二人に聞こえないよう、ボソッとそう呟き合った。 「チッ。……それよりもお嬢様、ちょっと席外してくれねェか?ちょっと男同士で話したいことがあるからよ」 「わたくしがいると言えない話ですの?」 「……まーな」 視線を逸らしながら、レヴィンは答える。 するとフローレンスは、珍しくもそれ以上問い質すことはせず、分かりましたわ、と頷いて踵を返す。 「では、わたくしは少々出掛けて参ります。今夜も、わたくし特製の栄養たっぷりな献立を考えなくてはいけませんし」 「げっ!ちょっ、それはもう勘弁しろよォォ!!」 ………どうやら、レヴィンは毎晩、彼女の手料理で手厚いおもてなしをされているよう。 普通なら、美人でナイスバディな僧侶様にこんなに尽くして貰えるなんて、と大喜びするのだろうが……残念ながらこれは全く嬉しくない。 フローレンスが外へ出払ったのを確認してから、白銀は苦笑しつつ口を開く。 「はは……尻に敷かれているな、レヴィン」 「うるせェ、茶化すんじゃねェ。せっかく俺がこれから真面目な話をしようって時に」 「真面目な話?」 きょとんとすると、レヴィンが不意に真面目な目つきになる。 「そうだ。俺、あの決戦の前、白銀に全部話せって詰め寄っただろ?」 「ああ…それがどうした?」 白銀は苦しげに眼を細める。今となっては、思い返すのも心苦しい過去のことだ。 「……白銀にだけ全部話させて、俺だけ何も話さないわけにはいかねェからな」 レヴィンは、半ば無理やり拘束ベルトとギプスを剥ぎ落とすと、むっくり起き上がる。そして、しゅる、とおもむろに頭のバンダナを解いて。 驚く二人に構うことなく、隠されていた大きな額の傷跡を晒して見せた。 「俺もお前らに話す。………俺のこの忌々しい傷のワケも、過去も、全部…な」 「……そうですの。そうやっていつも…貴方にとって、わたくしは……」 玄関に寄りかかっていた背中を起こし、音を立てないようにその場を去る。 つぅ、と頬に涙が這って、ぽろぽろと零れ落ちていく。 主よ、叶うならば、なぜこんなにも胸が痛くて哀しいのか、そのわけを教えてください。 話が終わった後、三人は、魔立邪悪学園の校舎へと繰り出していた。 「おい、レヴィン。本当に部屋を抜け出して良かったのか?」 「いーんだよ。お嬢様は献立考えるって言ってたから、しばらく戻って来ねェだろうし。大体、あんな風に閉じ込められてたら治るモンも治らねェっつの!」 本人の言い分によれば『骨はとっくにくっついてるから動いても構わない』らしい。いまいち怪しいが、レヴィンならば有り得そうなのが恐ろしい。 「まあ、お前の性格上、大人しくしていられないのは分からなくもないが…」 「だろォ? なァ、凶室はまだ閉鎖されたままなんだろ?皆は今どうしてるんだァ?」 「ああ…、恐らく魔王城の中枢にいると思うが」 「んじゃ俺達も行こうぜ!久々にみんなと話したいしな!」 先に行くぞ!と言い放ち、レヴィンはさっさと走って行ってしまう。置いて行かれた二人は、呆れて彼の背中を見詰めた。 そこで不意に、シドが小さく呟く。 「…レヴィン、無理してるよな?」 「あんな話を聞かされた後だからな…。本人が一番、ああしてわざと明るく振る舞わずにはいられないのだろう…」 今までも何度か、レヴィンのバンダナの下に隠された傷は目にしていた。 自分があんな状態だったから、つい問い質すことなく見過ごしていたが……まさかあんな理由があったなんて。 それでも、レヴィンもシドも、これからも変わらず友人でいると言ってくれたように。自分も、レヴィンに何ら変わらず接する。今、自分にできることは、ただそれだけだ。 「よう、みんな、元気してたかァ〜〜〜っ?!」 中枢となる大きな広間へと辿り着いたレヴィンは、連絡掲示板の前に屯っている友人たちを見つけるやいなや、勢いよく飛び込んで行った。 「わぁい、レヴィンだぁ!久しぶりだねっ♪」 「クロエじゃねェか!