「アニース」 「はぁい、なんですかぁ、大佐?」 いつものように、にこにこと不敵な笑顔でジェイドはアニスを見下ろして、いつものように、唐突で、尚且つ想定外の言葉をすっぱりと吐き出した。 「一緒にデートに行きましょう」 「……は?」 デート。デ・ー・ト。僅か三文字の言葉に秘められた、阿呆臭くなる程の性質の悪いジェイドの言葉に。 ぽかん、と思わずアニスは呆れ返り、まさに口が塞がらない状態になってしまったのは言うまでも無かった。 スパングルデイズ 「……って、これの何処がデートなんですかぁ〜〜」 「おやおや。随分と不服のご様子ですねぇ、アニス?」 がやがやと、五月蝿いまでの人の賑わう音が耳に絶えず響き渡る。せわしなく動く人の影。数秒の刻が通り過ぎるだけで、その光景は形を変えていく。ここは人が賑わって止まない、町の店や露店が並ぶ広場である。 その中に、両手を目の前にめいいっぱい伸ばして振り回し、ご機嫌斜めの意思表示をしまくっている少女、アニスの姿があった。 そこから数メートル離れた所に、至って冷静な面で彼女を遠めで見下ろす、ジェイドがいる。ご立腹なアニスの振る舞いに、ジェイドはクスクスと面白そうに笑んでいる。そんな彼を見上げて、アニスはぶつくさと問うた。 「……これ、デートじゃなくてただの買い物ですよね?」 「はい、そうですよ」 「だったらややこしい言い方するんじゃねぇゴラァ!!」 きっぱりと肯定したジェイドに向かって、思わずガーッとアニスが声を荒げて叫ぶ。 「地が出ていますよアニス。まあ、こうでも言わないと貴女は着いて来てくれないと思いましたので」 全く彼女の威嚇など効かないという風に、ジェイドは軽くあしらうと、そんな事をあっけからんと言いのけた。 アニスも負けじと、これでもかという位に、小悪魔のような面構えで言い返す。 「ハッ、いい歳こいて付添無しじゃ買い物も出来ないんですかぁ〜?」 「心外ですねぇ。貴女は荷物持ちですよ、に・も・つ・も・ち」 「いやん大佐ったら、こんなか弱い女の子にそんな事させるだなんて酷いですっ…」 ぶりっ、といかにもいたいけな少女らしく振舞ってみせると、ジェイドはあからさまな空笑いをした。 「ハハハ。今回の買い物は特に多めなので。勿論貴女ではなく、貴女のトクナガを使用してお願いしますねー」 「チッ…」 やっぱりそれが目的か、と嫌な予感が当たったことに、アニスはジェイドから顔を背けながら舌打ちした。 嫌な予感―――それはつまり、結局は人形を使うとはいえ、このまま荷物持ちとして彼に付き合わねばならない、という事だ。 確かに暇を持て余しているとはいえ、この陰険眼鏡に付き合って荷物持ちをさせられるくらいなら、宿で一人ゴロゴロしている方がまだマシだ。それに、どうやらジェイドは相当自分の事をこき使う気満々のようだし、はたまた『私やっぱり帰りま〜す』だなんて言ったとしても、素直に帰してくれる気もさらさらないらしい。 下手に逆らっても後が恐いし…、と容易に想像出来たお仕置きの恐ろしさを思い、アニスは一瞬だけぶるっと身を震わせた。 結局、ジェイドの手中にいる上では、不愉快だがこのまま着いて行くしか道はないのだ。めいいっぱい大きな溜息をついて、アニスは仏頂面で項垂れた。 「いやはや、お疲れ様でしたアニス」 先程から、数刻の時間が流れた頃。街道には、スタスタと未だ軽やかに歩くジェイドと、フラフラなアニスと、その更に後ろにのしのしと歩く大量の荷物を背負ったトクナガの姿があった。 あまりにそのトクナガが見ていて恐ろしげなのか、または近づいたらすぐにでも、背に乗せられた荷物がずららーっと雪崩落ちて来そうな予感がするからか。人の波は自然と三人を避けていた。 故に、人波に煽られる事はないとはいえ、正直今アニスの体力は限界で。 荷物持ちとは言っても、実際はジェイドの読み上げるメモに従い、購入しなければアイテムを探しあてて籠に入れ、レジに通す一連の作業などを全てアニスがやらされる破目になった。 