好きになったら



「……うぁー…ったく、どうすればいいんだよ…」
ふと、赤髪の少年・マオが立ち止まり、見つめた先には、らしくもなく頭を抱えて呻く緑色の長髪の青年。そこで彼の考えを理解し、ピーンと一発閃いたネタをけしかけてみようと、いそいそと近寄って耳打ちしてみる。
「あのネ、ティトレイ!こーゆー時には、ぼそぼそ……。ね、こうすればいいんだヨ☆」
よぉーし!と自信満々で彼は威勢の良い声を挙げ、自分の目論みが見事成功する可能性がほぼ100%なのを確信し、マオは一人にししと愉快そうに微笑んだ。





きにったら





それは何の変哲も無い、いつもの朝のこと。大好きな酒も昨日は飲んでいなくて、その為か一層清々しい朝日に目を細めながら、ヒルダは一人先にテーブルについた。
朝食にはまだ早く、皆もまだ来ていない。多分もうそろそろ早起き派であるアニーやユージーンが起きてくる頃かしらと思いながら、椅子の背に体重をかけて楽な姿勢をとった。
多分まだティトレイやマオは起きて来ないだろう、あの二人の寝ぼすけ具合はよく知っている(ちなみにヴェイグはどちらともいえない。というより、クレアが起きてくればほぼ同時にヴェイグも来るので特に心配はいらない)。なので特に気にもせず、一足先にコーヒーのひとつでも飲むことにした。
宿の人もまだ受付の人ぐらいしか起きていないので、断りをいれて台所を借り、自分で入れる事にした。
「えーと…カップは何処かしら」
何せいつも料理など作らない派だし(自称五ツ星料理人に任せっぱなし)、あまり馴染みの無い台所の勝手具合はほんのひとつまみ程度。食器を出すのも困りもので、ある意味迷子の様にあちらこちらを見渡しながら、数分を要して漸く準備が完了する。
「まずコーヒー豆を…っと」
何せ手つきすら素人同然の為、案の定つるっと手を滑らせて危うくコーヒー豆の入った袋を倒してしまいそうになる。反射的になんとか掴んで倒れるのを止めようとして、ぱっ、と袋を掴んだ。…しかし、それは自分の手ではなかった。
自分が掴むより先に、他の誰かの手がコーヒー豆の袋をナイスキャッチ。誰、と思わず振り返ると、そこには何食わぬ顔でいる見慣れた顔の男が。
「…ティトレイ、なんであんたがここにいるの?」
「いやーあぶねーあぶねー、間一髪」
「ちょっと、聞いてる?!」
そう、自分の変わりにナイスキャッチを果たしたのは、この目の前の男・ティトレイ。まさかいつもマオとどっちが起き抜けビリになるかぐらいまで争うこの寝ぼすけ男がなんで此処にいるのだろうか。しかもその問いを無視し、袋の心配をしている辺り、早朝早々に気に食わない。思わずそんな念を込めて怒鳴ると、袋を安全なところに置いてから、ティトレイはこっちを見た。
「怖ぇなー、ちゃんと聞いてるって」
「……どうかしら」
「いやいや、本当だって!なんだよヒルダ、俺が珍しくも早起きしたってゆーのにさ」
「分かってるんじゃない。…今日は雨でも降るかもしれないわ」
「わーヒルダひでぇ…」
いかにも大袈裟に残念そうな表情を浮かべ、頭を抱える。わざとらしいんだか素なのか、この男の場合見分けられないのが悩ましい。
「…まあ…一応、こぼしそうになったのを助けてくれたのは…有難う、ね。助かったわ」
これだけは感謝してるのよ、と言わんばかりの微笑で返すと、何故かティトレイの顔がいきなり変わった。微かに頬を紅く染めて、吃驚したような顔だった。その表情がなんだかおかしくて、どうしたの?と問いてみた。が、返って来たのは「なんでもない」という彼にしては珍しいあっさりとした台詞だった。頭に疑問符を浮かべるヒルダを見下ろして、いきなりまた動き出したかと思えば、いきなり背をぐいぐいと押し出した。
「ちょっ、何?!」
「コーヒーは俺が入れてやるって、だからお前は休んでろよ、な!」
後ろから押される力強さに負けて、結局椅子にとすん、と座り込んでしまう。
暫くして入ったコーヒーを丁寧に手渡す彼の顔がほんのりと赤かった気がした。






