「せ――ん――こぉっ♪」 「ん?」 今日も相変わらず快晴な、ホルルト村の昼下がり。皆の集まるアデルの家の前の広場に、盗賊の少女シャルルの元気な声が響き渡る。名を呼ばれた青年、侍の閃光は、何の疑いもせずくるりと振り返った。 「えいっ!隙ありー!」 その瞬間、シャルルが腰の辺りをシュバッ!と音速で通り抜け、流石盗賊の成せる技といったところか、ほんの一瞬で閃光の刀を奪い去ってしまった。 得意気な笑顔をし、意気揚々と飛び跳ねる彼女の手に、高々と掲げられる刀を見て、閃光はぎょっした。 「だっ、コラ!また俺の刀を勝手に盗みやがって!」 「にしし、閃光もまだまだへっぽこだなぁ♪こっち、こっちだよー♪」 「こ、こら待てシャルルーッ!」 ダッシュで逃走し出したシャルルを、慌てて閃光がその後を追いかける。 「相変わらず元気だなぁ、あの二人…」 「そうね、毎回毎回飽きないもんだわ。…でも、あんまりはしゃぎすぎてると転ぶわよー?」 今日も繰り広げられる二人のやり取りを見て、ルーウェンとクローディアは、ほとほと呆れ返って言い合う。クローディアが二人に付け加えたような注意を促した、まさにその矢先であった。 ズルッ! 「にょっ?」 シャルルがおもむろに足を滑らせ、仰向けの状態で体が宙に浮く。そして次に迎えるのは、当たり前だが固い地面。しかもよりによって、丁度そこは石畳だったりして。 ドッテーン! 盛大な音を立てて、シャルルがずっこけた。 「わ――!!しゃ、シャルル―――ッ?!!」 「…マジでコケたなぁ。すげー…」 「か、関心してる場合じゃないでしょう!」 閃光は慌てて、コケたまま起き上がらないシャルルに近寄ると、彼女の体を抱き起こし、がくがくと揺する。 「おい、大丈夫か?!」 「んん……」 シャルルが小さく呻き、うっすらと眼を開いたので、ホッ、と閃光は息をついた。 「良かった、無事か…何処か痛くないか?頭打ってないか?」 心配気に閃光が声をかけたが、シャルルは眼を見開き、此方を異様なほど凝視したまま押し黙っている。 「…し、シャルル…?」 なんだか様子のおかしいシャルルに、思わず閃光は再度問いかけた。 すると、シャルルはきょろきょろと辺りを見渡し始め、そして、再び閃光をゆっくりと見据えると――とても困惑した声色で、ぼそりと小さく呟いた。 「……ここは何処…?あなたは…誰……?」 …どうやら、思いっきり打ってたみたいです。 一先ず状況を整理しようと、皆はアデルの家の中へと引き上げた。 リビングに集まり、緊張が高まる中、シャルルを診察し終えたクローディアが、簡易に書き殴った診察書を片手に、気難しい顔をして話しだした。 「……残念だけど、これは完全な記憶喪失ね」 「「「「「き、記憶喪失ぅぅ?!」」」」」 何人分かも分からない、皆の大音声が響き渡る。一気に慌てふためき出す皆を、落ち着きなさいとクローディアが一喝すると、診察結果の続きを読み上げる。 「どうやら、さっきコケた時に頭を強く打ったのが原因みたい。後頭部にタンコブもあったし間違いないわね」 シャルルは、クローディアの隣にオドオドした様子で佇んでいたが、コブを指摘され、後ろを振り向かされて皆に後頭部を見せると、確かにそこには痛そうなぶつけ痕があった。 「…も、元に戻るのか……?」 ルーウェンが恐る恐る問うと、クローディアは溜息をついて、まとめた診断書をバサッと下ろした。 「分からないわ…。一応、自分の名前はちゃんと分かるし、生活能力も覚えてるみたいだから、不便はないでしょうけど…。ただし今までの記憶は一切ないの」 はっきりとしたその答えに、閃光が、思わず震えた声を漏らす。 「……シャルル、俺のことまで、忘れちまったのか…?」 びくっ、とシャルルは肩を竦めると、両手を胸の上にやり、いかにも不安そうな表情で困惑した。 「え、えと…、ご、ごめんなさい…で、でも…わたし、何も…分からなくて…思い出せなくって…」 「気にしなくていいのよ、シャルル。ゆっくり思い出していけばいいんだもの」 なんとか落ち着かせてやろうと、アーチャーのローラが優しく話しかけてやった。 