だいぶ顔色良くなったみてェだなァ?」 「うん、クロはもう元気いっぱいだよっ!」 めいっぱい両手を万歳して元気アピールするクロエに、負けじとレヴィンも両手をフンッと翳してみせる。 ひょこ、とその間にアイリスが顔を覗かせ、遅れてやってきた白銀とシドを見つけてひらひらと手を振った。 「シド君、もう大丈夫なの?」 「ああ、心配かけたみたいでごめんな。凶室が復旧する頃には、俺もまた登校できると思うよ」 「良かったわ。何より、シド君がいないと、誰かさんがすごく寂しそうだったからねぇ?」 「あ、アイリスちゃん!」 チラ、と思惑たっぷりの視線を向けられて、一気にリリィの頬が赤く染まった。 どうやら、先日のあの保健室の告白騒動はすっかり皆に知れ渡っているらしい。誰が言わずとも自ずと色めいた話題は広まる、それが我らが魔立邪悪学園。 「リリィ……寂しかったのか?」 「シド、くん…。う、うん……寂しかったよ…」 保健室で何度か会ってはいるが、いつもシルフィアがセットだから、こうして二人で逢うのはとても久しぶりだ。 つい熱く見つめ合って、二人の世界に入ってしまっているところで、 「アタイも寂しかったゾ?」 「わ!!し、シルフィア!!」 お約束ながら、何処からともなくやってきたシルフィアが間に入ってきた。 全く遠慮なく、シルフィアはずいずいとシドに体を密着させ、尻尾を振るようにアピールする。 「オマエがいないとキュンキュン鳴いちゃうゾ。アタイはこれでも寂しいと死んじゃう生き物かもしれないゾ、分かってるカ?」 「わ、分かった分かった…!ちょ、近…!」 ぴったりくっ付けられた豊満な胸が肩にぎゅうっと押しつけられ、しかも顔は超間近で。シドは当然ながら男の性で、顔を真っ赤にして大慌てする。 そんな二人を見て、むむう……とリリィは両頬をぷっくり膨らませて、シドのもう片方の肩に勢いよく抱きついた。 「し、シドくんっ!その、わた、わたしも!シドくんがいないと寂しくて死んじゃうかもしれないからっ!!」 「りりりリリィまでっ!ちょ、二人とも、痛い痛い痛いってええ!!だ、誰か助けてくれええっっ!!!」 両方からぐいぐい引っ張られて、シドは堪らず悲鳴をあげる。 病み上がりの彼に、このダブルアタックはとてもじゃないが体が持ちません。 そこでシドは、一瞬のスキを見て二人の腕をすり抜けると、危険から身を守るためどこかへと脱兎して行った。 「オイ、シド、逃げるナァッ!」 「シドくん、待って〜〜〜!」 それを追いかけ、シルフィアとリリィもまた走り出す。バトルはますます、延長戦真っ只中。 「……成程。シドが言っていた“修羅場”とはこういう事だったのか…」 「あたしもつい最近知ったのよ。全く、凄い急展開だと思わない?」 すっとアイリスが耳打ちしてきたので、そうだな、と溜息混じりに白銀は答える。 お互い、こうやって呆れ顔で見守るのが、すっかり板についてしまっている。 「ねぇねぇ、ところでぇ、白銀くんはぁ、クロエちゃんとどうなってるのぅ〜〜?」 「………何?」 全くなんの脈絡もなく、サラにそんなことを聞かれ、白銀はつい眉を顰める。 サラは不意打ちに成功したことが勢いに乗ったのか、ふっふっふー、と怪しく笑って更に畳みかける。 「だってぇ、皆の目の前であんな風に熱〜〜く抱擁してるとこ見せつけてくれちゃってぇ♪ なのに、まさかまだ『ただの家族』とかなワケないよねぇ〜〜??」 「さ、サラ…!!」 よくよく思い出してみれば、クロエの再会の場面を皆にしっかり見られていたことを思い出す。 自分はあの時、クロエを思い切り抱きしめて、泣いていた。しかも『俺はお前がいれば幸せだ』とか言ってた。 羞恥で真っ赤に染まった顔を必死で隠し、白銀は、力無くよろよろと後ずさった。……その時々のノリで言える言動というものを、こうして蒸し返されると恥ずかしい…恥ずかしすぎる。 