当のジェイドはメモを読み上げてしまうと、アニスがアイテムをレジに揃えるのを優雅に立って待ち、揃った時点でさらりと勘定を済ませるだけ。 荷物をトクナガに乗せる作業は流石に手伝ってはくれたが、乗せたらもう後はトクナガ任せ。そして、そのトクナガを操作しているのは、紛れもなく人形遣いであるアニスなのだ。 幾ら日頃から鍛錬はしているとはいえ、何せジェイドの人使いの荒さが尋常じゃない。アニスにとって、買い物の大半を任されるのと、更にはトクナガを使って荷物運びをするとのダブルパンチは、かなりの重労働に感じられた。 すっかり背は老人のように曲がり、覚束無い足取りをしながら、アニスはジェイドに皮肉っぽく言って見せた。 「はあ〜あ……大佐って、ホンットに容赦ないですよね〜」 「それはそれは有難うございます」 「褒めてません」 大体分かっていたつもりだが、やはりジェイドに皮肉は通用しないようで。 一応びしりと丁寧にツッコミを入れ、尚もアニスは虚ろな眼でジェイドを睨んでいた。 「っつーか…、私にやらせなくたって、ルークやガイがいたじゃないですか?」 「ルークのようなお坊ちゃまを買い物につき合わせたら、余計な手間がかかるだけですので」 ジェイドの言い分に、アニスは、ああ、と頷いて見せた。 確かに豪邸育ち故、ルークのあの金銭感覚の無さは、一般庶民の買い物を任せるには危なすぎる。最初から教えてやるにしても、それは手間が増えるだけ。例え教えたにしても、慣れるまでは早々ついていけないだろう。今までの経験もあり、店に並ぶ品を目の前に困惑するルークの姿が目に見えるようにありありと脳内に浮かび上がってくる気がした。 「確かにそれはまだ納得出来ますけど。……ガイは?」 「まあ確かに、ガイもいますが…、ね」 ルークが駄目でも、ガイがいる。寧ろガイの人の良さからすれば、自分で言うのもなんだが、途中で逃走する可能性すらあるアニスよりも、なんだかんだで面倒見がよく、人の良いガイの方が適当な気がするのだが。 そんなアニスの疑問を、ジェイドは勿体ぶるように一度口篭り、立ち止まってサッとアニスの方を見下ろした。 「…なんですか?」 「私はガイよりも…アニス、貴女に着いて来て欲しかったので」 「っ?!」 いきなり何言うかと思ったら、そんな唐突な事を、そんな真剣な声色で言われて。思わず、アニスの頬がぼっと紅潮する。 それを見てジェイドは、クスリ、といかにも面白そうに微笑んだ。 「…まあ、それにこの荷物の量じゃ流石のガイも持ちきれませんしね?そうすると必然的に貴女が適任になるわけです。あっはっはっは」 まるで、先程の言葉など知らないと言う風に。 さらりとジェイドはそう言うと、再び何事も無かったかのようにスタスタと歩き出した。 「なっなっなっ……」 か、からかわれた。絶対あれはからかってたんだ。 彼の思惑に嵌められてしまった自分が、とてつもなく恥ずかしい。不覚にも、あんな言葉で赤面してしまったなんて。自分を悔やみながら、慌てて先に行ってしまったジェイドを追う。 「たっ、大佐待って下さいよ!」 「おや」 「ぶっ」 ダッと走り出した時点で、何故かいきなりジェイドがぴたりと立ち止まった。当然いきなり止まる事などお出来ないアニスは、目の前のジェイドの背に思いっきりぶつかった。ぶつけてヒリヒリする鼻の頭を、いたた、とアニスは呻きながらさする。 「もお、大佐ったら突然止まってどうしたんですか…!」 「アニース。ご褒美は欲しくないですか?」 「えっ、ご、ごほーび?!!」 まさかこの陰険眼鏡から、こんな素敵な言葉を聞く事が出来るとは思わなかったので、アニスは思わず瞳をきらきらと輝かせる。 アニスが期待たっぷりなのを見計らって、ジェイドはすぐ横の店のショーウインドウを指差した。 「ほら。あそこには貴女好みの品が沢山あるのではないですか?」 