「あ、有難うございます。えっと…あなたは…?」 「あ…、そうだったわね。わたしはローラ、貴女とはとても仲が良かったのよ」 「そうなんですか…宜しくお願いします…」 やはり、親友のローラの事さえ、シャルルは全く覚えていないらしい。当然だ。もしローラの事が分かれば、閃光の事を忘れている筈がないのだから。 と、その瞬間、ドアが大きく音をたてて開き、イライザと付添人ヴァジーが雪崩るようにして駆け込んできた。 「シャルル殿――!!き、記憶喪失になったというのは本当でござるかっ?!」 「…にん……」 突然の登場に、シャルルは勿論、他の皆までもが驚いてぎょっとした。 「だ、だれ…?」 「嗚呼…!拙者のことも忘れているのでござるか…!拙者は悲しいでござる…、シャルル殿がまさかこんなことになるだなんて…」 大っぴらにイライザは悲嘆し、シャルルを強引に引き寄せて抱き締めた。ぎゅうぎゅう、と激しい圧迫(特に胸)にシャルルは苦しそうにもがいている。後ろで、その光景を見たヴァジーが思わず、…にん、と低く呻いた。 と、一度イライザはシャルルを離すと、立ち尽くしたままの閃光を見上げ、誇りきった表情で公言した。 「しかし、こうなると閃光も手が出せまい。残念であったな、閃光」 「………」 「閃光?聞いておるのか?」 これ見よがしな皮肉を吐いたつもりだったが、閃光は生憎ピクリとも反応しない。イライザが堪らず聞き返すと、閃光は踵を返して背を向けた。 「……悪い、……一人に、してくれ……」 それだけ小さく言い残して、閃光は部屋を出て行ってしまった。 いつもならば、ここで、イライザに対抗して反論する筈なのに。それが今回は全く無し。それどころか、イライザの言葉すら耳に入っていない様子だった。 今まで見たことのない、閃光の酷く塞ぎ込んだ様子に、皆は唖然とするしかなかった。 暫くそのまま硬直していた皆だが、入れ替わって入ってきたアデルに気付くと、ハッと漸く我を取り戻した。一番ドア近くに居たルーウェンが、すぐさまアデルに問いかける。 「師匠、どうしたんですか?」 「ああ…皆、こんな時に悪いんだが…実は…」 アデルは申し訳なさそうな表情で言い、遅れて、皆はそれを『仕方ないな』と複雑そうな趣で了承した。 一方、此方は閃光の部屋。 寝台に腰掛けていた閃光は、大きな溜息をつき、あてのない混濁した意識をどうする事も出来ず、途方に暮れて膝に顔を突っ伏した。 目を閉じると、瞼の裏に蘇ってくる。いつものシャルルの残影と、今のシャルルの憐れもない姿が。 揺らぐ瞳…、弱弱しい眉、躊躇いがちな仕草、余所余所しい口調…そのどれもが、閃光にひどい違和感を覚えさせた。 あの、自分が好きなシャルルは何処へ行ってしまったんだ。 そんな正直な想いが、胸の奥を焦がす様にして延々と巡る。こんな事を幾ら考えても、どうにもならない事は分かっている。寧ろ、こんな時こそ、シャルルと親しい者として、彼女をフォローしてやらねばならないのに。実質、シャルルの親友であるローラはそうしていたじゃないか。それなのに、自分は己の動揺に耐えかねて逃げるしか出来なかった。…嗚呼、どうしてこんなに自分は無力なのだろう。 ぐ、と思わず拳に力を入れた瞬間、不意に、コンコンと部屋のドアがノックされた。続けて、声が聞こえてくる。 「おい、閃光、俺だ」 「ルーウェン?…すまん、悪いが今は一人に…」 訪ねて来たのはルーウェンだった。閃光はこんな状態の自分を見られたくなくて、思わず拒絶の言葉を述べる。が、ルーウェンはそれを掻い潜って、強引にドアを開け中に入ってきた。 「そうもいかなくなったんだよ。今から俺達皆は戦闘に行かなきゃならねえ。その間、シャルルの面倒をお前にして欲しいんだ」 「?! ちょっと待て、なんでこんな時に限って…しかも俺が…!」 あまりに具合の悪い託けに、当然の如く閃光は突っ撥ねようとした。が、ルーウェンの後ろからやってきた者によって、それは留められてしまう。 「そこをなんとか頼む、閃光」 「し、師匠…?!」 現れたのは、閃光の師匠であるアデルであった。 アデルは閃光の眼をキッと見据えると、はっきりとした声色で言う。 