「……この俺が?協力しろって?」
「頼む。……(ひいらぎ)







TELL TALES OUT OF SCHOOL







ルーの召喚魔法で、クロエの因縁の魔物を呼び出せることを知った白銀たちは、さっそくその材料集めに奔走していた。
竜神族のウロコ、血染めの滝の水、ワースラッグの鬚などなど、ルーは意味不明なものばかり無遠慮に要求した。白銀は、当初は全部一人で集めようとしたが、レヴィンやアイリスたちの『クロエのために協力させてほしい』という強い思いに説得され、手分けして集めた方が早く準備できるという点からも、素直に彼らに頼ることにした。
そして、白銀が担当した材料は―――悪魔の爪。
といっても誰のでもいいわけではなく、それこそ召喚対象に見合う力を持った悪魔のものでなければならない。
ごく身近にいるクラスメイトの中で、かの魔物を呼び出せるほどの強い悪魔………そう考えた末、謎深き侍の青年、柊が最も相応しいと思った。
そこで、白銀はさっそく柊を探し回ったが、いかんせん見つからず。職員室で出席簿を拝借してようやく『今日は登校していない』と気付き、こうして宿舎まで訪ねてきたわけである。
ところが、出てきた柊はというと、半裸。……白銀は正直かなりびっくりした。
しかも、今ちょっと取り込み中だったんだけど、といかにも不機嫌そうにぶつくさ呟いている。…髪が濡れているので単に風呂上がりかと思ったのだが、どうやら違うらしい。白銀はそういうのに免疫がないだけに、思わず内心密かに照れた。
「ま、昨日の騒動は噂で聞いてるし。わざわざキミが俺の所に来るってことは、クロエって子のためだろうなってすぐ予想できるけど」
「……その通りだ」
さすがに柊は情報が早く、洞察力も鋭い。
二日前、初めて話した時に、反射的に警戒したのは間違っていなかったと思い返す。彼ならば、本気を出せばこちらの抱える事情など話さずとも把握しそうだ。
「別に俺は協力したって構わないんだけどさ」
軽く経緯を話した反応が良くなかったので、白銀はその言葉で安堵する。だが、次の瞬間。
「……残念だけど、あげられないね」
「っ!!」
柊の思わぬ言葉に、目を見開く。
「何故だ?!お前の強さならば、奴を召喚するくらいの効力は…!」
「そりゃもう効果抜群なのは断言するけど。ただねえ……キミが呼び出したいヤツの召喚材料としては、俺の爪は強すぎるんだよ」
頭の中で、すさまじい勢いで思考が巡る。かの憎き魔物とは幼少時に一度あいまみえただけ。現時点の力量が分からないからこそ、白銀は、確実に息の根を止めるために剣の腕を磨き続けてきた。しかし今の柊の言葉が確かならば、奴は柊ほどのレベルではないということか。ならば今の自分にも勝機が……
「もしもーし。聞いてる?」
「あ…、ああ、すまない。しかしお前が駄目なら誰を頼ればいいのか…」
「キミの爪を使えば?利き腕のが2〜3枚あれば十分だと思うよ」
柊はさらりとそう言う。思わず何回かまばたきをしてしまった。
「用はそれだけみたいだから、もういいかな。中に待たせてるコがいるんだよね」
「ああ……邪魔をしたな」
「ほんとにね。それじゃ、また学校で」
柊は軽いノリで手を振りつつ、ガチャンと扉を閉めた。白銀は踵を返して、もと来た道を歩きつつ、自分の右手を見つめてみる。
(本当に、俺の爪で奴を呼び出せるのだろうか……?)
自分達とは段違いの強さを誇る柊。ゆえに彼の見たてに間違いはないだろうと思いつつも、すぐにはそれを信じられなかった。
しかし、奴の強さがどの程度であろうと、成すべきことは変わらない。そう思い直して、白銀はかたく拳を握り締める。
クロエを苦しめる憎き影には………ただ、死、あるのみ。