「レディ、そんな不躾に聞いては失礼だよ」 そこで、こういう時の救済役であるイセラが、サラとの間に入ってくれたのだが、 「……で、どうなんだい白銀クン?」 「イセラまでっ?!」 ぐるんと反転、彼女までが敵に回ってしまった。……なんだか余計に地の底に落とされた気分だ。 「正直な所、私も、そろそろはっきりした方がいいと思っているわけだよ。その方が君達のためだ」 「素直に気になるだけじゃないのか…?」 「滅相もない。私はいつでも悩める男女の味方だからね」 イセラってこういうキャラだっただろうか……もしかしたらサラに大分感化されているのかもしれない。 人間とは変わるものだな、と白銀はマイナス方向に教訓を得た気がした。 「で、どうなの、白銀クン?」 「お、お前たち、ちょっと待っ……」 更にはアイリスまでもが混ざって、女性陣三人に尋問されていると、 「んん? 何だ何だァ、面白いことになってるじゃねェか、白銀ェ?」 クロエと話し込んでいたレヴィンが、いいタイミングでこっちのピンチに気づいてくれた。 すぐ後ろにクロエもいるし、まさか本人の前ではこれ以上三人も問い続けたりはしないだろう。今度こそ助かった、とほっとした瞬間、 「レヴィン、お前だけは俺を助け「どーなんだクロエ?白銀となんか変わったことあったかァ?」 「ほえ?」 「れれレヴィン?!!お前までもが俺を裏切るのかッ?!!」 あっさり期待を裏切られ、白銀はつい声を荒げて叫ぶ。 しかも、当のクロエ本人にまで話を振るだなんて、全くなんてことをしてくれるのだ。 「だって気になるだろ。お前がダメでも、クロエなら話してくれそうだしなァ?」 「そ、そんな話すようなものなど……!」 全くない、と否定しようとしたところで、はた、と更にあることを思い出した。 (そう言えば、俺は、クロエの寝てる間に“愛している”と思い切り叫んでいたっっ…!!!) そう、白銀本人には、思いっきり思いあたる旨アリ。先日の決戦前に至っては、密かに頬に接吻までしている始末。 この際、クロエが覚えていないことを祈るしかない……が、気付いていた可能性も拭えない。幾らクロエが鈍感と言えども、そこまで言われれば、さすがに言葉の意味にも気付く。 ごくり、と生唾を飲み込み、史上稀に見る緊張感に見舞われる。頼む、頼むから、覚えてないと言ってくれ。 「クロエ、そこんとこどうなんだよ?」 「教えてよぅ、クロエちゃぁん?」 (………クロエ…!!) 二、三度の瞬きの後、クロエはにっこりと微笑んで、 「……クロと白銀は、なーんにも変わらないよ。みんな何言ってるのか、クロ、分かんないよ」 やけに冷静に、さらりと言ってのけた。 皆はすっかり肩を落とし、なんだぁ期待して損したぁ、とぶつくさ呟いている。 (よ、良かった…! どうやら気付いていないようだ……!) 白銀は、相変わらずな関係を複雑に思いつつも、とりあえず凄まじい緊張感から解放されて、はーっ、と大きな吐息をついた。 それを見かねたレヴィンが、にやにや笑いながら、がっしりと肩を組んで絡んでくる。 「相変わらず白銀は堅物だなァ。少しも手ェ出したことねェのかよ?」 「お、お前な…」 レヴィンの悪ふざけに続いて、サラも、自分の唇に指をあて、意味深なジェスチャーをする。 「例えばぁ、寝てるクロエにチューしたりとか…v」 白銀はぎょっとして、つい、 「!!! く、口には、していないっっ!!!」 「………“口には”?」 「! し、しまっ…!!」 ……とんでもない墓穴を掘ってしまった。 後悔しても時既に遅く、にんまり、と腹立たしいくらいの笑顔を浮かべた皆に、次々に肩を小突かれる。 「へぇぇそうなんだぁ〜〜。まだ“口には”してないんだぁ〜〜?vv」 「くっ、お、お前らっ…!!」 「聞いたかクロエ?お前は全然気づいてないのかよ?」 イタズラ心がノッてきたレヴィンが、クロエにその話を振るという最悪の事態。 