それからというものの、なんだろう。
敵に遭遇し戦闘しなければならない時には、何故か彼が常に守ってくれているように。カードでいつもの占いをしていれば「紙は乾燥するんだし指切るなよ」とか「あまりやって疲れて無いか?大丈夫か?」とか、心配事ばかり口にする。なんなんだろう、最近――というより、あのコーヒーの袋事件(?)以来から、なんだかティトレイの様子がおかしい。いや、彼事態に変わりはないのだが…なんというのだろう、強いて言えば「優しい」のだ。
(でも優しさも限度を過ぎるとお節介というのよ)
そう心の中で思いながら、ヒルダは頬杖をついた。
彼が異様に自分に構うものだから、暫く一人で考え込む暇もなかった気がする。そこまで思うほど、彼のあの優しさは異様だ。もともと、真っ直ぐ(熱血ともいう)で気さくで、優しい心を持つ持ち主なのだ、ティトレイは。それが増した、と思えば一番簡単なんだろうけれどそんな単純なものではあるまい。
(一体なんなのかしら、あいつ……)
考えれば考えるほど、悩みの種。
もともと彼の性格は自分とは根っこから違う性格なもんだから、予想し当てろという方が困難。向こうの単純さ故簡単なものはわかるかもしれないけれど、あまり真に迫るものは、到底無理。
……そして、悩ましいものはもう一つ。
あそこまで自分だけに優しくされて、嫌、といえば嘘になる。
と、いうかもともとあまり人と接する機会も少なかったせいか――寧ろ、嬉しいくらいだ。
更に言えば…あれだけ優しくされて意識するな、という方が。
もともと惹かれかけているということも相成って、この効果は超絶大。ティトレイが寄る度心臓が高鳴ってしょうがないというのに、向こうは何食わぬ笑顔で優しくしてくるからタチが悪い。こちらの気持ちも知らないで。
(ほんと、困ったものだわ……)
そこまで考えて、頬杖をついていないもう片方の手をぶらりと動かした。
机の上に無造作に並べられたタロットカードを指でついと動かして、弧を描いて。何枚ものカードの中から、これと思うものを選んでいく。こんな時こそ自分の才能――占いで何か打開策が見つかるかもしれない、と。そしてつ、とヒルダの指が辿り着いたのは、一番手前のカード。親指と人差し指・中指でカードの端っこを摘み、反り返らせるようにカードの裏を露にしていく。
もうちょっと、と思うところで、ドアの向こうからドタバタと軽快な足音が聞こえてきた。
そしてその足音が向かうのは紛れもなくヒルダの部屋。
「おぉーいヒルダー!飯出来たぞー!!」
「きゃぁああ?!」
今まさにカードの裏が見れるという緊張した状態で、いきなりドアがバーン!と開いて大声で呼ばれて、これで驚くなという方が無理である。案の定、驚いて仰け反った瞬間に、バラバラとカードが空気中に散乱してしまった。
「わ、何が起こってるんだ?!」
「あ、あんたのせいじゃないのーっ!!」
数秒かかってカードは宙を舞い、暫くして漸く床に落ちた。
「あーあ、ぐっちゃぐっちゃだなー」
「誰のせいだと思って…」
少し間違えれば滑って転びそうなくらいに、四方八方にカードは散乱している。いかにも回収が面倒臭そうな光景だ。しかし、形見でもあるこのカードをこのままにしておくわけにもいかない。腰や膝を折り、身を屈めると手を伸ばしてカードを拾う。この行動に数秒かけて、漸く一枚自らの手に舞い戻る。カードは全部で二十枚。まだまだ、足りない。
「手伝ってやるよ!大変そーだし」
「当たり前よ。あんたのせいなんだから」
振り向かなくてもどんな顔してるか分かるくらい気さくな彼の声に、顔を向けないままあっけからんと返事を返す。比べてみれば、なんと言葉の棘の数が違うのだろう、と呆れるぐらいに思った。
「…おかしいわね、一枚足りないわ」
「おいおい、どうするんだ?!いや、もしかしたらどっか隙間に入っちまったとか…」
事態が急変し、そして彼の声色も表情も心配気なものに早変わり。探すぞ!と大きめの声が響いて、四つん這いになるとテーブルの下だとか隙間だとかを念入りに探し出す。…ああ、こうやって人の為に一生懸命になれるところが彼の良さなんだと思った。そしてそれが馬鹿なぐらいに呆れてしまうことだとも。
「…あんたは羨ましいくらいの性格してるわね……」
「なんだよ突然ー?っつか、ヒルダも早く探せって!大切なカードなんだろ?!」
カードの持ち主よりも必死な声におされて、「はいはい」と呟きながらヒルダもまた身を屈めた。首を曲げて様々なところを見渡して―――ふと、棚と棚の間の数センチくらいの隙間の間に、カードが挟まっているのが見えた。
「あ、あったわ!」
「おお!やったな!」
耳元に安心したーといわんばかりのティトレイの声が響く。それが聴こえるとほぼ同時に、ヒルダはその隙間の中に手を差し入れた。が、しかし結構この隙間は奥が深いもので、あともう数センチというところでカードに手が届かない。必死に小さな呻き声を出しながら手を伸ばすが、これまた玉砕。ぷるぷると指先が震えた。
「と、届かなっ……」
「大丈夫か?!俺もやってみる」
「え、ちょっと待っ…」
静止を聞かないまま、ティトレイもその隙間に手を突っ込んで、ヒルダの手を追い越した。そして辿り着くは、念願のタロットカードの残り一枚。手の長さが勝ったのかティトレイの手は見事カードに辿り着いて、ぱし、と確かに捕まえた。
「やったぜヒルダぁ!これで全部揃っ―――」
にこにこと笑顔で、ティトレイがこっちを振り向く。しかし、それが悪かった。同じ隙間に手を入れたために肩がぴたりと密着し、ティトレイがヒルダの方を見下ろせば、これまた間近でばちっと目が合った。
「あ……う…」
ヒルダの情けない声が聴こえたが、それすら聞き流してしまうくらい、二人して顔を真っ赤にして硬直する。
「わ、わわわ…わりぃっ!!」
慌ててティトレイがそう叫ぶと、ずささっと隙間から手を引っこ抜き後ずさる。同時に隙間からの生還を果たしたカードが、ご丁寧にもひらひらと数秒間宙を舞って地に落ちた。
「べ、別に…平気、よ」
「そ、そっか……」
照れをなんとか隠しながら、ヒルダはゆっくりとカードを拾い、ゆっくりとティトレイの方を見た。…が、そこで彼の異変に気がついた。
「あ、あんた…ちょ、顔、赤すぎ」
ヒルダに指摘された途端、バッ!!と慌てて、両手でティトレイが顔を覆う。それでも分かるぐらい、ティトレイの顔は真っ赤に紅潮していた。林檎だとかトマトだとか、更にはゆでだこだとかそういう単語がぴったり当てはまるくらいに本当に真っ赤っ赤なのだ。これには流石に、ヒルダも驚いて問い詰めないわけにはいかなかった。
「…なんで、そんなに…赤いの」
「あ、あ、あ、赤くなんかねぇ!」
そうやってあからさまに否定するのが、子供っぽいなぁと思った。
彼に問うても「赤くない」の一点張りでどうにも決着がつかないので、自分で考えを巡らせる事にした。数秒間考えて、それでヒルダの辿り着いた答えに、一瞬ヒルダは自分でもこれは有り得ない、と思った。けれどこれしか考えられなくて、恐る恐る口にしてみる。
「あんた…もしかして、意識…してる、とか」
「……っ!」
声にならない呻きをあげたことから、正解なのだと思った。思わず自分の顔もつられて赤くなる。二人して顔を真っ赤にしたまま暫く沈黙が流れたが、痺れを切らしたのか、いきなりティトレイが声をあげた。