白銀は宿舎の自室に戻ると、一息つく間もなく、今度はクロエの部屋へと向かった。
お互いに渡し合っている合鍵を使い、中に入る。暗闇を恐れるクロエのために、電気はつけっ放しにしておいてある。
クロエは、昨日のあの事件からずっと眠り続けている。
台所の方に行くと、彼女がいつ起きてもいいように作っておいたおにぎりがカチコチになっていた。白銀は溜息をつき、それを屑籠に放り込む。また後で作り直さなければならない。
「クロエ……」
寝台に腰を下ろし、そっと彼女の頬に触れる。
血の気のない顔。閉じられた瞼が青白い。やるせなさで握った手の冷たさに驚き、咄嗟に両手で握り締めて、少しでも温めてやる。
フローレンスの診察によると、この深い眠りは心の防衛本能とのこと。身体には別条はないらしいが、それでも白銀は不安でたまらなくなる。彼女が目覚めるのは明日だろうか。それとも永遠に先のことだろうか。
「もう、お前は俺に微笑んでくれないのか……?」
白銀が愛した、クロエの笑顔。それを脳裏に思い出すたびに、胸が切なく締め付けられる。
「そういえば、あの日もこうして、手を握っていたな……」
白銀は、物憂げに目を伏せ、遠い追憶を思い返す。クロエと家族となってまだ間もない夜のことを………






9年前のその日、白銀は親族会議に駆り出されていた。
といっても、会議たるような話し合いをしているわけではない。
クロエと出会ったあの事件から一週間も経つと、ようやく顔の包帯も取れた。だがその代わり、顔にくっきりと残ってしまった傷が9歳の子供には到底似つかわしくない容貌を醸し出した。それが種となり、白銀を後継ぎ候補に据えるのが面白くない関係者たちから、言ってしまえば、ただの理不尽なバッシングの嵐を受けることになった。
夜が更けるまでそれは続き、白銀の叔父で、現当主の陰陽師・群青(ぐんじょう)と、母・緑青(ろくしょう)の計らいで、白銀はようやく自室に戻ることを許された。言われるままに部屋を出て、廊下に出る。
「何故あの子帰すのです!まだ話は終わっておりません!」
「これは我らで決めたことです。白銀には何も責められるいわれはありません。もちろん他の子供達にも」
「群青殿、緑青殿、あなたたちは本気であの子をこのまま後継者にするおつもりか?!」
「後継ぎの顔がキズモノだなんて縁起が悪いと、何度も申しているではありませんか!!本々あの子が生まれたのは三番目です!即刻、他の者を推すべきで……!」
「お静かになさい!」
廊下にまで、叔父と母が関係者たちと言い争っているのが聞こえてくる。
白銀は、ぐ、と唇を噛み締めた。じんわりと血の味がする。
「伯父上、母上……申し訳、ありません……」
そう小さく呟き、顔を俯かせたまま駆け出す。どんなに悔しくても、幼い自分には叔父と母に庇われたまま何も出来ないと痛感させられる。自室に着くまで、涙を堪えられるだろうか。
「白銀」
「!」
不意に、廊下の暗がりから、聞き慣れた声で名を呼ばれる。白銀は慌てて目元を拭う。
顔を上げて見ると、そこにいたのは白銀の従兄弟・閃光であった。
「閃光……」
「よぉ、やっと出てこれたみたいだな。災難だったな」
閃光が苦笑しながら言う。気を使われているのだとすぐに分かった。白銀はゆっくりと首を横に振る。
「…慰めてくれなくていい。俺のせいで母上にも伯父上に負担をかけて…、お前にも辛い思いをさせているのに…」
「………」
お互い、それきり無言になる。真っすぐに閃光の顔を見ることができなかった。
本来ならば、当主の群青・その妻ニケの息子である閃光こそが後継になるはずだった。
ところが間もなく、当主の妹君である緑青と夫との間に刀祢・白銀姉弟が生まれ、更にその一年後には、閃光の弟に雷光が。僅か二年で四人もの後継に恵まれ、しかも年月が経つにつれて、白銀が明らかに頭角を見せるようになり、当初の考えが一変されることになった。
そして、幾度にもわたる審議の末、『成人を迎えるその日に、最も力をつけた者こそが当主を受け継ぐ』ということにしたのだが……それが今になってこの騒ぎである。
これまでの風習に則り、閃光に継がせるか。それとも、一族の繁栄を優先して才能ある白銀に継がせるか。
白銀は別に後継ぎになりたくて剣を磨いていたわけではないのだが、結果的に、閃光の地位を脅かしてしまった。 そのことで白銀が罪悪感を感じているように、閃光もまた複雑な思いを抱えているはず。
そう思うと、自分が非難を受けるのも仕方なく思えてくる。だからこそ閃光にだけは気を使って欲しくなかった。恨まれていたっておかしくはないのに。
風が凪ぎ、屋敷の庭のシシオドシが、カコー…ンと風流な音を出す。
それを境に、閃光が突然、ぷっ、と吹き出した。
「ははっ!くはっ、くひっはっははっ!」
「せ、閃光?!」
「ひい、ひい、腹痛えっ!……ったく、白銀は真面目過ぎなんだよ。俺たちには、あんな馬鹿馬鹿しい話、いちいち気にしてるヒマないだろう!」
閃光の突然の爆笑に呆気に取られていると、ずい、と目の前に拳を翳される。
「俺が、お前を恨んでるとか思ってたら、大間違いだぞ」
「閃光……」
「俺は今だって当主の座を諦めてない。父上が決めた取り決めに従って、実力でお前を超えて第一候補になってみせる」
良い意味や悪い意味も含めて、皆にもてはやされるのも今のうちだからな?……そう付け加え、閃光はにひっと笑う。白銀ははっとなる。その笑顔にすべて気付かされた。
「……そうだったな。周りがなんと言おうが関係ない。俺たちは正々堂々、それぞれの剣の道を極めればいいだけだったな」
「そういうことだ。分かったら明日は稽古に付き合えよ?」
「ああ、約束だ」
白銀もまた拳をつくり、ごん、と軽くぶつけあう。
叔父と母たちが、後継者決めにこんな取り決めをした理由が分かった気がした。こんな風に、子供達に純粋に切磋琢磨して欲しかったに違いない。それこそが一族の繁栄に繋がると考えてくれたからこそなのだ。
きっと、そう遠くない将来、閃光とは真剣勝負をすることになる。
その時には、彼の決意に恥ずかしくないように真摯に向き合おう。白銀はそう心に誓った。