「…お前がショックを受けてるのは分かる。だが、本当に不安なのはシャルルの筈だ。シャルル一人には出来ない、お前が残って看ててやってくれ。…それに、色々話した方がいい。シャルルと一番親しかったお前なら、シャルルも何か思い出すかもしれないしな」 実直な師の言葉に、先程までの不安がやや和らいでいく。師匠にここまで言わせておいて、弟子である自分が断る事など出来ない。閃光は決心すると、幾分落ち着いた声で答えた。 「師匠……分かりました、俺がシャルルと共に残ります」 「有難う、閃光」 ぽんぽん、とアデルは優しく閃光の肩を叩いた。そして後ろに振り返り、廊下で待機していたシャルルを手招きし、閃光の部屋に入るよう勧める。 「シャルル、こっちだ、入ってもいいぞ」 「…………」 シャルルはひどくたじろいでいたが、さあ、と再度アデルに促されると、そろそろと部屋に入っていった。完全に中に入ったのを確認して、アデルとルーウェンは扉を閉める。すぐに二人の足音が遠のいていった。恐らく、もう戦闘に行くのだろう。気を利かせてか、アデルの両親達も外にいるらしい。 つまりは、既に今自分とシャルルは、この家で二人っきり。 しん、と妙な静けさが奔り、なんとも気まずい空気が二人の間を支配する。 「…おいで、シャルル」 堪らず、閃光はそう呼びかけた。シャルルは、扉の前で落ちつか無そうに立ち尽くしたまま動こうとしない。遠目から此方を見据えているだけだ。そのくせ、閃光が見つめると顔を逸らす。埒の明かないやり取りに、ふぅと閃光は溜息をつき、先程よりも優しい声色で、もう一度呼びかけた。 「…お前が嫌がるような事はしない。約束する。…だから、こっちにおいで」 すると、漸くシャルルは歩みだし、恐る恐る此方に近寄ってきた。隣に座るよう促すと、言う通り隣に座り、緊張したような感じで股の上で手を重ねた。妙に 淀む意識を振り払うように、そしてシャルルを落ち着けさせるように。そっと、閃光はシャルルに話しかける。 「…なぁ、シャルル。俺の名前、分かるか?」 「あ、はい…確か、閃光さん…でしたっけ…?」 "閃光さん"。 その答えに、閃光が眼を見開く。鬱陶しそうに前髪を掻き上げ、彼女に聞こえない位の小さな舌打ちをする。 「そんな余所余所しい名前で呼ぶな。…閃光でいい。ああ、それか、いっそへっぽこって呼ぶか?」 「へ、へっぽこ…?」 冗談のようで冗談でない風に提案すると、シャルルは仰天した。得意気になって、閃光はシャルルに教えてやる。 「お前がつけたんだぜ、このあだ名」 「え、わたしが…?どうして、そんなひどい名前を……」 "ひどい"――シャルルの口から出た、無意識の否定。自分で名付けたその名を、自ら否定した。 「……ッ!」 思わず、閃光は "へっぽこ"。彼女に名付けられたこのあだ名は、とても忌々しいものだった。 そのせいで溜まった行き場のない苛立ちを、彼女にぶつけた事も幾度となくある。そんな大嫌いなものの筈なのに、それを呼ばない彼女が、何故かとてつもなく不愉快に思えて仕方がなかった。 彼女をこれ以上怯えさせないようにと、声色にも表情にも、ずっと抱いていた嫌悪感を出さないよう気をつけていたつもりだ。しかし、やはりそれは閃光には荷が重い我慢であった。無意識にその黒茶色の瞳が濁り、眉を引き攣らせ、複雑な視線を彼女に送ってしまう。シャルルもそれに気付いたのか、びくりと大きく体を震わせ、一歩後ろにあとずさった。その仕草が切欠で、ずっと堪えていたものが閃光の口から漏れる。 「……怖いのか…?、そうだよな…さっきから、ずっとお前は俺の事を怖がってるよな…。その怯えた視線だけで分かる…、怖いんだろ、俺の事……」 先程までの、優しい声色とは全く違う閃光の声。攻めるような低いトーン。シャルルはかたかたと身を震わせながら、しかしふるふると必死に首を横に振った。 「ち…、ちが…ぅ」 「じゃあどうして真っ直ぐに俺を見ない!!」 ガァン!!と近くにあった壁に拳を叩きつける。ミシ、と壁にヒビが入り、ぱらぱらと砕けた粉が舞い散った。 