「…ああっ、そうだよ!お、俺はお前が好きなんだ!…だ、だから…」



いきなりの直球告白に、ヒルダは目を見開いた。ヒルダがあまりにもビックリして何も言えないでいるので、そのままティトレイは話しだす。
「だから…その、ヒルダに好きだーって伝えるにはどーしたらいい、ってマオに聞いたら…マオが『好きになって貰いたかったら、めいっぱい優しくすればいい』って言うから…その」
「…それで、最近凄く私に構ってきたわけね…」
こくり、とティトレイが頷いた。そんなアドバイスをするマオもマオだが、それを真に受けて実際に行動するティトレイもどうかと思う。そんな馬鹿正直なところが彼の良い所なのだが、流石にあれはやりすぎだ。なんとか気持ちを落ち着かせると、ヒルダはひとつ溜息をついて、ティトレイに数歩近づいた。
そして、なんの前触れもなくばしんっ!とティトレイの頭を叩く。
「い、いってぇー!!」
「あんた、馬鹿よ」
そう一言だけ呟いて、俯いてドアの方に向かって歩いた。
「ひ、ヒルダァ!何するんだよー!俺、必死で…」
「わかってるわ」
ティトレイの言葉を遮るようにして言うと、ティトレイの方に振り向いた。頭を抱えながら、此方の背を見つめていたティトレイの視線と、ぶつかった。
「あんたは馬鹿だわ。そんな優しくしなくたって、あんたは今のままで十分…馬鹿な程優しいわ。…だから、あんまり、無駄に意識させないで」
「え……」
ティトレイが目を見開く。その瞬間に、フイッ、とヒルダは再び顔をドアの方に向いてしまった。
けれども、むこうを向いた瞬間にチラリと見えたヒルダの赤面が見えたので、ティトレイはヒルダの真意に確信を持ち、ニッコリと太陽の様に明るく笑った。走り出して、先に部屋を出てしまったヒルダに追いつくと、肩を並べて食堂に向かって歩き出した。
「な、な、俺、期待していいんだよな?な?」
「あ、あんまりそういうこと聞かないでったら……もう、ぶつよ!」
「勘弁してくれってー!」
久しぶりに見た自然体の彼の笑顔が、なんだか今までのどれよりも、胸をときめかせた気がした。



好きになるのは簡単だけど、寧ろなってからのが大変だから。
だから、かの想いを込めて触れ合う優しさは、何よりも暖かな温もりであればいい。










あとがき。
作品強化期間リクエスト作「やけに積極的なティトレイにドッキドキなヒルダ」でした。
前のティトヒルがなんだか消化不良な感じになってしまいましたので頑張りました。糖度は足りないかもしれませんが私的にうまくいったのではないかな、と(自惚れ…?)。
ティトレイ→→←ヒルダ(笑)な雰囲気に見て下されば幸いです。
兎にも角にもリクエスト有難うございました!



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