閃光と別れ、白銀は再び自室を目指していた。ぎしぎしと床が軋むのを気をつけながら歩く。そこでふと、あの少女の部屋の明かりが点いていることに気付いた。
「クロエ?」
そっと声をかけてみる。すると控えめに障子が開き、クロエと呼ばれた少女が覗き込むように出てきた。
「白銀……」
「クロエ、どうしたんだ。もうとっくに寝たと思っていたが……」
「ご、ごめんなさい…」
「ああ…いや、謝らなくていい。怒っているわけじゃないんだ」
そう言ってやると、クロエは緊張していた表情を緩ませた。
クロエはすっかり安心したのか、部屋に入るよう手招きされる。このまま肌寒い廊下で話すのもなんだったので、白銀は少しだけお邪魔することにした。
中に入ると、枕元に絵本が開かれて置いてあった。クロエは記憶を失ってしまったせいで知識も平均より遅れているため、分かりやすいところから勉強しましょう、という母の計らいで贈ってあげたものだった。
「勉強してたのか」
「うん……。眠れなくて、読んでたの。でも、字がよく見えないの」
それは夜遅いだけではなく、左目のせいであるとすぐに分かった。
抱え医が、クロエの左目はアルビノで、酷い弱視であると言っていた。そのせいでクロエはまだ一人では下手に歩き回れない。昼間に抱え医や刀祢と協力してリハビリをしているが、勿論、こういう読み書きにも不便は多く出てくるのだ。
「分かった。じゃあ俺が読んでやろう」
「ほんと?!」
白銀がそう提案すると、クロエはぱぁっと満面の笑顔になる。
たったそれだけでそんなに喜ばれるとは思っていなかったので、思わずどきっとしてしまった。
「はやくはやく!ここに一緒にごろんってして読んでっ!」
「あ、ああ」
クロエに手を引かれるまま、布団に寝転んだ。
読み聞かせを始めてやると、クロエはとても楽しそうにそれを聞いている。すぐ隣に、彼女の体温と笑顔があるのを感じて、白銀は急速に自分の心音がうるさくなっていくのを感じた。
(…な、なんで俺は、ただ絵本を読んでやっているだけでこんなにドキドキしているんだ)
昔はよく刀祢と一緒になって、母に頼みこんで絵本を読んで貰っていた。だから別に慣れているはずなのだが……相手がクロエだからなのだろうか。
「……そして、桃太郎は鬼を倒して、そのお宝を持ち帰って、家族三人で幸せに暮らしました。めでたし、めでたし…」
なんとか最後まで読み終えると、ふぅ、と大きく息をつく。
結局、読んでいる間じゅうずーっと緊張しっぱなしだった。
「? …クロエ?」
ずっとにこにこしながら聴いていたはずのクロエが、急に何か考え込むような顔をしているのに気付いた。声をかけると、クロエはじっとこちらを見つめてくる。
「家族がみんないっしょだと、幸せ、なんだよね?」
「ああ……そう、だな」
「じゃあ、クロも幸せになれる?クロのパパとママ、どこにいっちゃったのかなあ?」
無垢な瞳で問いかけられて、白銀は少しだけひるんだ。
言えるわけがない。クロエの両親は、魔物に食われて死んだ、なんて。
「……すまない。俺には分からないんだ」
「………」
クロエには、一週間前にこの家にもらわれてきたんだ、とだけ説明していた。
東方では目立ちすぎる銀髪。異質すぎるオッドアイ。身元不明の謎の孤児。そういう事情だけでも、クロエの存在は近所で噂になっている。屋敷にいてもその噂話すべてから逃れられるわけではなく、彼女が自らの出征を気にするのは時間の問題だった。
しかし、彼女に真実を思い出させるわけにはいかない。彼女は恐らく、両親が食われる光景を見たショックで記憶を失ったのだ。もしその檻が解けてしまった時、この幼い少女が、全てを受け止めきれるとは到底思えない。
クロエの心を守るために、記憶を、彼女の過去に関わるすべてを隠蔽する。それが家族で決めた絶対の誓いだった。
「…心配するな、クロエ」
「白銀……」
「本当の父と母の行方は分からない。でもここには俺がいる。姉上や母上もいるし、いとこや頼れる家臣もいっぱいいる。血が繋がってなくたって、俺たちは立派な家族になれる」
強い意志を込めて、微笑んでやる。彼女の心の不安を削ぐためには、これが一番いい方法だと思った。
「じゃあ、白銀は、クロのお兄ちゃんみたいなもの?」