もうどうすればいいのか訳が分からなくなって、白銀は力無さげに、クロエだけは味方でいてほしいという最後の願いを込めて彼女に縋り付く。 「違うんだクロエ、信じてくれ、これは…」 「……あ。白銀、ちょっとごめんね」 するとクロエは、突然、すいっ、と白銀の前をすり抜けて走り出し、 「リチェルちゃーんっっ!!」 偶然そこに通りかかった、同じ盗賊の少女に声をかけた。 「……何…?」 リチェルカーレは、突然まったく会話したことがないクラスメイトに話しかけられ、当然ながら訝しげな顔をしていたが、クロエは構わずに話し始める。 「えへへ、初めましてだね。クロはね、クロエっていうの。ずっと話してみたかったんだぁ。ね、これからクロとも仲良くしてほしいなぁっ」 「……あなた“とも”?」 「うん。だってリチェルちゃん、 「!! ち、違う、あんなヤツと私は関係ない……!」 思わぬ男の名を出され、リチェルはつい慌てて首を横に振った。彼女が動揺するのを初めて見た皆はびっくりする。 「そうなの? えへへー、そっかぁ。ね、もっと色々お喋りしようよ。そうだ、クロが学校の中を案内してあげる!」 「え? あ、あなた、ちょっと……!」 腕を掴まれ、半ば強引に連れ出される。 リチェルが慌てて腕を引こうとするより先に、クロエが振り向いて、にっこりと無邪気な笑顔を向ける。 「あなたじゃないよ、クロは、クロエだよっ」 「……く、クロエ! ちょっと待って……!」 意外にも、リチェルはクロエを前にあっさり折れさせられた。 転校初日に、颯爽と凶室から脱走したリチェルカーレとは言えども、どうやら、無垢のお手本ともいえるクロエを邪険に扱うことはできないようだ。 「うおお、すげェなクロエ。あの転校生とあっという間に打ち解けたぞ」 レヴィンを始めとした皆が驚いて、拍手でもしそうな勢いで感嘆としていると、 「……クロエ…」 「やぁ。皆、楽しそうだねえ」 クロエを気にかける白銀の後ろから、ひょこ、と突然柊が顔を出してきた。 「!……久しぶりだな、柊」 白銀は、反射的に後ずさって間合いを広げ、相変わらず謎めいた微笑みの彼にそう返した。 だが、皆はこれといって気にすることなく、急に現れた柊にもわいわいと話しかけてゆく。 「珍しいわね、柊クンが私達に話しかけてくるなんて。柊クンって、なんだか遠い存在って感じだから」 「そんなことないよ。俺は皆と平等に仲良くしたいって思ってるから、謙遜しなくても大丈夫だからね?」 「発言がアイドルの鏡だぜ……」 「むうぅ〜、同じアイドルとして、サラちゃんも負けてられなぁ〜〜いっっ!妥当・柊さ〜〜んっっ!!」 ぐあっ!と勢いよく握り拳を掲げるサラに乗っかって、皆も楽しげに笑い出す。 そんな輪の中からいつの間にか抜け出してきた柊は、白銀の脇を通り抜ける瞬間、ぼそりと低く囁いた。 「……どうやら、事は片付いたようじゃないか。お疲れ様」 「! ……お前、そんなことも既に察して……」 「まあね。ちなみに、クロエちゃんと何も進展ナシなのもバレバレ」 「ひ、柊!お前まで…!」 「ははっ、まぁ、別にからかいに来たわけじゃないよ。君の想い人には感謝しなきゃね。クロエちゃんになら、きっとあの子を受け入れて貰える。これで、俺が役目を終えた後も安心できる……」 柊の顔つきが一瞬だけ意味深に変わった気がして、白銀は首を傾げる。 「…なんのことを言っているんだ?」 「気にしないでいいよ。そうだ、お近付きの印にさ、今度キミにテクの一つでも教えてあげようか?」 柊はすぐにいつもの軽い調子に戻り、くいくい、とこれ見よがしに人差し指と中指を折って手遊びする。その手つきが無性に生々しくて、白銀は動揺してうぐっと息を詰まらせた。 「い、要らん!」 「そう、残念。……でさ、キミにひとつ忠告しておきたいことがあるんだけど」 「…何だ?」 ぐい、と急に柊は白銀の耳元に顔を近付けて、 「………“影”に気をつけるんだね。