私は全てを偽ってきた。
年齢、顔、名前。
仕事のため、自分から逃れるため、
私は、全てを偽ってきた。
果てしなく深い谷底が見える。
幾人もの人間を騙し続け、数多くの珍品を奪い続け、
もう綺麗にはなれない汚れきってしまったこの身体を消し去るため、
私は今、ここから飛び降りる。
足を一歩、踏みだした時のことだった。
死にかけた希望
「ちょ…ちょっと待てよ!!」
「………何でしょう。」
「か、考えなおせって!何があったか知らねぇけど…。」
「知らないなら、黙っていて。あなたには関係ないことです。」
少年は、茂みから飛び出してくるなりそう言った。
何故、見ず知らずの私を止めるのだろうか。
「か…関係ないことねぇよ!目の前で人が死のうとしてるんだ!見過ごすわけにはいかない!」
この少年の言っている意味が、分からない。
どう見ても、関係ないのではないか。
私と少年の血が繋がっているのか。
恋人か。
旅をしてきた仲間か。
どれも、違う。
関係ない。
何故、かかわろうとするのだろうか。
「………関係ないの。」
私はその少年の目さえ見ず、崖から足を踏みだした。
「待てよ!!!!」
少年に捕まれた腕が、とても痛く感じた。
振りほどこうに、それが出来ない。
私の力は、とても強いはずだ。
なのに、振りほどけないのは何故だ。
この少年のどこに、こんな力があるのか。
「取りあえず、死ぬとかはやめとけよ。俺が、お前の話聞いてやる。」
それは、すぐに分かった。
「私は、悪党よ。…悪魔なのよ。」
「…分かるよ。服見りゃ。」
少年は、少しだけ悲しげに口角を上げた。
少年の力はたぶん、胸の奥…心にあったのだろう。
"R"と書かれた黒い帽子が、ふわりと谷底へ落ちていった。
「俺、サトシって言うんだ。君は?」
「………。」
…言ってしまった、本当の名前を。
いや、自然に声に出ていた。
この名前を口にしたのはもう十年前くらいだろうし、したのも一度か二度だ。
「何で、死のうとしてたんだよ。」
「汚れてる自分が、とてつもなく嫌になったから。」
さっきまで、死のうとしていた。
いや、今も死にたいと思っている。
だから、今は素顔だ。
死ぬときくらいは、本当の私でいたいとそう感じたからだと思う。
「……年はいくつなんだ?」
「…13。」
年齢なんて、いくらでも誤魔化せた。
少し変装すれば、20にだって30にだって誤魔化せた。
よく、自分の年を覚えていたな。
…また勝手に声が出ただけなんだけど。
この少年には、何故だろうか嘘がつけない。
「へぇ、俺と一緒じゃん!」
「そう…なの。」
何とかこの場を和ませようとしたのだろうか、サトシと名乗る少年はにっこりと微笑んでみせた。
「で、汚れてるって?」
「私、数え切れないほど悪いことをしてきたの。人を騙して、物を奪って…それは、数え切れないほど。」
少年…サトシは、黙りこんだ。
「もう、10年も悪を働いている。生まれて数年してから、ロケット団に入ったの。親が、そうだから。」
「…そんな自分が、嫌だから死ぬのか?」
「そう。」
私が言うと、サトシは私をふわりと抱きしめた。
「…………!?」
「お前さ、人肌が恋しいんだろう?」
涙が、溢れ出た。
それはもう、滝のように溢れ出た。
私は一人だった。
もう、10年間一人だった。
寂しかったのかも知れないと、初めてこの腕の中で思う。
「死ぬとかの前にもう、心が死んでるよお前。」
「………………。」
「本当は死にたいんじゃなくて、綺麗になりたいんだろ?」
「…………違う。」
「違わねぇ。」
サトシは、腕の力を強めた。
今度は、胸の奥が暖かくなった気がした。
「俺がの心、生き返らせてやる。」
「……………え?」
不思議な少年だ、ただそう思った。
「俺と来いよ。他に2人仲間がいる。旅、してんだ!」
「旅……。」
「うん、旅。来いよ。」
「…………………私を…。」
"この、悪に汚れた私を。"
「……………連れていってくれるの…?」
「おう、当たり前だろ。」
「…………………………。」
嬉しいけど、どうすればいいか分からない。
どう言えばいいか分からない。
感謝の言葉を、知らない。
「ありがとう。」
「……………え?」
「ありがとうって、言いたいんだろ?」
大昔に、1度だけ聞いたことがある気がする。
でも、
"ありがとう"
なんて、言ったことも言われたこともないから。
「……………そうよ………ありがとう。」
私が言うと、サトシは私から腕を離し、笑った。
「どういたしまして。…さ、行こうぜ。あいつらは向こうにいるよ。」
「うん。」
サトシが走り出すと、私は谷底を見た。
私の生きる希望は、この谷底に落ちかけていた。
その死にかけた希望を救ってくれたサトシに、感謝したい。
"ありがとう"と、言いたい。
私は、走り出したサトシを追いかけた。
心は、とてつもなく軽かった。
--++--++--++--++--++--++--++--
初めてまともにコジロウ以外の夢。
始めはコジロウ夢だったんだけど、
何となくサトシがいいかなーって。
たぶんシリアスだと思います。
甘々とかほのぼのとか、
もっと書きたいんだけどなー…。