「ああ、そうだ」
「そっかぁ…。えへへ、嬉しいな」
クロエの表情から陰りが消えていく。白銀はそれを見て安堵した。
「ね、クロと白銀は家族なんだよね。じゃあ、今日一緒に寝てくれる?」
「っ?!」
急にとんでもないことを頼まれ、白銀は思いっきり吹き出した。
確かに家族なら、別に一緒に寝たって問題ない、問題ないのだが……少しはやまったかもしれない。
「だめ?」
「だ、駄目じゃ、ないが。なんで突然そんな…」
「向こうから、たくさんの人が怒ってるのが聞こえて。怖いから…」
「…ああ、確かに」
耳を澄ますと、まだあの関係者たちが言い争っているのが聞こえてくる。同じ話題でいつまでも因縁をつけ続けて、よくもまあ飽きないものだ。
「あの人たち、白銀のこと怒ってるんだよね」
「クロエ…!それは…」
「白銀……かわいそう」
クロエはそう言うなり、白銀の頭に手を伸ばし、優しく撫で始めた。
白銀は驚いた。一切の記憶がなく、左目はろくに見えず、周囲には得体の知れない子供だと噂される。そんな境遇で、なぜ人のことを気遣えるのだろう。
……正直なところ、閃光のおかげで気を強く持っていたが、関係者たちから浴びせられる容赦のない言葉に、傷付いていないと言えば嘘になる。
自分よりも小さいその手に、慰められて。急速に、ずっと張りつめていたものが緩んでいく。
涙が滲むのを必死で堪えていると、それを知ってか知らずか、クロエがそっと寄り添ってくる。家族だと言ったばかりなのに、傍らに感じるその温もりは、到底家族のそれとは違っていて。
それがなんなのかを自覚できぬまま、二人で布団の中に入り、早々に寝ることにした。蝋燭の火を消そうとしたが、クロエがそれを嫌がるのでそのままにした。残りの長さはさほど無かったので、放っておいても少しすれば消えるだろう。
しばらく無言で横になっていたが、隣でクロエが震えている気がして、そっと口を開く。
「…クロエ。眠れないのは本当にあの怒鳴り声のせいだけか?」
「……えへへ。やっぱりバレちゃうね」
クロエは苦笑し、寝返りを打って白銀と向き合った。
「ほんとは、暗いのが怖いの。部屋が暗くなると、なんだかよく分からないんだけど、真っ黒い影が見えるの。クロはそんなの見た覚えがないのに変だよね…。そうしたら段々頭が痛くなってきて……、すごく、一人でいるのが怖くなるの……」
「……クロエ」
それはきっと、失った記憶の断片が、彼女に囁いているのだ。
クロエの言う影とは、間違いなくあの魔物のことだ。彼女の両親を奪い、左目を奪い、記憶を奪っても尚、クロエを苦しめるというのか。
白銀は激しい憎しみと憤りを抱きながらも、それをひた隠し、クロエに向かって優しく微笑んだ。
「俺に隠し事はするな。クロエのことならなんだって聞いてやる。……俺達は家族なんだから」
「…白銀。……ありがとぉ」
これ以上クロエが怯えて震えないように、胸の中へと引っ張りこみ、ぎゅっと手を握り締めてやる。
密着する体から感じる体温に、心臓が早鐘のように脈打つ。今まで一度も経験したことのない感覚。そこでようやく、白銀は、自分を戸惑わせるこの歯痒い気持ちの正体を自覚した。
(俺は……、クロエが、好きだ)
しかしすぐに、それはきっと叶うことのない想いだと悟る。
彼女の家族になると言った瞬間から、あくまで自分は兄にしかなり得ない。
それでもいい。彼女を守れるならば、どんなに自分の思いを犠牲にしても構わないと思った。
「白銀、クロね、ご本読んで勉強したの」
「うん?」
「いい人も悪い人もいっぱい出てくるけど、最後はみんな笑ってるの。だからね、クロもたくさん笑うことにしたの。みんな笑顔でいれば、めでたし、めでたし!」
そう言って、クロエは、にぱぱっと満面の笑顔を見せる。
白銀にとって、それはあまりに眩しすぎて……そして同時に、クロエの笑顔こそが、この世で一番愛おしいものだと思った。
(俺は、お前の笑顔を守るためなら、なんだってする)
今は無力な子供でも、いつかきっと強い男になる。
そして必ず、誰でもないこの俺が、クロエを憎らしい呪縛から解き放ってみせる。
その為なら、剣も、人生も、全てを賭けよう―――
この瞬間から、白銀の覇道の幕が開いたのだった………