ああ、別に今までみたいな悪夢の影じゃなくて。もっと君に近しい、新しくて、厄介な影のことさ……」 一息に囁くと、すぐに傍から離れて行った。 「ま、待て、柊! その話、もう少し詳しく…!」 慌てて追いかけようとするが、柊はもうレヴィンのところまで行ってまた話し始めていた。どうにも続きが聞けなくなり、白銀はかくんと肩を落とす。……彼の言った言葉に、無性に胸をざわつかせながら。 「柊、そう言えばこの間、転校生のこと追っかけてだよなァ?あれどーなったんだァ?」 「ああ、うん。可愛かったよ?反応が初々しくてさ」 「「「う、ういういっ…?!!」」」 ビュゴ――――――ン!!!! 柊のオブラードに包んだ大胆発言に皆が黄色い声をあげた瞬間、空間をすさまじい破壊力の衝撃波が過ぎ去って行った。 ビッ、と柊の肩装甲の先に少しだけ傷がつく。明らかに攻撃目標は柊だったようだ。恐る恐るみんなが振り向いてみれば、そこには戦闘態勢のリチェルカーレが佇んでいた。 「……あなた、何、誤解を招くようなことを言っているの……?もしかしなくても、わざと……?」 「だって本当のことじゃないか。前にも言ったけど、俺はリチェのことを追いかけてここに――」 「――――うるさい!!知らない!!あなたの言葉なんてこれ以上聞きたくないっっ!!!」 リチェルは早口で捲し立てると、だん、とその場から飛び立って行ってしまった。 「あ、もう!柊のせいでリチェルちゃん行っちゃったよお〜〜〜!」 「ごめんごめん。まだ彼女は少々素直じゃなくてね?」 クロエに怒られ、柊は平謝りする。その光景を白銀はヒヤヒヤしながら見守っていた。 …その笑顔の下に、先程リチェルに向けられていた舐め回すような視線が隠されていたと思うと、彼のことがひたすらに恐ろしい。 「あの転校生ちゃんにも手を出してるなんて、流石は柊クンね。アイドルなだけあるわ」 「い、イセラさぁん…!!サラちゃん悔しいですぅっ…!!」 「いや、別にレディがそこをライバル視しなくてもいいと思うよ…?」 柊の恐ろしい本性に気付かない女性陣が、そう無邪気に話しているところに、レヴィンはまたやけに明るい調子で笑いかける。 「はっはっは! ほんとだぜェ、アイドルっつっても言い換えればある意味女ったらし……」 ガッゴ―――――――ン!!!! 「いってェ―――?!!」 と、そこでまた何かが飛んできて、小気味よい音を立ててレヴィンにクリティカルヒット。 「っちょ、転校生!!別に今のは柊の悪口言ったわけじゃねェっつーの!!」 「? リチェルちゃんはもう行っちゃったよ?」 「大体、それ、衝撃波じゃなくてタライだしね」 さっきと同じ方向からだったから、ついリチェルがやったかと思ったらそういうわけではないらしい。っつーか、今時タライって。 「おいおい、じゃあ一体誰が……」 ヒリヒリ痛む頭を押さえつつ、レヴィンがふと振り向いてみると……… 「………お嬢様?」 そこには、フローレンスが立っていた。か細い肩を、わなわなと小刻みに震わせながら。 「おい、何すんだよ!まだ買い物に行ってるはずじゃ…って、やべ、そう言えば俺抜け出してきたんだった!」 罰を与えられても仕方ない自分の行いを思い出し、レヴィンは慌ててフローレンスに近付くと、ぱん、と合わせた両手を掲げて平謝りした。 「勘弁してくれよ。たまにはちっと息抜きしたかったんだって」 ……ところが、フローレンスは答えない。いつもなら、ここで耳を貫く怒号が降って来るはずなのに。 さすがに彼女の様子がいつもと違うことに気付き、顔を上げて彼女の顔を覗き込む。 すると、目元がなぜか少し赤くなっていて、深く閉ざされた目元の、長い睫毛がふるふると弱弱しく震えている。今までにない反応に、レヴィンは当然ながら困惑する。 「おい、どうしたんだよ? なんかさっきからお嬢様らしくねェ―――」 「――――です、か」 「あァ?」 