指差された先をアニスが見ると、そこにはガラス張りのショーウインドウの向こうで、きらきらと煌びやかな輝きを放つ、アクセサリーが綺麗に並べられていた。 「うわっ!!も〜う、大佐ったらアニスちゃんの事が分かってますねぇ〜!きゃわ〜ん♪」 明らかに興味津々な様子で、アニスは店の方に走って行く。 着くとすぐ、ショーウインドウに手を当てて、目の前の品をうっとりと見つめる。どうやら庶民向けのアクセサリーらしく、ダイヤモンドなどの効果な石は使っていなく、値段は比較的高めな程度であった。しかしそれでも、人を惹きつける輝きは十分な程である。 また、ちらりと目線を変えて店の中を覗きみてみると、他にもちょっと豪華そうな小物やら服やらも並んでいる。可愛らしいアイテムから、大人向けのアイテムまで。どうやらここは、女性向けのファンシーショップのようなものらしい。 暫くじっくりとそれらを眺めていたアニスに、後ろからジェイドが声をかけた。 「ははは、釘付けですねぇ、やはりアニスも女の子ですか」 「あったり前ですよぉ〜!…勿論、ご褒美なんですから、大佐がどれでも買ってくれるんですよね?」 「そうですね、そういう事になりますか」 「本当ですかぁ!ふふふ〜っ、どれにしようかな〜」 何せ散々こき使われたのだ、この男の財布を少々痛めつけようとも天罰は下るまい。どうせなら高値な物を買わせてやろうと、アニスはアクセサリーについた値札を確認しながら、黒い笑いを浮かべている。 「ああ、あまり高いものはいけませんよアニス。あまり持ち合わせがありませんからね」 「はあっ?!た、大佐ほどの人ならお金じゃらじゃら持ってるんじゃないんですか?!」 「何分今は任務中なので。グランコクマに戻れば多少なりとも無くはないですが……。いやはや、偏見というものは恐いですねぇー」 「チッ…」 ジェイドは、アニスが高い物を買わせてやろうという魂胆を考えていた事など、余裕で見抜いていたらしい。 折角の唯一の仕返しが駄目になったことに、アニスはめいいっぱいの悔しさを込めて舌打ちした。 そんなアニスの様子を見てか――――、ふと、ジェイドはアニスの肩にポンッと手を置く。 「大佐?」 「まあ、確かに今は持ち合わせはありませんが。この場は我が友の名を使わせて貰って、ツケで少々高い物なりとも買ってあげる事は可能ですね」 「きゃわ〜んっ!流石大佐ですう〜!!」 そうだ、この男はあのマルクトの王様と友達だったのだ。ぱあっと一瞬にしてアニスは笑顔を振り撒いて、ごろごろと猫の様にジェイドに懐く真似をしてみせた。 「ただし、貴女の動向によっては、ですが」 「へ?」 と――――、いきなりジェイドは先程掴んだアニスの肩をグイッと引き寄せ、自らの方に向けさせる。いつの間にか目の前に、ジェイドの顔が。アニスは突然の事に反応が出来なくて、思わず体が硬直して動かなかった。 「今この場で私に口付けが出来たら、買ってあげなくもありません」 「なっ…そっ、そんな事出来るわけないじゃないですかッ!!」 ご褒美という言葉につられて忘れていたが、ここは確かに公衆の面前なのだ。上手くトクナガの影になって、周りからは幾分死角とはいえ、こんなところでそんな事をするなど、冗談ではない。当然拒否するアニスに、ジェイドはクスッと不敵に笑んでみせた。 「そうですか。では、ご褒美はなしということで」 「あっ…!た、大佐、ズルッ…!」 「なんとでも。私は、貴女が私に口付けをして、私が貴女に高値の品を買ってあげる事になろうが、貴女が口付けをせずにこのままご褒美無しになろうが、どちらでも構わないのですよ」 「う〜〜〜〜っ…!」 ぎりぎり、と唇を噛み締めるが、一向にアニスの中で答えが決定するわけがなくて。 どうする、恥を忍んで褒美を貰うか、それともプライドを重視して何も無しになるのか。 あまりにそれは大きな、そして真っ向から対立する条件の重みをもったものが、天秤の左右にゆらゆらとかけられた感覚だった。 答えは、アニスの口から出ない。