ひどく怒り狂った閃光の視線と、声と、叩き付けた衝撃。自分が殴られたのではないかという錯覚。一挙に襲い来る恐ろしさに、堪らず、シャルルがじわりと涙を溢れさせた。 「……だ…だって…、だ…って…ぇ………」 ひっく、と嗚咽を堪えながら、シャルルは咽び泣いてしまった。閃光は相変わらず鋭い視線を向けたまま、無言で押し黙っている。彼女の"だって"の続きを、ひたすらに待ったまま。 暫くして、漸く涙が引いてきたシャルルが、まだ少し濁声で話し始めた。 「…だって…、あなたのこと、見たら…わたし、おかしくなるから…」 「おかしくなる?…どういう意味だ?」 単純に怖がられていると思っていた閃光は、予想外の答えに眉を顰める。シャルルは、涙したせいなのか、真っ赤な顔をしたまま、おどおどしながら更に話し続けた。 「へ、変なの…、は、初めて見た時から、ずっと……よ、よく分からないけど…あなたの事見ると…胸が苦しくなるの…!あなたに見つめられたら、それこそ、もっと痛くなって…!だ、だから…真っ直ぐ、あなたの顔を…、見れなく、て……」 「それ……、それは……」 閃光は、暫くその言葉の意味が分からず硬直していたが、やがて一つの可能性を思いつき、そんなことがある筈ない、と思いつつも、意を決してそれを確かめる事にした。 縮こまるシャルルの両肩を掴み、ぐい、と引っ張ると、向かい合わせる様にして固定する。 「なぁ、見ろ…俺を見ろよ」 「い、いや……」 「いいから見ろ!……俺のこと…、真っ直ぐ…」 嫌がるシャルルを急き立て、閃光はシャルルを一心に見据える。暫くシャルルは赤面したまま困惑していたが、熱い視線に押され、躊躇いながらも、ゆっくりと顔を上げた。 交わる目交。高まる体温。予想以上に近いその距離で、熱い吐息が鼻先をくすぐり、シャルルは、おかしな気だるい眩暈に襲われた。 「…苦しいか?」 「はい…、く、苦しい…、胸が、きゅうって締め付けられるみたいに…、苦しくて…、か、体が熱くて…お、おかしくなりそう……っ」 荒い息をしながら、シャルルは甘い声をあげた。ぞくり、と閃光は背筋に奔ったものに身を震わせる。それと同時に、推測が確信になった事の、素直な嬉しさ。歓喜。シャルルは確かに、記憶をなくして変わってしまった。性格も前のものとは正反対に。揺らぐ瞳、弱弱しい眉、躊躇いがちな仕草、余所余所しい口調、俺をへっぽこと呼ばない唇。しかし、それでも変わらないものが、一つだけあった。例え記憶をなくしても、シャルルは自分に惹かれている。紅く火照ったその頬と、自分をうっとりと見上げる虚ろな瞳が、その証。 「………シャルル…!」 堪らず、閃光はシャルルを抱き締めた。 溢れる想い。それを止める方法など、知っていても止める気は一切なかった。素早くシャルルの顎に手をかけ、見上げさせると共に口付ける。深く深く貪り、何の経験もない状態に戻っているシャルルを翻弄する。躊躇う時間はやらない。今は兎に角離したくなかった。 「んく…ふ、ん……、んんぅ……」 「シャルル…、シャルル…!」 篭る熱に、シャルルは 確かに、シャルルは自分ことなど一つも覚えていないのかもしれない。 だけれど、確かに彼女はここにいて、また自分の事を好いてくれている。それは、閃光もまた同じことだった。例え彼女がどうなろうと、この気持ちは変わらない。寧ろ、絶えずずっと恋焦がれているのは自分の方だ。 暫くそうしていると、ふと、チカッ、とシャルルの瞳の上を何かが過ぎり、慌ててシャルルは唇を離した。 「どうした?」 「な、何か…頭が………」 「?! …もしかして…記憶が戻るのか…?!」 両手で頭を抱え、明らかな異変に悶えるシャルル。何かが頭に引っかかっている、と必死に訴える。 「……わ、わたし…わたしは……」 「落ち着け、シャルル!…何か、何か思い出してきたか…?!」 ふらふらと足元を覚束無さそうにしているシャルルを、閃光は支えるように抱き締め、必死で声をかけ続ける。 「は、はい……な、何か…知らないものが……、これは……これ、は…?」 明らかに、脳内にかつての記憶らしい情景が浮かんでいるようだ。かなり良い所まで思いだしてきているらしい。