やっと喋ったかと思えば、声がか細すぎて聞き取れない。 ついつい、ヤンキーらしい因縁をつけるような調子で問い返してしまうと、フローレンスは、きゅ、と唇を噛みしめて、今度は痛々しいほどはっきりとした口調で言い直した。 「……なぜ、貴方はいつもわたくしを退け者にするのですか」 「は?」 「わたくしのことが、お嫌いだからですか」 「な、なんでそんな突拍子もねェ話になんだァ?!」 話が飲み込めず混乱するレヴィンに痺れを切らし、ガッ、と突然フローレンスは彼の胸元に詰め寄った。 「答えてくださいませ!! 貴方はわたくしのことがお嫌いなのですかっ?!」 「お嬢、様?」 何故かは分からないが、彼女は真剣なのだとレヴィンは悟った。 かといって、好きだとか嫌いだとか、そんなはっきりとした答えをすぐに出せというのは無理がある。レヴィン自身、彼女に対しての自分のキモチに、整理などついていない。 「フローレンス、どうしたんだろ…?」 「しっ。クロエ、ここは見守りましょう」 「……レヴィン…」 二人の突然の発展場に、それを見守るみんなにも緊張が走る。 クロエとアイリスを一歩引かせながら、白銀は、友の出す答えを見届けなければと思い息をのんだ。 レヴィンはしばらく、あー、とか、だーもー、とか呻いていたが、やっとある程度考えがまとまったのか、ぐるっとフローレンスの方を向き直した。 がしがし、と頭を乱暴に掻き毟りながら、ひどく気だるげな様子で口を開く。 「好きか嫌いかって言われっと、すっげー困るわ。そりゃ、前から言ってる通り、俺は女ってヤツは嫌ェだけどよ――」 「――――っっ!!!」 「けど、俺は――――」 レヴィンが言葉を続けるより早く、ぱちぃぃん!!!と痛々しい音が響く。 次の瞬間には、もう、レヴィンの頬が紅葉型に赤く腫れ上がっていた。 「ってェ!!な、何しやがるっ?!」 思わずレヴィンがフローレンスに掴みかかり、それを見兼ねたみんなが慌てて止めに入ろうとしたところで、はた、とレヴィンはあることに気付いた。 「〜〜〜〜……っ」 「お、まえ…なんで、泣い…て……?」 ばっ!!とそこでフローレンスは無理矢理レヴィンの腕を振り払うと、今度は突然その肩を引き寄せて、 「……………ばか…っ」 頬への短い口づけのあと、一言、涙で掠れたか細い声で、そっと呟いて。 そのまま、どこへともなく駆け出して行った。 「お、おい、フローレンスっっ?!!」 たったひとつ残された不可思議な感触に体が縛られ、咄嗟に追いかけることもできず、レヴィンはただ、唖然としていることしかできなかった。 駆け抜ける、涙で溢れる視界の中、フローレンスは、激しい後悔の念で押し潰されそうだった。 (……ばかみたいですわ…) 彼は最初から、女なんて嫌いだと言っていた。こんな結末、とっくに分かり切っていたことだったのに。 改めて、彼に“嫌い”と言われることが、こんなにも辛いなんて―――。 (そう、なのですね………きっと、わたくしは…レヴィンのことが……) 今更気付いたところで、もうどうしようもないこの想い。 見上げた空が、フローレンスの心に呼応するように、しとしとと静かな雨を降らせ始めていた。 あとがき。 以上、戦士♂×僧侶♀小説でした。久しぶりにレヴィンとフローレンスの二人です。 白銀とクロエの問題がひとまず片付いて、学校生活を取り戻すために走り始める皆。しばらくラブコメ調が多くて楽しかったのですが…(笑)、でも、まだまだ問題は山積みだということを思い出し始めるのです。 とりあえず、その一つのレヴィンの過去が出始めたわけですが………なんともいえぬところで終わってしまったこの話、次回に続きますっ。レヴィンとお嬢様の劇的展開を見守ってあげてくださいっ。 それでは、ここまで読んで頂きましてありがとうございました。また次回作でお会い致しましょう。 ブラウザバックでお戻り下さい。 |