会話


 玄英宮の厩舎に一頭の趨虞が戻ってくると、座り込んでいたもう一頭が薄目を開けてぱたりと一度だけ長い尾を振った。
 彼らの言葉で「お疲れ」である。
 戻って来た方は奄に装具を外させながら、ふーんと長く息を吐いた。「ただいま」の意だ。
 以下、立ち働く人間達には全く理解のできない会話が続く。
「また慶かい」
「ああ」
「主上かい、台輔かい」
「台輔さ」
「それは良かったな」
 相棒の言葉に帰ったばかりの趨虞は体毛を梳かされながら溜め息を吐いた。
「まぁ、台輔の方がずっと軽いから大人しく乗っててくれれば楽なんだけどな」
「また寝ちまったのかい、台輔は」
「ああ。あの人は転変できるから落としても大丈夫だとは思うんだけどさ、なぁんか気ぃ遣うんだよな」
「あの寝相だしな」
「そうそう」
「俺、落としたことあるぜ」
「えぇぇっ、それでどうしたんだ」
「すぐに目を覚まして転変してくれたから本人は大丈夫だったんだが、怒られるからって雲海に落ちた衣を取りに戻らされてさ」
「へぇぇ」
「何とか見つけたんだが、びしょびしょに濡れてて持って帰るのが嫌だった」
「‥‥。お前、まさか主上を落としたことはないだろうな」
「やろうとしてはみたんだが」
「え」
「だって泳ぎは得意だって言ってたし」
「お前なぁ、だからって‥‥」
「いやぁ、主上はすごいよ。よく寝てるからちょいと振り落としてやろうかなと思うとさ、その瞬間手綱をぐっと掴んでにやっとするんだ。あの勘は妖獣並みだな。何回かやってみて、これは駄目だと思った」
「やってみるなよ‥‥」
「いいじゃないか。それより慶はどうだった」
「雲海の上から行ったからな。別にいつもと同じだよ」
「陽子様はお元気だったか」
「今回は厩舎だけだったからお会いできなかった」
「残念だったな」
「ああ。俺、陽子様に耳の後ろを撫でてもらうのすごく好きでさぁ」
「俺も。あれ、いいよなぁ」
「陽子様は乗るときも軽いし、姿勢はいいし、俺たちにも気を遣ってくれて、最高だよな」
「陽子様だけならな」
「だけって‥‥。ああ、主上か」
「いくら俺達だって、主上と陽子様、二人乗せたら重いっつーの。その上主上が悪戯するから、陽子様が動くしさぁ」
「言えてる。まったく主上も偉いんだか偉くないんだか‥‥」
「いっそ金波宮に飼われたかったよなぁ」
「でも食い物は雁の方が絶対いいぜ」
「そうだな。慶はまだまだ財政難らしいからなぁ」
「そうそう。それにこれが雁だからまだいいんだぜ。奏の次男坊にでも飼われてみろ。碌に王宮にも帰れず、妖魔が出るような国ばっかり行かされるんだと」
「あいつ、大変そうだったよな」
 二頭の趨虞はそれぞれ旅先で会った風来坊の飼い主を持つ騎獣の姿を思い浮かべた。
「それに比べりゃ、俺たちはまだ恵まれてるな」
「うん」
 どちらからともなく呟いたとき新たな奄が厩舎に入ってきて、座り込んでいた方の趨虞を立たせて装具を付け始めた。
「おや、今度は主上かな」
「そうだね。慶だといいな」
「ああ」
 硬い髭を震わせ二頭は挨拶を交わした。
「気を付けてな」
「ああ。じゃあな」
 そんな会話がなされたことなど知る由もない奄に手綱を引かれ、趨虞はゆったりと歩き始めた。


(了)




 毛皮同盟に投稿したものです。
 特に理由はありませんが、帰ってきた方が「とら」、これから出かける方が「たま」のつもりです。
 それにしても、雁国は騎獣までこのノリかい(笑)。



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