これは本当に、記憶が戻るのかもしれない…!閃光は思わず、ごくんと息を飲んだ。二人の間に緊張が走っている、その瞬間――― 「お――――い、閃光!!今帰ったぞ―――――!!シャルルの様子はどうだ―――?!!」 ドバーン!!と扉が勢い良く開き、丁度戦闘を終えて帰って来たルーウェンやクローディア達が、雪崩れ込むようにして部屋に入ってきた。 「ッ?!る、ルーウェン?!」 「ひゃあぁっ?!」 突然の衝撃にビビってしまった二人は、同時にびくんと仰け反る。と、その時、反射的に閃光は抱き締めていたシャルルの体を素早く離した。しかし、それはあまりに勢い良すぎて、シャルルがそのままぐらりとバランスを崩す。 「「「…あ」」」 どった――――ん!!! 間髪いれず、シャルルは仰向けのまま転倒した。 「しゃ、シャルルッッ?!」 「あれ…も、もしかして、俺物凄いタイミング悪い所で入ってきちまった?」 「当たり前だろアホ!!」 今更それに気付いたルーウェンを、閃光がバコッと殴った。 それから、慌てて、倒れたシャルルの様子を見ようとしゃがみ込んだ。 「んぁ…い、いたたたたたぁ……」 「シャルル、わ、悪い!!記憶は大丈夫か?!」 ぱちくり、とシャルルは大きく目を開け、困惑の表情を浮かべたまま、可愛らしい動作で小首を傾げた。 「……んん?記憶ぅ?何言ってるの閃光?」 「………え?」 今度は、シャルルの言った言葉に驚愕して、閃光がぱちくりと目を瞬かせる。 先程までの、オドオドした態度は何処へやら。敬語は全く使っていないし、様子も声色も、見るからに大変能天気。それは、皆が思い浮かべる『シャルル』という人物のイメージにまるでぴったりであった。 「も、もしかして…元に、戻っ…た……?」 「みたいね…」 ルーウェンとクローディアが、思わず向かい合って言い合う。 閃光はまだ、驚きを隠せずに、ぽかんと口を開けたまま硬直していた。 「??? …な、何言ってるの皆?これってどういうこと?ねぇ、へっぽこ?」 "へっぽこ"。 動きをストップさせていた閃光の耳に、その四文字の言葉が届く。 自分をからかう、忌々しい筈のあだ名。しかし、久し振りに聞いたその彼女独特の呼び名は、今の閃光にとっては『シャルルが記憶を取り戻した』という真実を後押しする、今一番愛しい呼び名に他ならなかった。 「しゃ……シャルル――――ッッ!!!」 「にょ―――っ?!ちょちょ、い、いきなりどうしたの―――っ?!!」 がばちょ!!と感極まった閃光にそのまま強く抱き締められ、突然の事にシャルルは、当然の如くわたわたと暴れだした。 が、よくよく閃光の顔を見上げれば、彼はとても笑顔なのに、目元に大粒の涙を溜めている事に気付く。それはまるで、嬉しくて堪らない、という感動を必死で訴えるような表情で。 「シャルル、シャルル、良かった…!元に戻って、本当に良かった…!!」 「んと…、なんか全然わかんないけど、閃光が嬉しそうだから、まあいっか♪にゃーん、にゃーん♪」 相変わらず能天気な思考でそう片付けたシャルルは、閃光に抱き締められたまま、猫のような屈託のない笑顔で、そう明るく呟くのであった。 あとがき。 181818を踏んで下さった沙菜様に捧げる小説です。リクエストは「侍×盗賊で盗賊が記憶喪失」でした。 記憶喪失ネタは今まで一度もやった事がなかったので、かなり手探りで書きました…。特に、路線をシリアスかギャグにするかでかなり迷いました。結局シリアスになりましたが^^; シャルルについても、記憶喪失になった為性格が随分違います。途中これは本当にシャルルなのか、と自分で想っちゃうくらい違和感が…。そりゃ閃光も困惑するわな。…とりあえず、例え全部忘れたとしても、シャルルはまた閃光に惚れる、ということで治まりました。笑 閃光はへっぽこで!ということでしたが…うーん、ちゃんとへっぽこになってますかね?(何) 沙菜様のみお持ち帰りOKです。リクエスト本当に有難うございました! 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