魔立邪悪学園の夜長に、すうっと冷たい風が凪いで、雲間から月が覗き込んだ。
宿舎のクロエの部屋へと、月光が降り注ぐ。白銀はそれを受けて、瞳に再度強い意志を秘めると、自分の右手の指先を見詰めた。
(クロエ。お前のためなら、爪の三枚程度、惜しくはない)
悩んだ末に、柊の言葉を信じることにした。それぐらいしか、今の自分がしてやれることはないから。
そっと眠るクロエの顔を覗き込む。横に置いた手が沈み込んで、ぎし、と寝台を軋ませた。
「クロエ……、お前が次に目覚める時には、俺はお前を苛むものを全て終わらせてみせる……」
低い声色で呟く。彼女がその堅い眠りの殻に閉じ込められているのだとしたら。この言葉を聞いて、少しでも安寧してくれることを願って。
「クロエ…愛している…誰よりも…お前のことだけを……」
囁いて、そっと、その頬に口付けた。

白銀は、ずっと保ち続けてきた境界線を、ついに越えはしなかった。

決意を胸に、白銀はクロエの部屋を出て、仲間たちが待つ場所へと向かう。
その道中、刀を下げた手が、ぶるぶると震え出す。
「くっ……、ふ、ふふ……ククッ………」
笑いが込み上げてくるのが止められない。自分が今とてつもなく興奮しているのを感じる。
「ついに引導を渡す時が来た……俺は必ず、お前を、殺すッッッ!!!!」
絶叫が、誰もいない宿舎の廊下に響き渡る。
白銀の瞳から、躊躇いが消え失せる。誰がなんと言おうと、もう、振り返りはしない。

「…………しろ…が…ね……?」

その先に、どんなに重い罪が待ち受けていようとも………










あとがき。
以上、侍×盗賊小説でした。Tell tales out of school. 秘密を話す、という意味です。白銀とクロエ。ようやく二人の経緯を一通り描き終わったと思います。
長らく引っ張り続けましたが、次回はいよいよ例の影との戦いです。その先にどんな結末が待っているのか。白銀は、クロエは、双子の姉の刀祢は、彼らの友であるレヴィンたちはどうなるのか。どうか皆様、可愛いこの子たちの行く先を見守ってやって下さい。
柊が出てきた辺りで、前回の『カラタチノ誘惑ノ薫リ』とリンクしているのですが分かったでしょうか?あぁ、あの時訪ねてきたのは白銀だったのね。と思って頂けましたのなら幸いです。
それでは、ここまで読んで頂き有難うございました。また次回作にてお会い致しましょう。



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