ただ過ぎ行く時間に気が焦り、目の前のジェイドの整った顔から目を逸らしたくても逸らせず、勝手に顔が熱を持っていくばかり。 「う、うう、う……」 情けない声ばかりが、漏れ出すように響き渡る。いつの間にか、ショーウインドウを背に追い詰められているような形。掴まれた肩から感じる温度が苦しい。もはや逃げ場などなく、ひたすらいじらしげなアニスの様子に――― 「………ふっ」 突然、そうジェイドが噴出した。 「…はうあ?」 「ははははは。冗談ですよアニス。流石の私でも、こんな所で熱烈なラブシーンを演じて、注目の的になる気は到底ありませんのでね」 「…………」 楽しげなジェイドの笑い声に、アニスは暫く凍結して、1、2、3。約数秒の間を置いて、があっとアニスは怒りを爆発させた。 「い……いい加減にしやがれ、この鬼畜眼鏡―――――っっっ!!!!」 「あっはっはっはっは〜、とても楽しませて頂きましたよアニ〜ス」 わざとらしいジェイドの笑みは、アニスの怒りを増幅させるばかり。今トクナガが荷物で埋っていなければ、この男に思いっきり鉄拳をブチかましてやるのに、と本気で思った。 もうこの際丸腰であろうが関係無い、何かしてやらなければ気が済まないと、アニスがジェイドに牙を向きかけた、その瞬間に―――、 「はい、どうぞ」 アニスの顔の本当に目の前に、いきなり突きつけられた、小奇麗にラッピングされた小箱がひとつ。 妙に目に焼きついたそれは、パッとすぐジェイドの手から落ちるように渡され、わっわっと慌ててアニスは落ちかけたそれをキャッチした。 「た、大佐…これって?」 「だから、ご褒美ですよ」 開けてみなさい、とジェイドが言うので、アニスは恐る恐る小箱を開ける。と、中にはとても小さくて、そう値段は高くはなさそうだったが―――確かに煌いている、銀のペンダントが入っていた。そして中心に、気のせいなのかどうか分からないが、なんとなくトクナガの形に似た銀の飾りがあしらわれていた。 「か、可愛い…」 「お気に召しましたか?」 素直に口から出た感想に、ジェイドにそう問われて、ハッとアニスは言葉を返す。 「は、はい…で、でも、いつの間に、こんなの買ってたんですか…」 「貴女がアクセサリーに夢中になっている間、ですかねぇ。まあ、そういう事ですので、そろそろ帰りましょうアニス」 ニッコリと笑顔でジェイドはそう言うと、アニスから背を向けて一人先に歩き出す。 「わっ、ちょっ、待って下さいよ大佐ーっ!」 アニスは慌てて、未だ荷物に埋もれるトクナガを操作しながら、ジェイドの背を追って走り出した。 手には、しっかりとあの『ご褒美』を握り締めて。 帰路に着くアニスの心の中には、先程までは確かに、波がのたうつぐらいに激しい怒りがあったのに。いつの間にかそれは消え失せ、残ったのは、むず痒いのに、なんだかとても幸せで暖かな想い。 (な、なんで、私……あんなに散々振り回されたのに、大佐にこれ貰って…こんなにも嬉しいんだろ) もう少し深く考えてみれば、すぐにでも辿り着きそうな思いに気付くのをを、恥ずかしさと悔しさのせいか、素直に受け入れなくて、アニスはこれ以上考えるのを止めた。 けれど、ジェイドの背を追い、街道を走るアニスの足取りは、不思議と軽やかに弾んでいる気がした。 きっと、このペンダントを首にはめる時には、素直に有難うと言えるだろうか。 アニスはそう思いながら、やっと追いつくことの出来たジェイドの手のひらに、そっと、自らの手のひらを重ねてみせるのだった。 あとがき。 151515を踏んで下さった沙菜様に捧げる小説です。リクエストは「大佐攻めな甘々ジェイアニ」でした。 最近めっきりシリアス気なジェイアニばっかりだったので、久し振りの甘々は苦戦する反面新鮮な感じでした。で、でも、こんなん甘くないじゃないかとか思ったらすみません…!(あ)喜んで頂けたら幸いです。 沙菜様のみお持ち帰りOKです。リクエスト本当に有難うございました! ブラウザバックでお戻り下さい。 |